第三十五話 星の部屋の初めての朝
星の部屋が正式に分散型療養室として認められた朝、ニコは一番早く目を覚ました。
教会の鐘が鳴る前だった。
窓の外はまだ薄暗い。床には厚い板が敷かれ、寝台の斜め前には星の木札がかかっている。窓枠の結露受けには少し水が溜まっていたが、寝台の足元までは届いていない。
ニコは自分の胸に手を当てた。
咳が少ない。
隣の付き添い椅子では、母親が眠っていた。昨夜は大人が寝る部屋で一度休んだため、顔色が少し良い。
記録係のルイーズが、小声で尋ねた。
「寒い?」
ニコは首を振った。
「暑い?」
また首を振る。
「じゃあ、どう?」
ニコは星の札を見た。
「ぼくの朝」
ルイーズは一瞬、どう書けばよいか迷った顔をした。
それから、台帳にそのまま書いた。
『本人申告――ぼくの朝』
後でその記録を見た私は、胸の奥が温かくなった。
制度の記録としては奇妙かもしれない。
でも、初めての朝に子どもがそう言ったなら、残す価値がある。
星の部屋には、視察の大人たちも来た。
マリア第一王女、エルミーヌ公爵夫人、医師会代表、父親代表となった洗濯屋の夫。ギルベルトは傍聴者として端に立っていた。
ニコの母親は緊張していたが、息子が自分の星札を指差すと少し笑った。
「この札が見えると、夜に起きても慌てないそうです」
ルイーズが説明した。
「安全面は、角を丸くし、紐を短くし、壁に固定することで対応しています」
エルミーヌ公爵夫人が札に触れた。
「名前を残したまま、安全にする。最初から、こう考えればよかったのね」
ルイーズは顔を赤くした。
「私も、最初は外すことしか考えませんでした」
「私もよ」
公爵夫人の返事に、ルイーズは驚いたようだった。
朝食は、教会の小さな食堂で出された。
丸パンの部屋から運ばれた柔らかいパンと、マーサのスープ。王宮の昼食会のような美しさはないが、子どもたちはよく食べた。
ニコはパンを小さくちぎり、母親へ一つ渡した。
「おかあさんも」
母親は泣きそうな顔で受け取った。
「ありがとう」
洗濯屋の夫が小声で言った。
「こういうのを、記録に残すんですか」
ミレーヌは当然のように答えた。
「食事量と、同席者の状態として残します」
「母親が泣きそうだったことも?」
「必要なら」
「俺の字だと、泣きそう、が変になります」
「練習しましょう」
ギルベルトが横で紙の重しを置いた。
風で飛ばないように。
それだけの役割を、彼は静かに果たしていた。
星の部屋の初めての朝は、大きな奇跡ではなかった。
咳が少し減った。
母親が少し眠れた。
子どもが自分の札を見て、ここが自分の朝だと言った。
それだけだ。
でも、制度はそういう朝を増やすためにある。
視察の最後に、マリア第一王女が正式に告げた。
「星の部屋を、冬鈴令試行第一号として認定します」
拍手が起きた。
ニコは驚いて、母親の後ろに隠れた。
リュシーはその様子を見て、小さく拍手した。
「星、できた」
「ええ」
「つぎ、丸パン?」
「次は丸パンの部屋ね」
娘は満足そうに頷いた。
一つの部屋が守られた。
次の部屋へ。
それが、冬鈴館が一つの建物でなくなるということだった。
認定証は、星の部屋の壁ではなく、入口横の小さな棚に置くことになった。
壁の一番見える場所は、ニコの木札のために残した。
王立の認定より、本人の名前が先に見えるように。
マリア第一王女はその配置を見て、少し笑った。
「王立印より木札が上ですか」
「子どもの部屋ですから」
「よろしい」
彼女は認定証の位置に異議を唱えなかった。
その代わり、書記官へ命じた。
「今後の認定室も、本人の印や名前札を最初に確認する項目を入れなさい」
星の部屋は、制度に小さな順番を教えた。
まず名前。
次に認定。
この順番を逆にしないために。
ニコは認定証を見て聞いた。
「これ、ぼくの?」
「星の部屋のものよ」
「じゃあ、ぼくのへや?」
「ニコが使う時は、ニコの部屋。別の子が使う時は、その子の部屋」
ニコは少し不思議そうだった。
「へや、かわる?」
「名前を聞いて、変わる」
彼は星の札を見た。
「ぼくがいる時は、星」
「ええ」
公共の部屋とは、誰のものでもない部屋ではない。
使う子の名前をそのたびに迎える部屋だ。
星の部屋は、そのことを教えてくれた。
その朝、ニコは食後に少しだけ外を見た。
庭にはまだ雪が残っている。だが、陽の当たる石畳だけは濡れていた。
「星、朝もある?」
彼が尋ねると、母親は笑った。
「見えなくても、あるわ」
星の部屋の名前は、その日からもっと確かなものになった。夜を越えた子どもが、朝にも自分の印を信じられる。それだけで、一つの部屋は役目を果たしている。
昼前、ニコは自分で星札の位置を少し変えたいと言った。
「寝てると、見えない」
トマスが脚立を出そうとすると、ニコの母親が慌てた。
「そんなわがままを」
「わがままではありません」
私は静かに止めた。
「眠る子が、目を開けた時に見える場所を知っているのです」
札は寝台の斜め上へ移された。安全のために固定具を二つに増やし、紐は短くした。ニコは横になってから確認し、満足そうに頷いた。
「ここなら、夜も星」
その一言で、星の部屋の図面は修正された。大人が入口から見て美しい位置ではなく、子どもが眠る場所から見える位置へ。




