表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/82

第四十四話 リュシーの選んだ小さな棚

 冬鈴令の施行準備が落ち着き始めた頃、リュシーが自分の部屋に小さな棚を置きたいと言った。


 これまで部屋の家具は、私とハンナが慎重に選んできた。角が丸いもの。倒れにくいもの。埃が溜まりにくいもの。リュシーの体に負担が少ないもの。


 娘が自分から家具を選びたいと言ったのは、初めてだった。


「何を置く棚?」


「いらっしゃいのもの」


「いらっしゃいのもの?」


「クララがきたときの布とか、エマにかした布のかわりとか、北のおはなとか。リュシーが、えらんだもの」


 私は少し迷った。


 棚が増えれば埃も増える。物が増えれば管理も必要になる。リュシーは疲れやすい。片づけが負担にならないか心配だった。


 けれど、心配だけで止めるのは違う。


「条件を一緒に決めましょう」


「じょうけん」


「棚は低いもの。角を丸くする。置く物は多くしすぎない。掃除はハンナと一緒に。疲れたら休む」


 リュシーは真剣に頷いた。


「リュシー、やる」


 大工のトマスが小さな棚を作ってくれた。


 木目の柔らかい、三段だけの棚。扉はない。リュシーが中を見渡せるように。


 最初に置いたのは、北境から届いた押し花。


 次に、エマから返ってきた冬鈴草刺繍の保温布。少し洗いざらしになっているが、リュシーはそれを大事そうに畳んだ。


 その横に、クララが使った白い布の小さな端切れ。


 そして、ギルベルトの下手な兎。


「それも、いらっしゃいのもの?」


 私が聞くと、リュシーは考えた。


「おとうさま、れんしゅう、いらっしゃい」


 その言い方に、胸が少し温かくなった。


 部屋は、物を置く場所だ。


 同時に、記憶をどう置くかを選ぶ場所でもある。


 娘は、奪われた記憶だけでなく、自分が選んで開けた扉の記憶を棚に置こうとしている。


 夜、リュシーは棚を見ながら言った。


「おかあさま」


「なあに」


「リュシーのへや、とられそうだった。でも、いま、いらっしゃいの棚、ある」


「ええ」


「へや、つよくなった?」


「そうね。強くなったと思う」


「リュシーも?」


 私は娘の髪を撫でた。


「強くなった。でも、弱い日があってもいい」


「よわいひは?」


「棚を見て、休みましょう」


 リュシーは満足そうに頷いた。


 その棚は、冬鈴令には載らない。


 けれど、私たちの家にとっては大切な小さな条文だった。


 自分の部屋に、選んだ記憶を置いていい。




 棚を置いた翌日、リュシーは自分で掃除をしようとして、すぐに疲れた。


 小さな布で一段目を拭いただけで、椅子に座り込む。


「リュシー、できない?」


 悔しそうな声だった。


「全部はできない。でも、一段目はできた」


「二段目は?」


「今日はハンナが手伝う。明日は一緒に」


 リュシーは棚を見た。


「えらんだら、ぜんぶ、しなきゃ?」


「いいえ。選んだものを、大人と一緒に守っていい」


 その言葉を聞いて、娘は少し安心したようだった。


 自分で選ぶことは、全部一人で責任を負うことではない。


 大人である私も、何度もそれを忘れる。


 リュシーの小さな棚は、娘だけでなく私にも教えていた。


 選ぶ。


 助けてもらう。


 疲れたら休む。


 その三つは、同じ部屋に置いていい。


 夕方、ハンナは二段目を拭きながら言った。


「リュシー様、棚の管理記録を作りましょうか」


「きろく?」


「はい。今日は一段目、明日は二段目。疲れた日はお休み、と」


 リュシーは目を輝かせた。


 記録は、大人に管理されるためだけのものではない。


 自分のペースを知るためにも使える。


「えらんだら、ずっと一人でしないとだめ?」


「いいえ」


 私はすぐに答えた。


「選んだものでも、手伝ってもらっていい。やめたくなったら相談していい。場所を変えてもいい」


 リュシーは安心したように息を吐いた。


「じゃあ、棚、すき」


 その言葉を聞いて、私はようやく自分の迷いがほどけるのを感じた。


 選択とは、子どもに全責任を渡すことではない。大人が支える前提で、子どもが自分の気持ちを置く場所を持つことだ。


 翌週、棚の一番下には空の箱が置かれた。


「これは?」


「まだ、きめてないもの」


 リュシーは少し誇らしげに言った。


 決めていないものを置く場所。


 それもまた、娘の部屋に必要な余白だった。


 空箱を置いてから、リュシーは以前よりよく考えるようになった。


 ギルベルトが新しい木彫りを持ってきても、すぐには棚に置かない。手に持って眺め、机の上に一晩置き、翌朝になってから決める。


「今日は、まだ」


 ギルベルトは最初、少し寂しそうにした。だが、文句は言わなかった。


「分かった。決めるまで、預ける」


 リュシーは頷いた。


 私はそのやり取りを見て、棚が単なる家具ではないことを知った。受け取ったものをすぐ許しや愛情の証にしなくていい。迷う時間も、断る余地も、子どもの部屋には必要なのだ。


 その夜、娘は空箱を撫でて言った。


「ここ、まだ、っていう場所」


「とても大事な場所ね」


「おかあさまも、ある?」


 私は少し考えた。


「私にも必要ね」


 後日、私の机にも小さな空箱を置いた。返事を急がなくていい手紙のために。許すかどうか、助けるかどうか、会うかどうか。すぐに決められないものを、乱暴に心の中へ押し込まないために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ