第十六話 雪の下から冬の甘いもの
冬が、底に着いた。
夜の窓は氷の花で埋まり、朝の井戸端では、汲んだそばから水の縁が凍りはじめる。ハンナが「ここからがほんとうの北でございますよ」と言った、その顔つきで冬の深さが知れた。
村の道は雪に埋もれ、早馬便すら間遠になった。城の暮らしは内へ内へと縮こまり、竈の火の周りだけが世界のすべてのようになる。そういう季節のいちばん深いところで掘ってこそ、雪はいちばんの仕事をしてくれるはずだった。
だから、その朝を選んだ。
「テア、鋤を。リタも来てちょうだい。……掘るわよ」
北向きの菜園の隅。雪はもう、埋けたときの倍も積もって、目印の枝は先っぽだけを白い面から覗かせていた。
息が白い塊になって流れていく。鋤の先が締まった雪に入るたび、ざく、ざく、と気持ちのいい音がした。テアは途中から頬を真っ赤にして笑い出し、リタは真面目な顔で雪の壁をきれいに切り揃えた。
三人がかりで雪をどけ、土を起こす。凍った表土の下、藁と土の布団の中から、蕪は出てきた。
葉は青かった。
ひと月半、雪の下にいたとは思えないほど、しゃんと青かった。身は白く張りつめて、泥を落とすと、朝の光を鈍く弾いた。
「……生きてる」
リタが手袋のまま、そっと蕪に触れた。
「生きてるどころじゃないわ。──さ、台所へ。いちばん大事なのは、ここからよ」
厨房に運び込んで、まずは薄切りをひと切れ、そのままハンナに差し出した。
ハンナは疑わしげに口へ運び──噛んで──動きを止めた。
「…………甘い」
目が、みるみる丸くなる。
「甘うございますよ、奥方様! これ、蕪でございましょう? 砂糖漬けでもないのに、なんだって……」
「雪の仕事よ。凍る一歩手前まで冷やされると、蕪は身を守るために、自分の中に甘みを蓄えるの。ひと冬かけて、雪がゆっくり育てた甘さ」
リタが齧り、テアが齧り、厨房に小さな歓声が弾けた。埋けるとき「お墓みたい」と言った雪の畝は、ちゃんと、春の来るお布団だった。
「大したもんでございますよ、まったく……」
ハンナは薄切りをもうひと切れ口に運びながら、しみじみと言った。
「膨らませもしない、寝かせもしない。雪に埋けただけ。それでこの甘さだ。奥方様の工夫ってのは、罰当たりなところがひとつもない」
罰当たりなところがない。
褒め言葉のはずのその一言が、わたくしの胸の隅に、小さな棘のように留まった。ハンナの信頼は、また一段深くなった。けれどその信頼は「禁忌に触れない限り」という但し書きの上に立っている。触れた瞬間の落差を、わたくしはまだ知らない。
考えるのは、やめた。今日は、甘い日だ。
その夜の膳に、わたくしは雪下の蕪を二通りで載せた。
ひとつは、すり流し。もうひとつは、厚めに切って、中まで火を入れて、匙で崩れるほど柔らかく蒸し焼きにしたもの。香ばしさが立つように、焼き目だけは表面に強く付けて。噛む力の要らない、けれど「切り身」の姿をした、初めての一皿だ。
雪下の蕪のすり流しは、いつもの蕪とは別ものに仕上がった。擂って漉しただけで、とろみの中にふくよかな丸みがある。ハンナが味見をして、また黙り込んで、帳面に何かを書きつけていた。
食後、旦那様が器を見下ろして言った。
「……焼いたのか」
「ええ。お匂い、立ちましたでしょう」
「……香ばしいのは、分かる」
旦那様はそこで言葉を切って、それから、ほんの少し悔しそうに付け足した。
「厨房の連中が、廊下まで騒いでいた。甘い、甘いと。……俺には、分からん」
胸を、突かれた。
分からないことを、分からないと、この方は初めて口に出した。三年間、味の閉ざされた壁の内側に一人でいた人が、壁の外の「甘い」を羨んだのだ。
「……いつか」
わたくしは、言葉を選びながら言った。
「いつか、分かる日が来ましたら。この蕪より、もっと甘いものをお出ししますわ」
「来るものか」
即座に返った声は硬かった。けれど旦那様は器の中の焼き蕪を、匙でゆっくり崩しながら、最後のひと匙まで食べ切った。分からない甘さの、香ばしさだけを、確かめるみたいに。
来るものか、と言いながら、匙は止めない。
わたくしはその矛盾を、帳簿の希望の欄に書き足すことにした。
寝る前、テアが髪を梳きながら、うっとりと言った。
「今日の蕪、村のみんなにも食べさせてあげたいです。うちの村の冬なんて、それこそ塩と乾パンばっかりで」
「そうね。……そうよね」
掘り出した蕪は、まだ畝に半分残っている。株を分けて、来年は村の畑でも──そこまで考えて、わたくしは手を止めた。
来年、と当たり前のように思っている自分がいた。慣れる前に終わる暮らしと思え、と言われたはずの、この城の来年を。
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