第四十二話 「おーい、答えてよ。」
エレベーター前。
動こうとしないデブ猫。
特別な物語が始まっているけども……
「こういうのじゃない、違うって……」
私がいくら引っ張っても、ムーンはエレベーターに乗ろうとしない。
「ねえ、乗ろう。乗ろうって……」
ムーンは頑なにエレベーターに乗ろうとしない。
「階段はやめよう、13階なんだってば……」
私がいくらエレベーターに引っ張っていこうとしても、ムーンはジリジリと階段の方に近づいていく。
…………
ガチャリ
見慣れた部屋。
聞き慣れた音。
生乾きの匂い。
スタスタと入っていくムーン。
ぜえぜえしている私。
特別な物語は始まっているけど……
「違うんだよ、違うんだって……」
ムーンはキッチンで、蛇口を見つめている。
「喉渇いてるの?」
ムーンは無言で蛇口を見つめ続ける。
「そっか、水皿ないや。どうしようかな……」
手ごろなお皿はない。
「水、我慢できる?」
いちおう聞いて見るが、ムーンはガン無視して、蛇口を見つめ続ける。
「お皿、お皿、お皿……」
私は、お気に入りのサラダボールを取り上げた。
ムーンの目が『キラーン』と光る。
「これは駄目だってば、先輩からのプレゼントなんだよ。」
ムーンはガン無視して、蛇口を見つめ続ける。
「お皿、お皿、お皿……」
「ぶにゃあ」
私が、他の皿を探していると、痺れを切らしたムーンが、いつもより低い声で鳴く。尻尾をビシバシ振っている。
「……しょうがないなぁ」
私は、サラダボールに水を汲んで、ムーンの前に置いてあげた。
ムーンは不細工な格好で、水をガブガブ飲み始める。
「喉渇いてたんだね。」
ムーンは何も反応せず、水を飲む。
「お水おいしい?」
ムーンは何も反応せず、水を飲む。
「王子様、連れてこいよ?」
ムーンは何も反応せず、水を飲む。
「おーい、答えてよ。」
ムーンは何も反応せず、水を飲む。
私は、ムーンの頭を撫でた。嫌がられるかと思ったけれど、嫌がりもしなかった。
ムーンは何も反応せずに、ただ水を飲み続けていた。




