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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第14話 誰のためのプレゼント

 りょうたから連絡が来た翌日。


 たかしは仕事を終えると、駅前でりょうたを待っていた。


 約束の時間。


 少し遅れて、りょうたがやってきた。


「悪い、待った?」


「ううん」


「じゃあ行こうか」


「うん」


 二人で歩く。


「どんな子なん?」


 たかしが聞いた。


「この前の店におる子」


「ああ」


「結構人気ある子らしいで」


「そうなんや」


「誕生日なんよ」


「なるほど」


 たかしは頷いた。


「何あげるん?」


「それを探したいんよ」


「俺が選んでええの?」


「たかしのほうが女の子の気持ち分かりそうやん」


「俺、彼女おらんけど」


「そういう問題ちゃうって」


 二人で笑った。


 たかしも少し嬉しかった。


 頼られている。


 自分の意見を必要としてくれている。


 それだけで気分がよかった。


     *


 店に入る。


 高級ブランドの品が並んでいる。


 たかしには縁のない場所だった。


「これ、どう?」


 りょうたが商品を指差す。


「ちょっと派手じゃない?」


「そうかな」


「もう少しシンプルなほうがいいと思う」


「なるほどな」


 たかしは真剣に選んだ。


 何が喜ばれるのか。


 色。


 大きさ。


 デザイン。


 値段。


 自分には買えないような商品を、一つ一つ見ていく。


 そして。


「これがいいんちゃう?」


 たかしが指差した。


「これ?」


「うん」


「ええやん」


 りょうたが値札を見る。


「結構するな」


「そうやな」


「まあ、誕生日やし」


 りょうたは財布を出した。


 その瞬間。


 たかしは思った。


 ――今日は俺が払わなくてもいいんだ。


 それだけで少し安心した。


     *


 しかし。


 店を出たところで、りょうたが言った。


「たかし」


「ん?」


「ちょっと頼みがある」


「何?」


「これ、俺の嫁に見せてから渡したいんよ」


「うん」


「一旦たかしが持っといてくれへん?」


「え?」


「俺、仕事の荷物多くてさ」


「……分かった」


 箱を受け取る。


 思ったより重い。


 高価な品。


 たかしは慎重に持った。


     *


 その夜。


 りょうたと飲む。


「たかし、今日はありがとうな」


「いいよ」


「プレゼント選び助かったわ」


「喜んでくれたらいいな」


「絶対喜ぶって」


 酒を飲む。


 いつものように会計になる。


 たかしが財布を出す。


「たかし、今日頼むわ」


「……うん」


 支払う。


 そして店を出る。


     *


 帰宅。


 たかしは机の上にプレゼントを置いた。


 高級な箱。


 自分の部屋には不釣り合いだった。


 しばらく眺める。


「これ、俺が買ったら何ヶ月分なんやろ」


 そんなことを考えてしまう。


 そして、苦笑した。


「まあ、俺には関係ないか」


 明日、りょうたに渡す。


 それだけ。


     *


 翌日。


 会社。


 たかしは仕事中もプレゼントのことを考えていた。


 帰りにりょうたへ渡す。


 それだけの予定だった。


 ところが昼休み。


 りょうたから連絡が来た。


『たかし、今日持ってきてくれる?』


『うん』


『あとさ』


『何?』


『今日、店行かへん?』


 たかしは画面を見た。


 また飲み。


 また酒。


 また金。


 少し迷う。


『今日はやめとこうかな』


 送る。


 数秒後。


『そっか』


 それだけ。


 たかしはホッとした。


     *


 夕方。


 仕事を終える。


 駅へ向かう。


 その途中。


 りょうたから電話。


「もしもし」


『たかし、今どこ?』


「駅向かってる」


『プレゼント持ってる?』


「持ってるよ」


『じゃあ店に来て』


「……今日?』


『うん。ちょっとだけでええから』


「でも……」


『プレゼント渡してくれたら帰ってええから』


 たかしは迷った。


 そして。


「……分かった」


 店へ向かった。


     *


 店に入る。


 りょうたがいた。


「おう、ありがとう!」


「これ」


「助かったわ」


 箱を渡す。


「ちょっと飲んでいけよ」


「今日は……」


「一杯だけ」


 たかしは黙った。


「頼むわ」


「……分かった」


 座る。


 ビールが来る。


 乾杯。


     *


 結局。


 一杯では終わらなかった。


 二杯。


 三杯。


 食事。


 追加注文。


 そして。


「キャバクラ行こうぜ」


 たかしは首を横に振った。


「今日は帰るわ」


「えー」


「本当に今日は無理」


 りょうたは笑った。


「たかし、最近ほんま変わったな」


「そうかな」


「付き合い悪くなった」


「ごめん」


「いや、冗談やって」


 りょうたは笑った。


「じゃあ今日は帰ろう」


「うん」


 店を出る。


 たかしは少し安心した。


 今日はここで終わった。


 そう思った。


     *


 しかし。


 翌週。


 りょうたから連絡が来た。


『たかし、この前のプレゼント、めっちゃ喜んでくれたわ』


「ほんま?」


『うん』


「よかったな」


『ありがとう』


「俺は何もしてないよ」


『いや、たかしが選んでくれたからやって』


「そっか」


 たかしは嬉しかった。


 自分が役に立った。


 誰かを喜ばせた。


 久しぶりに、純粋にそう思えた。


     *


 数日後。


 りょうたとキャバクラへ行った。


「この前の子、今日おるで」


「そうなん?」


「行こうや」


「うん」


 店に入る。


 女の子が来る。


「あ、こんばんは!」


「こんばんは」


「この前ありがとうございました」


 りょうたに笑顔を向ける。


「誕生日プレゼント、めっちゃ嬉しかったです!」


「よかったわ」


 りょうたは笑う。


「これ、俺の友達のたかし」


「初めまして」


「初めまして」


「たかしさんが選んでくれたんですよね?」


「……うん」


 女性は笑った。


「ありがとうございます」


「いえ……」


 たかしは少し照れた。


 でも。


 その女性は、すぐにりょうたのほうを向いた。


「本当に嬉しかったです」


「よかった」


「大切にしますね」


「ありがとう」


 たかしは二人の会話を聞いていた。


 何となく胸がざわついた。


 自分が選んだ。


 でも。


 自分が渡したわけではない。


 自分の名前も。


 自分が選んだことも。


 ほとんど重要ではない。


 感謝されているのは、りょうただった。


     *


 たかしはグラスを持った。


 酒を飲む。


 そして思った。


 ――まあ、いいか。


 喜んでもらえたなら。


 それでいい。


 そう思おうとした。


     *


 ところが。


 りょうたが笑いながら言った。


「たかし、次のプレゼントも一緒に選んでくれよ」


「え?」


「また頼むわ」


 たかしは少し黙った。


「……うん」


 結局。


 また引き受けた。


     *


 帰宅後。


 たかしはスマートフォンを眺めていた。


 銀行口座。


 借金。


 クレジットカード。


 全部、悪化している。


 それなのに。


 友人から頼られると嬉しい。


 誰かのために動いていると、自分の問題を考えなくて済む。


 自分の人生から逃げるように。


 他人のために金を使う。


 他人の悩みを聞く。


 他人の買い物を手伝う。


 他人の酒に付き合う。


 それが、たかしにとっての「生きている証」になっていた。


     *


 ある夜。


 たかしは久しぶりに、高校時代の写真を見つけた。


 六人で写っている。


 みんな笑っている。


 まだ誰も結婚していない。


 まだ誰も成功していない。


 まだ誰も大人になっていない。


 たかしは写真を見ながら笑った。


「この頃はよかったな」


 その頃の自分には、まだ金があった。


 仕事もあった。


 身体も元気だった。


 借金もなかった。


 そして。


 友達を奢ることが嬉しかった。


 あの頃は。


 本当に、ただの友情だったのかもしれない。


     *


 写真の裏には、昔のメモがあった。


 高校卒業の日。


 六人で書いた言葉。


 ――ずっと友達でいよう。


 たかしは、その文字を指でなぞった。


「……ずっと友達」


 その言葉を信じている限り。


 たかしは五人から離れられない。


 たとえ。


 仕事を失っても。


 お金を失っても。


 身体を壊しても。


 何かを失っても。


 友達だけは失いたくない。


 そう思っていた。


     *


 翌朝。


 たかしのスマートフォンに、五人のうち一人から連絡が来た。


『たかし、今度の日曜空いてる?』


 たかしは、


『空いてる』


 と返信した。


 そして。


 その夜。


 別の友人からも。


『月曜どう?』


『大丈夫』


 さらに。


『火曜』


『行く』


 次の日。


『水曜』


『うん』


 最後に。


『木曜よろしく』


『了解』


 たかしの一週間は、また埋まった。


 それでも。


 たかしは嫌ではなかった。


 むしろ安心した。


 五人が自分を必要としてくれている。


 そう思えるから。


     *


 そして、その頃。


 たかしの身体には、別の変化が始まっていた。


 足の先に。


 ほんの小さな違和感があった。


 しびれ。


 冷たさ。


 痛み。


 最初は、疲れているだけだと思った。


 たかしは靴を脱いで足を見る。


「……何やこれ」


 小さな傷があった。


 たいした傷ではない。


 そう思った。


 だから。


 病院には行かなかった。


 その夜も。


 スマートフォンが鳴った。


『たかし、明日飲もうぜ』


 たかしは足を見た。


 そしてスマートフォンを見る。


 少しだけ迷った。


 けれど。


『行く』


 と返信した。


 足の傷より。


 友達との約束のほうが。


 たかしには大切だった。

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