↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/80

第13話 「最近、付き合い悪くない?」

 月曜日の夜。


 たかしは一人で部屋にいた。


 テレビをつけている。


 けれど、内容はほとんど頭に入ってこない。


 テーブルの上には、水。


 酒はない。


 今日は飲まない。


 そう決めていた。


 そして、実際に飲んでいない。


 たかしはスマートフォンを手に取った。


 銀行口座を見る。


 残高は少ない。


 それでも、先週よりは減っていない。


「……これや」


 たかしは小さく笑った。


 一回断っただけ。


 それだけなのに、数千円、数万円が残る。


 たった一回でこれだけ違う。


「もっと早く気づけばよかった」


 そう思った。


 けれど、その直後。


 スマートフォンが鳴った。


 ひろしからだった。


『最近、付き合い悪くない?』


 たかしは画面を見つめた。


 すぐには返信できなかった。


 何と返せばいいのか分からない。


 身体が悪い。


 お金がない。


 仕事も危ない。


 借金もある。


 本当のことを全部話せばいい。


 そうすれば分かってもらえるかもしれない。


 たかしは文章を打った。


『ちょっと最近、身体が悪くて』


 送信。


 すぐに返信が来た。


『大丈夫?』


 たかしは少し安心した。


『うん』


『じゃあ今週は無理しないほうがいいな』


『ありがとう』


 それだけだった。


 たかしはスマートフォンを置いた。


「……よかった」


 誰も怒らなかった。


 誰も責めなかった。


 もしかしたら、自分が勝手に怖がっていただけなのかもしれない。


 そう思った。


 しかし――。


     *


 翌日。


 なおとから電話が来た。


「もしもし」


『たかし?』


「うん」


『昨日、ひろしと飲んだ?』


「飲んでないよ」


『最近、ひろしとも行ってないん?』


「うん」


『そっか』


 なおとは少し黙った。


『じゃあ今日どう?』


「今日は……」


 たかしは迷った。


「今日はやめとく」


『そっか』


「ごめん」


『いや、ええよ』


 電話は切れた。


 たかしは胸を撫で下ろした。


 ところが、その数時間後。


 なおとはひろしに電話をしていた。


「なあ、たかし最近どうなん?」


『知らんけど』


「飲みに誘ってる?」


『最近断られる』


「俺も」


 二人は少し黙った。


『なんかあったんかな』


「さあ」


 それ以上は分からない。


 二人とも、たかしが他の三人からも誘われていたことを知らなかった。


     *


 水曜日。


 ながとからメッセージが来た。


『今日どう?』


 たかしは返信する。


『今日は無理』


『仕事?』


『うん』


『そっか』


 ながとは、それ以上聞かなかった。


 たかしは安心した。


 これなら大丈夫。


 少しずつ断っていけばいい。


 そう思った。


     *


 木曜日。


 りょうたから電話が来た。


『たかし、今日飲もうぜ』


 たかしは黙った。


「……ごめん」


『何?』


「今日はやめとく」


『珍しいな』


「ちょっと身体を休めたくて」


『そうか』


「うん」


『じゃあまた今度な』


「ありがとう」


 電話を切る。


 たかしは深く息を吐いた。


 四人。


 断れた。


 これなら。


 少しずつ変われる。


 そう思った。


     *


 金曜日。


 会社。


 たかしは珍しく定時まで集中して働いた。


 遅刻もしなかった。


 上司からも何も言われない。


 帰り道。


 たかしはコンビニの前で立ち止まった。


 酒を買おうか迷った。


 やめた。


 代わりに水を買った。


「……俺、変われるかもしれんな」


 そう思った。


     *


 土曜日。


 朝から掃除をした。


 部屋を片付けた。


 洗濯をした。


 久しぶりに布団を干した。


 昼食も自炊した。


 たいしたことではない。


 でも、たかしにとっては大きな変化だった。


 午後。


 久しぶりに資格の参考書を開いた。


 会社から取得を求められている資格。


 昔買ったまま、ほとんど開いていなかった。


 ページをめくる。


 最初の数ページを読む。


「……難しいな」


 でも。


 今度こそやってみようと思った。


     *


 夕方。


 スマートフォンが鳴った。


 まさとだった。


『たかし、明日どうする?』


 たかしは画面を見つめた。


 明日は日曜日。


 また一週間が始まる。


 断る。


 そう決めていた。


『明日は行かない』


 送った。


 すぐに返信。


『分かった』


 それだけだった。


 たかしはホッとした。


 スマートフォンを置く。


 そして参考書を開いた。


     *


 しかし。


 その日の夜。


 まさとから再びメッセージが来た。


『たかし』


『うん?』


『俺、何かした?』


 たかしは固まった。


『なんで?』


『最近ずっと断るやん』


 たかしは返信できなかった。


『別に怒ってないけど』


『ちょっと寂しいわ』


 その言葉を見た瞬間。


 たかしの胸が痛くなった。


 自分が断ったことで。


 まさとを傷つけている。


 そう思った。


『ごめん』


『いや、謝らんでええって』


『でも……』


『たかしが来てくれると楽しいから』


 たかしは画面を見つめた。


 そして。


『明日行くよ』


 と送った。


 送信。


 数秒後。


『マジ?』


『うん』


『やっぱたかし最高やわ!』


 そのメッセージを見て。


 たかしは笑った。


 そして。


 参考書を閉じた。


     *


 日曜日。


 いつもの店。


「たかし、ありがとうな」


「うん」


「やっぱりお前がおらんとあかんわ」


「……そう?」


「そうやって」


 まさとは笑った。


 たかしも笑った。


 ビールを飲む。


 そして。


 その瞬間。


 先週まで感じていた「自分を変えられるかもしれない」という気持ちは、少しずつ消えていった。


     *


 月曜日。


 ひろしから連絡。


『今日どう?』


 たかしは迷った。


 昨日飲んだばかり。


 本当は断りたい。


 けれど。


『行く』


 と返した。


 火曜日。


 なおと。


『今日いける?』


『行く』


 水曜日。


 ながと。


『今日飲まへん?』


『行く』


 木曜日。


 りょうた。


『今日よろしく』


『うん』


 また五日間。


 元に戻った。


 いや。


 以前より悪くなっていた。


 たかしは、自分から「行く」と答えるようになっていた。


     *


 ある夜。


 りょうたとの飲み会。


「たかし、最近元気になったな」


「そう?」


「やっぱ飲まんとストレス溜まるやろ?」


「……そうかもな」


「俺らも仕事でストレスあるからな」


「うん」


「たかしに聞いてもらうと楽になるわ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 たかしは少し笑った。


 自分にも役割がある。


 話を聞く。


 慰める。


 酒に付き合う。


 金を払う。


 それが自分の役割なのだ。


 昔からそうだった。


 自分には資格もない。


 高収入でもない。


 特別な才能もない。


 だから。


 優しさくらいしか取り柄がない。


 その優しさで人の役に立てるなら。


 それでいい。


 そう思ってしまった。


     *


 その夜。


 会計。


 たかしが払う。


 りょうたが言う。


「ほんま助かるわ」


「いいよ」


「今度、絶対女紹介するから」


「……うん」


「絶対な」


「楽しみにしてる」


 たかしは笑った。


 そして店を出た。


     *


 帰り道。


 財布の中身を確認する。


 少ない。


 でも。


 たかしは自分に言い聞かせた。


「これでいい」


 女の子を紹介してもらえる。


 友達が自分を必要としている。


 だから。


 これでいい。


     *


 翌週。


 健康診断の再検査の日。


 医師は検査結果を見て、少し険しい顔をした。


「血糖値が高い状態が続いています」


「……はい」


「体重も増えていますね」


「……はい」


「お酒は減らせていますか?」


 たかしは黙った。


「週何回くらい飲んでいますか?」


 答えられなかった。


「たかしさん」


「……」


「このままだと、今後かなり厳しいですよ」


 たかしは俯いた。


「生活を変えないといけません」


「……分かりました」


「本当に分かっていますか?」


 たかしは小さく頷いた。


「はい」


 病院を出る。


 外は寒かった。


 たかしは歩きながら考えた。


 生活を変える。


 仕事を変える。


 酒を減らす。


 借金を返す。


 資格を取る。


 そして。


 いつか結婚する。


 まだ間に合う。


 そう思いたかった。


     *


 その夜。


 たかしは部屋に戻った。


 テーブルの上に請求書がある。


 借金返済。


 カード。


 家賃。


 光熱費。


 全部合わせると、今月も赤字になる。


 たかしは椅子に座った。


「……どうしたらええんや」


 初めて。


 本気でそう思った。


     *


 そのとき。


 スマートフォンが鳴った。


 りょうたからだった。


『たかし』


『うん?』


『今度、キャバクラの女の子の誕生日なんよ』


『そうなん?』


『何かプレゼント買おうと思って』


『うん』


『たかしも一緒に選んでくれへん?』


 たかしは一瞬、嫌な予感がした。


 それでも。


『分かった』


 と返信した。


『ありがとう。やっぱたかし頼りになるわ』


 その言葉を見て。


 たかしは笑った。


 そして財布を見た。


 ほとんど金はない。


 それでも。


「……何とかなるやろ」


 そう呟いた。


 このときのたかしはまだ知らなかった。


 これから始まる「プレゼント」が。


 自分の生活をさらに大きく壊していくことを。


 そして何より。


 自分がどれだけ金を失っても。


 感謝されるのは、自分ではないことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。