2話
村の青年が徴兵され、彼の家族を中心に村が悲しみに包まれたが、それでも月日は流れていく。
雪解けで川に水が流れ始めれば畑を耕し始め、種を植える。
日差しの暑さに耐えながら管理を続け、出来上がった農作物を収穫する。
霜が降り始めれば、長い冬に備えて食材などを倉庫に積み上げる。
そして、日が短くなりきった寒く薄暗い冬至の日、村は年に一度の祭りを行う。
村の司祭はその祭りを微笑みながら遠巻きに眺めるだけだった。
司祭という立場である以上はその異教の祭りを止めなければならない。
だが、村人の巨石に対する信仰は根深く、そう簡単には止めさせる事は出来ない。
権力を持って力ずくで止める事も出来るが、そんな事をすれば村人達との心の距離は離れるばかりだ。
だから最初にこの村に来た時に、巨石を精霊とする方針は正解だったと思っている。
実際に村人の多くが毎週の礼拝に参加してくれる。
彼らは教会の神を信仰しつつ、巨石の精霊も信仰している。
年に一日くらいは巨石の精霊に祈りを捧げさせても良いだろう。
布教に急ぎは禁物だ。
時間を掛けて数世代を通して、教会の教えが正しい事を理解してくれれば良い。
生まれた時から村に教会の教えが有った世代が多くなれば、巨石への信仰の形も変わってくるかもしれない。
今はまだ種を撒く段階なのだから。
司祭は微笑みを絶やさず、一晩中続き明け方に終わるその祭りを見続けるだけだった。
ある年の事。
冬至が近づき例年のように祭りの準備で村中が活気づいていた。
そこに季節外れの行商人が訪れた。
普通であれば夏から秋にかけて訪れ、物を売ったり買ったりしていく。それがこんな真冬に来ても誰も売買する余裕が無い。
行商人は村長宅を訪ね、村に来た理由を語った。
「急ぎの要件が出来まして、このような時期にこの村の近くを通る事になりました。
急ぎすぎていささか疲れが溜まりまして、数日の宿をお借り出来ますでしょうか」
拒否する理由も特になく村長は一室を貸す事を快諾した。
「ありがとうございます。ところで、村中が何やら慌ただしく賑わっていますが何かあるのですか」
「ああ、もうすぐ年に一度の祭りがありましてな。それの準備というわけです。数日の間、この村に泊まるのであれば祭りの日と重なりますな。その日は一晩中騒がしいかもしれませんが、それはご了承していただくしかありませんな」
行商人は興味をひかれた様に、村長に聞き返した。
「一晩中続く祭りですか。何とも面白そうですね。良ければ見物させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ。参加していただいても良いですし」
「流石にそこまでご迷惑をおかけするわけにはいきません。ですが今からその日が楽しみですね。ちなみにどういった祭りなのでしょう」
「この村で古くから崇められている巨石、あなたも村に入ってきて目に入ったでしょう村の中央にある巨石に祈りを捧げる祭りです」
「その巨石はこの村の神様か何かなのですか」
「かつてはそう言われていましたが、今は精霊です。巨石の精霊ソラン様」
「・・・なるほど」
行商人が一瞬の表情の陰り見せた事を、村長は気が付いてしまった。
「どうかしましたか」
「いえ。近くの街で聞いた事の有った話で、遥か昔にこの辺りを支配していた国が崇めていた神が似たような名前だったような事を思い出しまして」
行商人はすぐに笑顔に戻ると、その理由を語った。
その昔話を村長は初耳で、おうむ返しに聞き返した。
「「ソラン様」がですか」
「ええ。ただ私もちゃんと覚えているわけではないので、そんな感じの名前だったような気がしているだけです」
行商人は笑顔で断りを入れた。
数日後の冬至の日。
日が落ちた後に例年通り祭りが始まった。
行商人は遠巻きに笑顔で見ていた。
だが、誰もが祭りに夢中になり、誰も行商人の事など気にも止めなくなると、行商人はひどく冷静な真顔で祭りを見ていた。
崇められる巨石ではなく、祈祷する神官や掛け声をかけ続ける村人達、そして、時折同じく遠巻きに見ているだけの司祭に厳しい視線を送っていた。
時折、何かを紙に書き込む。そしてまた祭りに参加する人々を見る。
その様子に気が付いた村人の一人が話しかけた。
「お前さんは何を書き記しているんだい」
行商人は笑顔を崩さない。
「記録を、商人とはいえ人間ですから記憶はそのうち消えてしまいます。ですが、記録を取っておけば後から見返すことが出来ますので。今日の思い出を」
「なるほど。じゃあ、この村の祭りはとっても賑やかだった、と書いといてくれ」
村人は笑いながら言った。
行商人は笑顔で答えた。
「ええ。そう書き残しておきましょう。いつでも思い出せるように」
行商人の返答に満足して、村人は再度祭りの中に戻っていった。
その時には行商人の表情は消えていた。
長く思える一晩も、いつかは終わる。
東の空が明るくなり始め、祭りは最高潮に盛り上がる。
日の出とともに、神官が祝詞を巨石に捧げ、祭りが終わる。
村人たちは朗らかに酒を飲んだり、徹夜の睡魔から家に戻るなり、各々で動き出す。
行商人は司祭の元を訪ねた。
司祭の住んでいる住居。一室が改修され礼拝室になっている。
そこで司祭は毎日の日課である、朝の神への祈りを捧げていた。
礼拝室に入ってきた行商人もまた、司祭の隣で神への祈りを捧げた。
「司祭様。少しお話があります」
祈りを捧げ終わった行商人は、冷たく尖った視線で司祭を睨むほど真っすぐ見ながらそう告げた。
しばらくしてから、行商人が司祭の住居から出てきた。
行商人はそのまま、村を出て行った。
祭りの後片付けを村人達と共に行っていた村長の元に、司祭が顔を出した。
「これは司祭様。今年も滞りなく祭りが終わりました」
「ええ。そのようですね」
「あまり顔色が優れないようですが、何かありましたか。徹夜で酒を飲みすぎましたか」
「そのような事は、むしろそのような事であれば良かったのですが。
村長、少しお時間をよろしいですか」
司祭の言葉と姿勢が気になり、村長は祭りの後片付けを村人達に託し、司祭と向き合う。
「ここでよろしいでしょうか」
司祭は少し辺りを見回した。
「出来れば、村長のご自宅などで」
その一言だけで、どれだけ大きな問題が待っているかが容易に想像できた。
「わかりました」
村長と司祭は村長の家に入り、椅子に腰かける。
「ここなら誰かに聞かれる事も無いでしょう」
「お気遣いありがとうございます。非常に深刻な問題が浮上してきました。
祭りを見学していた季節外れの行商人、いえ、行商が目的の人ではありませんでした。
あの人は中央の教会から派遣された異端審問官でした」
村長の顔にも驚きが広がる。
「そんな方が、なんでまたうちの村に」
そう言いながらも村長も予想は付いていた。
「あの巨石の精霊「ソラン」とそれを崇める冬至に行われる祭りについてです」
「だが、司祭様の助言に従って、ソラン様は神ではなく精霊として扱っていました。祭りに関しても司祭様が黙認していただけていたから、問題は無いのかと思っていました」
弁明する村長に対し、眉を下げてた司祭はとても言いにくそうに言葉を返した。
「・・・私も、そう思っていました。
確かに教会の教えに照らせば、この村の状態が完全に正しいとは言えない。
ですが、それは時間の掛かる布教の第一歩であり、世代を越えて最終的に正しくなれば良い。私はそう考えていました。
・・・しかし、中央の教会はそこまで悠長には考えてくれなかったようです。
異端審問官に問いただされてしまいました。「あの祭りを見て何も思わないのか」と。
数日もすれば私は中央の教会に呼び戻されるでしょう。そうなれば、私は二度とこの村に近づく事は許されないでしょう」
司祭は次第に俯きながら言葉を続けた。司祭は首を振って自分の言葉を訂正した。
「・・・いえ、私の事はどうでも良いのです。
問題はこの村です。
私はこの村が好きです。長年この村に腰を据えて、村の人々に教会の正しい教えを伝えてきた。
私はこの村に骨を埋めるつもりで居ました。
そんな、この村が異教徒の村である疑いがかけられてしまいました。
私なりに弁明を試みましたが、疑いは消えないでしょう」
「・・・この村は、どうなります」
「まだ救いはあります。異教徒の村の疑いは掛けられていますが、村の人々が毎週の礼拝に多く参加していた事実は大きいです。
私がこの村を離れた後、代わりの司祭がこの村に赴任すると思います。
その方はきっと異端審問官の意向に沿った厳格な司祭でしょう。
その厳格な司祭は巨石への信仰を一切止めるように言ってくるはずです。
・・・非常に酷なお願いをする事になりますが、村の人々にはそれを受け入れてほしいのです」
「そ、そんなばかな話、」
「気持ちはわかります。ですが、反発すればどうなるかはご想像の通りです。
実際にそうやって地図から消えた村をいくつか知っています。その話を聞いた時は、何と愚かな選択をしたものか、と思いました。
ですが、こうして目の当たりにして消えていった村の村人達が何を思っていたのかがよくわかります。
分かった上で、再度お願いします。
私はこの村が地図から消えるのを見たくは無い」
「・・・」
村長は頭を抱え、声にならない呻き声を漏らした。
「お力になれず、申し訳ありません」
司祭が深く頭を下げる。そして二人の間にしばらく沈黙が広がった。
絞り出すようなか細い声で村長が呟いた。
「遥か昔から村に伝わってきたソラン様への信仰とその祭りが、私の代で途切れるのか。
私まで繋げてくれた祖先に申し訳がたたんな」
「ですが、その苦渋の決断が村の人々を救う事につながります。
ですから、きっと祖先の方々も理解してくれると思います」
司祭の言葉に対し鋭い目つきを一瞬返すも、すぐに首を振って否定する。
「・・・司祭様に恨み言を言ってもしょうがない。
おおよその事態は理解しました。私の方から村の皆にその事を伝えよう」
「ご協力ありがとうございます」
司祭は深々と会釈をして、村長宅を後にした。
残された村長は長い長い溜息を吐いた。
司祭の予想通りに事が動き、司祭には中央の教会から呼び戻しの命令が下った。
司祭は最後まで申し訳なさそうに謝罪をしながら村を出て行った。
入れ替わりで新しい司祭が村に赴任した。
先の司祭に比べ若かった。
先の司祭が年を重ねた自然な笑顔で村人に接していたのに対して、新しい司祭は張り付けたような笑顔だった。
新しい司祭は村に着き、村長の元を訪ねると村人に対しての宣言を告げた。
「既にご理解していただけているとは思いますが、本日以降はあの巨石を崇める事は禁止いたします」
反論の余地すらなかった。それでも、村長は食い下がった。
「先の司祭様のご助言により、ソラン様を神では無く精霊として崇めてきました。それも駄目なのでしょうか」
「まず、あれはただの巨石であり、「ソラン様」などと言う精霊ではありません。
あの巨石がただの巨石である以上、崇める必要がどこにあるのでしょうか」
「ですが、この村は巨石を崇め、祭りを行う事で上手く行ってきました」
「ええ。それは事実でしょう。
ですが、それは巨石に力が有ったわけでは無く、教会の神の慈悲がこの村にももたらされていたという証拠です」
司祭は頑なに巨石の精霊ソランの業績を認めなかった。
司祭にとって、その部分での譲歩はあり得なかった。
だが、村長も言葉を返す。村が無くなるかもしれない恐怖は有る。だが、それでも言われるままに巨石への信仰を捨てたくはなかった。
「どうしても巨石への信仰を捨てなければなりませんか」
「人は生きていく上で、得た物全てを持ち続ける事は出来ません。
物であればどれだけ愛着が有っても、いつかは壊れ使えなくなる。そうなれば残念ですが新しい物に新調しなければなりません。
あなた方は今まで巨石への信仰にすがってきた。
ですが、今やあなた方は正しい教会の教えを知っている。
であれば、巨石への信仰が正しくなかった事も理解できているはずです。
あなた方が今まで巨石への信仰を持っていたのは、正しい教会の教えを知らなかったから。
でしたら、今こそ巨石への信仰を手放す時ではありませんか」
「・・・」
「私はあなた方を救いたいのです。
事前に聞いていた話では、この村の方々の多くが礼拝に参加しているとの事。
あなた方には既に救われる下地は出来ている。
しかし、巨石への信仰がそれを邪魔している。
であれば、私は例えあなた方に良く思われないとしても、あなた方の巨石への信仰を無くさせます。
それがあなた方を救う一番の手立てだからです。
今は辛いかもしれません。今まで生活と共にあった信仰を捨てるのですから。
ですが、その先には必ず救いが有ります。
私を信じてついてきてください」
「私は、」
村長の言葉が詰まる。
村の巨石への信仰が潰えようとしている。だが、巨石への信仰を続ける為に司祭の言葉を拒絶しても、その先はわかりきっている。
「・・・わかりました。
村長として、村人の代表して、司祭様と教会に従いましょう」
司祭の表情がより一層の笑顔となる。
司祭は手を差し出し、握手を求める。
村長は決して笑顔とは言えない複雑な表情でその手を握った。
若い司祭の力強い握手に対して、村長は全く力が入らなかった。
村長との会見を終え、翌日から早速司祭は村中の家々を訪ね回った。
全ての村人と挨拶を交わした。
そして村人達との会話で精霊や「ソラン様」の単語がでるたびに、それを笑顔で否定した。
司祭は村長や村人に対して、決して怒鳴りつけたり見下したりはしなかった。その行動の源は自らの信じる正しさだった。
全ての家を回り終えると、すぐに次の行動に移る。
司祭は村長と村の神官の元に行き、笑顔で伝える。
「来年以降の冬至の祭りは開催を許可しません。
そこで、使い道の無くなった祭りの道具を広場に集めてください。村人達がそれぞれ持っている物があるのであればそれも持ち寄るように話してください」
村長と神官は何が行われるかはすぐに察した。
神官が反論を試みる。
「待ってください。あなたが決めたように、この村で冬至の祭りが行われる事はもうありません。
ですから、そこまでする必要がありますか」
司祭はゆっくりと首を振った。
「あなたがこの村の神官として、巨石への信仰や祭りを取り仕切ってきた事は知っています。
だからと言って私はあなたを責め立てるつもりもありません。
例えその信仰が間違っている物だとしても、その信仰に対する誠実さは私自身見習うべきものがあります。
あなたがその生涯を持って村人の中に根付かせた、巨石への信仰はとても堅牢です。
私は、村の人々に正しい教会の教えを心の奥から信じてほしい。
村の人々がそうなる為には、心に根付いた巨石への信仰を捨てさせる必要がある。
ソランという名の神や精霊が存在せず、無力なただの巨石がそこにあるだけという事実を村の人々に自ら理解してもらう必要があります」
神官の表情は苦悩に歪む。それでも、何とか少しの譲歩だけでもと口を開く。
「あの祭具たちは、長い間我が神官家に伝わってきた物です。
せめて、祭具ぐらいは、」
司祭の笑顔は変わらない。
「厳しい言い方になりますが、そのような事は認められません。
あなたの言う通りに祭具を残したとして、何になるでしょう。
巨石を信仰する事は許されません。祭りを行う事も同様です。
その状態で祭具だけ残しても、それは信仰の復活を諦めきれていない未練にしか見えません。
あなた自身が未練を捨てて教会の神の慈悲で救われるためにも、祭具を持ってきてください」
神官の訴えは完全に退けられた。
神官は静かにうなだれるだけだった。
翌日、広場には大小さまざまな祭具が置かれた。
それを囲むように、村人が遠くから見ていた。その表情は誰しもが不安で曇っていた。
そこに司祭が現れた。
手には昼だというのにも関わらず、火のついた燭台が握られていた。
司祭は祭具を一瞥すると、村人たちに視線を向けて言った。
「来年以降の祭りは行わせません。その事にあなた方が未練を残さないように、今からこの祭りの道具を処分していきます。
あなた方にはさぞかし辛い選択でしょう。
ですが、その痛みは正しい信仰を得るために不可欠な、過去との決別の痛みです。
その痛みの先にこそ本当の幸福があります。
あなた方に神の御加護があらん事を」
司祭はまるで自分達教会の祭具かのように、広場に集められた祭具を丁寧に扱い、ゆっくりと一つずつ火を点けていく。
燭台の火は大小さまざまな祭具を次々に炎に包んでいった。
膝から崩れ落ちる人や涙で顔を袖で覆う人など、村人の中で悲しみが広がる。
「やめろ、やめてくれ」
ついに神官が声をあげる。
神官にとって、それらはただの祭具ではない。その人生のすべてと言っても良い。
先祖から代々受け継ぎ、次の代に継承させるはずだった祭具。
今にも司祭にとびかかりそうな神官を、村長が止める。
村長も悲しみに満ちた表情だが、首を振って神官の行動を諫めた。
「なぜですか、村長。あなただって、」
「・・・」
村長は言葉を発さず、ただ首を振って神官を悲しみのこもった瞳で見つめるだけだった。
神官は涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
火を点ける司祭も、村人たちの悲しみや自分に向けられる怨嗟の念を感じていないわけではなかった。
それでも、と司祭は次々に火を点け続ける。
それが村人達にとって最善の方法であると信じて。
全ての祭具が炎に包まれ、その形を歪に変形させていく。
時間にすればそれほど長い儀式ではなかったはずだが、その場に居合わせた誰しもが永遠に感じる儀式が終わった。
司祭は灰と化した祭具を見つめ茫然としている村長に近づいた。
「あなた方が苦しく感じるのはわかります。
その苦しさや心の穴を埋める為に、あなた方にはより一層教会の教えが必要になるでしょう。
先代の司祭が使用していた住居の一室を改修しただけの礼拝室では、全ての村人を迎え入れる事は出来なかったと思います」
いきなりの確認してくる司祭の姿勢に村長は若干警戒をする。
「確かに、そうだが、」
「この村に教会を建てましょう。中に入るだけで今の礼拝室より正確に神の慈悲と教えの正しさが理解できる、素晴らしい教会を」
「ですが、どこに建てますか。空いている土地は村の外周ぐらいですが」
「ここがあるではないですか」
司祭は巨石を見上げながら言葉を続ける。
「この巨石のある場所は村の中央。教会を建てるには最適な場所です」
「まさか、この巨石を「ソラン様」を壊すつもりか」
司祭は笑顔で首を振る。
「この巨石は神でも精霊でもありません。ソランという名前の神も精霊も存在しません。
これはただの巨石です。
破壊したりしません。破壊しようとしたらどれだけの労力がかかる事か。
この巨石を加工して、教会の壁に再利用します」
「そ、そんな馬鹿げた事が」
「間違っていた信仰とはいえ、あなた方がこれまで崇め続けた巨石ですから、それを破壊するにしても放棄するにしても、あなた方から非難される事でしょう。
それならいっその事、正しい信仰である教会の礎として残す方が皆様も納得しやすいのではと思いまして」
「それなら、そのまま残しておいてくれても良いのですが」
「それは出来ません。この巨石をそのままにしておく事は、祭具を残す以上にあなた方に未練をもたらすでしょう。
この村がもう二度と間違った信仰に陥ることが無いようにする。それは確実に行わなければなりません」
「・・・」
「やはり、村の方々ではこの巨石の加工には抵抗があるでしょう。
村の外から石工を呼んで加工してもらいましょう。
その他の部分に関しては、村の皆様の協力をお願いします。
当然賃金は出します。農閑期に皆様の力で少しずつ理想の教会を作りあげましょう」
笑顔で告げる司祭に対して、村長はもう言葉を返す気力も失っていた。
新しい司祭がこの村に赴任してきて、一週間と満たない間に村は大きく変わった。
ソラン様は否定され、祭具は燃やされ、そして巨石を再利用して教会を建てる計画まで持ち上がった。
その一つ一つが村長や村人の心を傷つけ、本来であればそれぞれに泣き崩れ、村全体が悲しみに暮れるだろう。
だが、落ち込む暇すら与えてもらえない。矢継ぎ早の司祭の決定は村長と村人が唖然とする事しかできなくさせた。
実際の建築計画が動き出し、巨石をどう再利用するかが決まった。
しばらくして村の外から石工が呼ばれた。
石工は当然、その巨石の存在が村人達にとってどのようなものだったかは知らない。
ただの加工する対象。
道具を担ぎ、巨石に梯子を掛けて軽々と登っていく。
ついこの間までは、触れる事すら許されない存在だった巨石。
そこに登り、石工が手にした道具で巨石に傷を付けていく。
村人はそれを見上げるだけだった。
誰もが分かっていた。今更あの石工の邪魔をした所で何も変わらない。
だが、誰もが苦しい表情で石工の作業を見守っていた。
巨石は楔を打ち込まれ、槌で叩かれ、のみで削られた。
教会の壁として使用するにあたって、不要な部分がどんどんと割り取られたり削られたりした。
石工の手際はよく、瞬く間に巨石はその姿を変えた。
丸みを帯びていたが未だ尖りを残していた先端は平らに均され、表面の凹凸はなだらかになっていった。
石工が手を止めた時には、そこにあったのは遥かな時間人が触れる事すらしなかった荒々しい巨石ではなく、綺麗に加工された教会の壁だった。
他の部分の建築も進められた。司祭が言っていたように村人達と司祭が連れてきた石工や大工が連携し、農閑期に少しずつ形になっていった。
秋に始まった教会の建設も冬を迎え、そして冬至の日が訪れた。
当然、祭りは行われないが司祭は村人に配慮してその日の作業を中止にした。
それぞれが家でくつろぎ、村長の家には数名の友人が集まっていた。
談笑をしていると一人が提案する。
「そうだ、祭りをやろう」
「何を言っているんだ。出来るわけないだろう」
「黙って始めてしまえば、あの司祭だって止めるに止めきれないだろう」
一人の軽口に村長が答える。
「祭具は全て失って、神官だって居なくなった。そんな状態でどうやって行うと言うんだ」
その事を失念していたらしく、軽口を叩いた村長の友人は口を閉じ俯いた。
神官は加工が進む巨石を見ていた。
泣きはらし腫れた瞼で、だが無表情で、食い入るように傷つけられていく巨石を見ていた。
巨石の上部が割り取られるのを無言で見ていた。
そのまま、神官は村の外に歩いて行った。
神官の姿に気が付いた村人は何人か居たが、誰もが掛ける声が見つからず、そのまま見送った。
そして、神官はそのまま村に戻ってくる事はなかった。
村の付近を捜索もしたが、痕跡すら見つける事が出来なかった。
あれ以来、神官の家には明かりが灯る事は無く、また村人達も話題に上げる事もしなかった。
村長がため息をついてから宣言した。
「今年の祭りは行わん。致し方無いだろう」
その場にいる誰もが俯くだけで、反対はしなかった。
村にとっては数百年ぶりに静かな冬至の夜となり、祭りは無くなった。
農閑期だけの作業ではなかなか進まず、完成まで数年がかかった。
村の規模に似合わず、やや豪勢な教会。
たとえそれが教会だとしても、村人達は達成感を味わった。
それからは毎週の礼拝が教会で執り行われるようになった。
建てたばかりの教会に村人達が集まり、司祭の説教を聞く。
礼拝が終わると、一人の老人が教会の外を回り、一部の壁の前で立ち止まる。
遠目には気が付きにくいが、そこだけが一枚の大きな岩で出来ているのが分かる。
老人はその岩に手をあてる。
もう、崇める事も掛け声をかける事も出来ない。
そもそも、もうそれは教会の壁でしかない。
老人は深く深くため息を付いた。




