邂逅。それは二人がくれた最高の贈り物。
うーん。最悪。それがこの学院の第一印象。セントヘレナ女学院は、聞いていた通り、階級意識にとらわれた、鼻持ちならないお嬢様のすむ魔窟であった。庶民出の自分を蔑む、あるいは、完全に無視するお嬢様方に囲まれ、ナーシャは三日目、午前中の授業を終えた。
「はあ。先が思いやられるな」
ため息をつきつつ、机の上を片付けていると、小柄な女生徒が近づいてきた。
「昼食をご一緒いたしましょう。ナーシャ。」
温和な雰囲気をまとう女生徒の名は、アンナ・ロバート。代々、優秀な武官を輩出する中級貴族のご令嬢にして、目下、この学院におけるナーシャの唯一の友人だ。とりたてて美人というわけではないが、美貌を誇る他の生徒よりも、ナーシャは彼女の方が人間として好ましかった。貴族という地位に胡坐をかき、成り上がり者であるナーシャを見下すしか能のないお嬢様方とは雲泥の差だった。
「うん。そうしよう」
成り上がり者の自分と一緒にいることで、陰口をたたかれることもあるのに、彼女は自分に話しかけることを止めようとはしなかった。自分と付き合いだしてから、アンナの友人をやめてしまったものもいるという。そのことを気にして、尋ねると、「あら、私を見捨ててしまわれるの? ナーシャ様。私はこんなにあなたが好きなのに。」と、笑いながら言ってくれた。そんな彼女に抱きつき、私も大好き!と思わず叫んで、お互いに真っ赤になったのは、また、別の話だ。
そんなこんなはありつつ、ナーシャは学院生活に結構順応していた。
「ナーシャ様。この学院はいかがでして?」
昼食を食べつつ、アンナが尋ねる。
幾分、大きな声なのは、周りがうるさいからだ。この食堂は、生徒間の交流のためということで、隣の騎士学校と共同になっている。元気な男の子達の談笑に甲高い女子達のおしゃべりの声がまじり、声を張り上げないと、目の前の相手が何を言っているのかもわからない。
「まあまあかな。だいぶ慣れたよ」
それに、アンナが何かを言おうとしたその瞬間。
食堂内が、ざわめき始めた。訝しんで周りを見渡すと、生徒たちは皆、入口付近を見ているようだった。周囲が、だんだん静かになっていく。
「何事?」
声をひそめてアンナに聞けば、複雑そうな表情で、その問いに答えた。
「例の自治会の方々ですわ。珍しい。」
自治会。その単語に思わず目を丸くした。それは、基本的に上級貴族のみで構成される、騎士学校・女学院共同の生徒達による学園運営のための自律組織である。教師の権力さえもしのぐといわれる彼らは、将来、国を担ってゆく優秀な人物ばかりであり、その自治会に所属することは生徒たちにとって最高の名誉とされている。
へえ。初めて見るな。ナーシャは、興味しんしん、といった感じで、入口に目を向けた。自治会の構成員たちは、上流貴族の人間が多い。そのため、普段は、自治会専用の特別室で、お抱え料理人に食事を作らせているという話だった。そんな彼らが、何の粋狂か、こんな下々のいる食堂までお出ましになられたらしい。
自治会専用の白い制服に身を包んだ5人の男女がだんだんとこちらに近づいてくる。(ちなみに、一般生徒の制服は黒である。)どうやら、先頭の男二人が言い争っているようだ。後ろからくる女生徒が、それをなんとか止めようとしている。何を話しているか聞き取れるほど、彼らが近づいてきて、ナーシャはその容姿端麗さに目を丸くした。こいつはすごい。しかも、自治会ということは成績も優秀なんだろう。神は彼らに二物を与えたようだ。
「・・・だといっているだろうが!」
「それがどうした。俺には関係ないね。」
「貴様!」
男二人の口論はますます熱くなり、一方がもう一方に殴りかかろうとする。
すかさず、止めに入る女子生徒。興味深げにそれを眺めていたナーシャは、次の単語に、耳を疑った。
「カイ! やめて!」
「コウ、下がっていろ」
カイ。コウ。そう呼び合う二人を彼女は知っていた。魂に刻まれた、己が主の名だ。二人の生徒を、じっとよく見る。容姿も年齢も自分が最後に見たものとは違う。だが。
目の前の二人と、かの人たちの姿が、重なって見えるのはなぜだろうか。ああ。そうだった。昔も、よく、カイさまが暴走して、コウ様はそれを止めようと必死になられていた。
だが、コウ様では、力ずくでカイ様を止めることはできなかった。だから、そんな時は、私が。
その時、カイが、コウの腕を振り払い、先ほど口論していた生徒の胸倉をつかんだ。反動で倒れかけた彼女を支えたのは、いつの間にか、二人の後ろに来ていたナーシャであった。目を丸くするコウを優しく立たせてやると、ナーシャはすばやく、目の前で言い争っている男二人に近づいた。そして、今にも相手に殴りかかろうとしているカイに、流れるような動作で、回し蹴りを決めた。
周囲が、重い沈黙に包まれる中、ナーシャは片手を腰にあて、床に倒れ伏したカイを睨みつけていた。
「貴様!どういうつもりだ!」
床から身を起こしつつ、怒鳴りつけてきたカイにひるむことなく、ナーシャは優雅に微笑んだ。カイは、その微笑みに何か親近感を覚え、身を震わす。それが、懐かしさからなのか、恐ろしさからなのかはわからなかったが。
「どういうつもり・・・ですか?カイ様。それはこちらのセリフでございます」
地を這うような声とは、こういうことを言うのかと、周囲の生徒は思った。と、同時に、ナーシャの言葉に息をのんだ。彼女は知らないことだが、カイとコウは、お互い以外の相手に、その呼び名を許さない。以前、間違えてよんだ生徒が、半殺しの目に合った上、学院から退学にされた。だが、彼らは知らない。かつて、カイとコウが、お互い以外に、その名を呼ぶことを許した、ただ一人の存在を。
「アヤはかなしゅうございます。」
コウとカイが、目を見開いて自分を見てくる。その反応に、やはり彼らだという確信を強めて、彼女は狂喜した。そして、この世のすべてに感謝した。彼らと再び出会わせてくれた、世界に。・・・だが。それは、それ。これは、これ、だ。自分は、アヤ。彼らの側仕人にして教育係なのだ。主人の間違った行いを正すのも、また己の使命である。
「あれほど、申し上げましたでしょう。なんでも暴力で解決するのは良くないと。しかも、先ほどのコウ様へのおふるまい。私が受け止めたからよかったものの、あのまま倒れていたら、お怪我をなさったやもしれません。」
そう言って、さて、恒例の鉄血制裁といきますか。と極上の笑みを浮かべたアヤにコウが後ろから抱きつく。
「アヤ!会いたかった!」
それを見て、それまで床で呆然としていたカイもまたアヤに抱きついてきた。
「アヤ!本当にお前なのか!?」
前後から二人に抱きつかれ、身動きが取れない状態で、アヤは微笑んだ。それは、彼女が最後に見せたのと同じ、慈愛に満ちた微笑みであった。そんなアヤにコウとカイは顔を歪める。コウが恐る恐るといった風に訪ねてきた。
「アヤ、私達にかかわったことを悔やんだ?」
「俺達は、いつでも周りに「コウ・カイ」を運んでくる存在だから、その運命に、お前を巻き込んでしまった。すまない、アヤ。」
それは、カイとコウの親が、そして、その周りの者たちが、その特殊な生い立ちゆえに、幼いころから二人に言い聞かせていたことだった。二人は両家に災いを運ぶ、「コウ」「カイ」・・・後悔であると。
不安げにこちらをみやる二人の頭を撫で、アヤは微笑みながら言った。
「いつも、申し上げておりましたでしょう。お二人は、私にとって幸せそのもの。お二人は、私に幸せを運んできてくださいます。よろしいですか。お二人の名は「カイ」「コウ」。『懐逅』でございます。ほら、今もまた、私に、二度と会えぬと覚悟していた、この世で最も愛するお二方と会わせてくださったではありませんか。」
その言葉に、二人はさらに強く抱きついてきた。
それを、アヤは泣き笑いで抱き返す。
この後、騎士たるものの心得をアヤがカイに叩き込み、コウがそれを見て、もうカイの暴走を自分が止めなくてすむとほっとしたというのは、 また別の話だ。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。




