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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第17話 みんなは週に一度

 日曜日。


 たかしは久しぶりに五人全員と会った。


 待ち合わせ場所へ向かう途中、足が少し痛んだ。


 病院でもらった薬を飲んでいる。


 傷も少しずつ良くなっている。


 今日は酒を飲まない。


 そう決めていた。


 みんなに会っても、食事だけにする。


 それなら大丈夫。


 そう思っていた。


 店に着くと、すでに四人が揃っていた。


「お、たかし来た!」


 まさとが手を上げた。


「久しぶりやな」


 ひろしが笑う。


「最近全然飲みに来んやん」


 なおとが言った。


「身体、大丈夫なん?」


 ながとが心配そうに聞く。


 最後に、りょうたが笑った。


「まあ座れや。今日は久しぶりに六人で飲もう」


「うん」


 たかしは席についた。


 懐かしかった。


 高校生の頃と同じような気がした。


 六人でくだらない話をして。


 笑って。


 馬鹿なことを言って。


 何も考えずに過ごしていた頃。


 あの頃に戻ったようだった。


「たかし、最近どうなん?」


 まさとが聞いた。


「まあ……普通」


「仕事は?」


「なんとかやってる」


「身体は?」


「病院行ってる」


「そうなん?」


「足にちょっと傷ができてな」


「大丈夫なん?」


「うん。今は薬もらってる」


「ならよかった」


 まさとは安心したように笑った。


「でも無理したらあかんで」


「うん」


 その言葉は本心だった。


 まさとは、本当にたかしの身体を心配していた。


 だからこそ、そのあと自分が言う言葉に矛盾があることには気づかなかった。


「でも今日は飲もうや」


 たかしは一瞬、黙った。


「……うん」


 店員が酒を運んできた。


 グラスが六つ並んだ。


「乾杯!」


「乾杯!」


 六人の声が重なった。


 たかしもグラスを持ち上げた。


 一口飲む。


 喉を通る酒。


 久しぶりだった。


「うまいな」


 思わず言った。


「やっぱり酒はええな」


 ひろしが笑った。


 会話が弾んだ。


 昔の話。


 高校時代の話。


 誰が一番モテなかったか。


 誰が一番先生に怒られたか。


 くだらない話ばかりだった。


 たかしは笑っていた。


 久しぶりに心から笑った。


 けれど、途中で足が痛んだ。


 テーブルの下で足を少し動かす。


 傷が靴に当たった。


「……っ」


「どうした?」


 りょうたが聞いた。


「いや、なんでもない」


「そう?」


「うん」


 たかしは笑った。


 そしてまた酒を飲んだ。


 時間が過ぎた。


「そういや、たかし」


 なおとが言った。


「まだ彼女おらんの?」


「……おらん」


「まだかよ」


 みんなが笑った。


 たかしも笑った。


「お前、ほんま彼女作らんな」


「作りたいんやけどな」


「なら紹介するって」


 まさとが言った。


「俺も言ってるやん」


 ひろしが続ける。


「俺も知り合いおるで」


 なおと。


「俺もそのうち紹介する」


 ながと。


「俺も探しとくわ」


 りょうた。


 五人が次々と言った。


「……ほんま?」


 たかしの声が少し震えた。


「ほんまやって」


「たかし、真面目やからええと思うで」


「優しいしな」


「絶対いい人見つかるって」


 たかしは俯いた。


 嬉しかった。


 涙が出そうになるくらい嬉しかった。


「ありがとう……」


 その言葉を聞いて、五人は笑った。


 誰も悪いことをしているとは思っていなかった。


 たかしに恋人を作ってやりたい。


 本当にそう思っていた。


 ただ――。


 そのためには、まずたかし自身が生活を立て直さなければならない。


 そのことを、誰も真剣には考えていなかった。


 飲み会が終わった。


「次どうする?」


 ひろしが聞いた。


「パチンコ行く?」


 なおとが笑う。


「俺はええけど」


「たかしは?」


 たかしは迷った。


「……俺はいいかな」


「なんや、付き合い悪いなあ」


 冗談だった。


 誰も本気で責めてはいなかった。


 でも、たかしはその言葉を聞いてしまった。


「……ちょっとだけなら」


「よっしゃ!」


 六人で店へ向かった。


 たかしはほとんど打たなかった。


 隣で五人が遊んでいるのを見ていた。


 時間だけが過ぎていく。


 気がつけば、夜はかなり遅くなっていた。


「じゃあまたな」


 五人がそれぞれ帰っていく。


「たかし、また飲もうな」


「うん」


「来週もな」


「……うん」


 最後に、りょうたが肩を叩いた。


「お前はほんま優しいな」


 たかしは笑った。


「そうかな」


「そうやって。昔から変わらん」


 その言葉が嬉しかった。


 たかしにとって、それは褒め言葉だった。


 家に帰ったのは午前二時を過ぎていた。


 玄関で靴を脱ぐ。


 足が痛い。


 布団に入る。


 明日は仕事。


 そう思いながら目を閉じた。


 翌朝。


 目覚ましが鳴った。


 たかしは目を開けた。


 身体が重かった。


 頭も痛い。


 足も痛い。


 時計を見る。


 七時三十分。


「……まだ間に合う」


 そう思って目を閉じた。


 次に目を開けたとき。


 時計は八時四十五分を示していた。


「……え?」


 たかしは飛び起きた。


「やばい!」


 会社へ電話する。


「すみません! 今から向かいます!」


 電話を切る。


 急いで着替える。


 玄関で靴を履く。


 足に痛みが走った。


「……くそ」


 それでも走った。


 会社に着いた。


「申し訳ありません」


 上司は何も言わなかった。


 ただ、たかしを見るだけだった。


「……席についてください」


「はい」


 その日の昼。


 たかしは一人で弁当を食べた。


 昨日の楽しかった時間を思い出していた。


 五人の笑顔。


 昔の話。


 彼女を紹介すると言ってくれたこと。


 楽しかった。


 本当に楽しかった。


 だからこそ。


 その楽しさを手放したくなかった。


 仕事よりも。


 健康よりも。


 将来よりも。


 友達との時間を優先してしまったことを、たかしは後悔しなかった。


 むしろ――。


「昨日は楽しかったな」


 そう呟いた。


 その日の夕方。


 スマートフォンを見る。


 メッセージが五件。


 まさと。


 ひろし。


 なおと。


 ながと。


 りょうた。


 それぞれから、別々に届いていた。


『また飲もうな』


『来週もよろしく』


『今度二人で飲もうや』


『身体治ったらまた行こう』


『女の子も探しとくわ』


 たかしは、一つずつ返信した。


『うん』


『ありがとう』


『また行こう』


『よろしく』


『楽しみにしてる』


 五人は知らない。


 自分以外の四人も、たかしと飲んでいることを。


 五人は知らない。


 たかしの一週間が、ほとんど自分たちで埋まっていることを。


 五人は知らない。


 たかしが、仕事と健康と将来を少しずつ失っていることを。


 そして、たかし自身も――。


 まだ、それを「友達のせい」だとは思っていなかった。


 全部、自分の責任だと思っていた。


 断れない自分が悪い。


 酒を飲む自分が悪い。


 仕事を休む自分が悪い。


 資格を取れない自分が悪い。


 彼女ができない自分が悪い。


 だから、もっと頑張らなければならない。


 もっと頑張れば。


 いつか普通の人生に戻れる。


 そう信じていた。


 しかし。


 その週の金曜日。


 会社から、一通の書類を渡された。


 契約更新についての通知だった。


 たかしは封筒を見つめた。


 手が震えた。


 まだ開けていない。


 それでも、なぜか分かった。


 自分の人生が。


 少しずつ、戻れないところへ進んでいる。


 そんな気がした。

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