第四十七話 「いつでもお前が、きっとそばにいる。」
「ぶにゃあ」
「いってきま〜す」
雨の降る中で走ってる通勤路。
車の匂いと雨の匂いが混じり合う。
特別って、どこかにあるのかな。
「ぶにゃあ」
「ただいま〜」
見慣れた部屋。
聞き慣れた音。
生乾きの匂い。
特別って、いつか出会えるのかな。
「ぶにゃあ」
「いってきま〜す」
映写機横の狭い休憩室。
映写機音と、モールの館内放送が混じり合う。
特別って、探しに行くものかな。
「ぶにゃあ」
薄暗いニャオンシネマ
ポップコーンと、ゴミが床で混じり合う。
特別って、探しても見つからないよね。
「ぶにゃあ」
薄暗い帰り道。
公園前の街灯がチカチカと点滅していた。
特別なんて、どこにもないように感じる。
ガチャリ
見慣れた部屋。
聞き慣れた音。
生乾きの匂い。
「ぶにゃあ」
「……ムーン」
私は、ムーンの前のフローリングにペタンと座り込む。
「疲れちゃったよ。」
「王子様って、私には来ないんだね。」
「薄々分かってたけどさ。」
「お前が連れてくるかもって期待すんじゃん?」
私がムーンを見ると、ムーンはすでに私の前にはいなかった。
ムーンは餌皿の前で待っている。
「ぶにゃあぁ」
餌はまだですか、と言わんばかりに低く長く鳴く。
「このやろう。今日はカリカリだかんな。」
私は、ムーンの餌皿にカリカリを入れてやった。
ムーンは不細工な格好で、カリカリしはじめる。
私は、ムーンを撫でた。
ムーンは何も反応しないで、カリカリし続ける。
「ただの豚め。」
ムーンは何も反応しないで、カリカリし続ける。
「……私もか」
私の頬に、一筋の涙が溢れる。
ムーンは何も反応しないで、カリカリし続ける。
「このやろう。」
私は、ムーンの頭を軽く叩く。
「ぶにゃあ」
ムーンは、少しだけムッとした後で、カリカリし続けていた。
「何もできなくても、すでに特別なんだよね。」
ムーンは何も反応しないで、カリカリし続ける。
「……ありがとな、いつもいてくれて。」
ムーンは、カリカリし終えて、蛇口を見つめる。
「はいはい、お水な。」
私は、立ち上がって、サラダボールを手にとった。
蛇口から水を注ごうとするけど、涙が溢れてくる。
「……いつでも、お前が〜♪き〜っと、そばにいる〜♪」
「ぶにゃあ」
「はいはい、お水な。」
私は、サラダボールに水を入れて、ムーンの前に置いてあげる。
ムーンは不細工な格好で、水をガブガブ飲みはじめた。
「お前は、ちっともムーンじゃないな。お前は、ぽん吉だ。何にも化けずにありのまま生きやがって……」
ぽん吉は何も反応しないで、水を飲み続ける。
「……私も、今日からぽん吉だ。」
ぽん吉は何も反応しないで、水を飲み続ける。
「ぽん吉〜」
ぽん吉は何も反応しないで、水を飲み続ける。
「正吉〜って言えよ。」
ぽん吉は何も反応しないで、水を飲み続ける。
私は、ぽん吉を見ながら大笑いした。




