すべてを分かち合い、共に乗り越えてゆく。
眩しいほど鮮やかな黄金の髪に、深遠な青の瞳を持つ女性が目の前に微笑んでいる。
彼女の名はナスターシャ・ガレンシア。
四大貴族であるガレンシア家当主の唯一の娘にして、わが兄の妻。
ああ、兄のお嫁さんにはもったいない。
「ナーシャ。」
可愛らしく小首をかしげて、ナスターシャさんが話しかけてくる。だが、次の一言は、そんな仕草でごまかされるわけにはいかない代物だった。
「ナーシャには、セントヘレナ女学院に入学してもらいます。」
「「「・・・えぇ!!」」」
度肝を抜かれた。セントヘレナ女学院とは、超お嬢様学校だ。生徒達はほぼ国内有力貴族のご令嬢であり、将来的に、それぞれの身分に見合った家に嫁ぎ、よき妻、よき母となるための、いわば花嫁学校にあたる。なぜ、こんなに詳しいかというと、そのセントヘレナ女学院の隣に、兄の母校である王都騎士団学校があり、兄の手紙の中で、よく触れられていたからだ。その内容は、まあ、その、大変欲望にまみれたもので、とてもナスターシャさんにはお教えできない内容だった。
「そ、そこまでしていただくわけにはいきません。」
父が焦った風に言う。私達は今、ガレンシア家に居候している状態だ。その上、学校まで通わせていただいては申し訳ない。それに別の問題もある。
「あのナスターシャさん。私、学校に通ったことがないのですが。」
そう、教会で基本的な読み書きこそ習ったものの、ナーシャは、学校に行ったことがなかった。そんな彼女が、お嬢様学校の授業についていけるとは思えない。
「大丈夫。あの学校は、ただ単に従順な家の付属品を育てるためのものですもの。多少成績が悪くとも、大人しくさえして、お金をちょっと多めに積めば、見逃していただけますわ。」
コロコロと笑いながら、ナスターシャはとんでもないことを言った。というか、ものすごく偏見が入っていませんか。なにか、恨みでもあるのでしょうか。
「その話、受けるよ。ところで、それはおいといて。」
それまで口を閉じていた母が、兄を見ながら問いかけた。え、まってください。お母様。私の入学は決定事項なんですか。
「キール。私達は、いつまでここに閉じ込められなくちゃなんないんだい。」
その母の一言で、その場の空気が、一気に張りつめた。全員が、それまで、あえて触れなかった話題だった。母は、それを気にすることなく話を続けた。
「状況を整理しようかね。まず、ガレンシア家には、ナスターシャさんしか、子供がいない。そして、女性の当主が少ない今の世の中、おそらく、ナスターシャさんの夫が、強大な権力を持つガレンシア家の当主になるだろう。その夫に、どうやったかは知らないけど、うちのキールが選ばれた。本当に、わが子ながら、こんな馬鹿でいいのかと聞きたいとこだけれども。まあ、仕方ないねぇ。子供ができてしまったのだから」
「「「「はぁ!?」」」」
これには、真っ赤になって絶句しているナスターシャさん以外の全員が叫んだ。兄が、硬い声で母に尋ねる。
「か、かあさん。なんでそれを」
「馬鹿にするんじゃないよ」
母は、やれやれという風に首を振った。
「あんたとナーシャを生んだのは誰だと思ってるんだい。子供がいることぐらい、すぐに気がついたさ。それよりも、キール。後で、ちょっと話があるから、私達の部屋に来な」
最後の部分は、ドスが効いていた。母は、女性に対する態度については、かなり厳しい人だ。未婚の女性に手を出して、妊娠させたことについてかなりお怒りらしい。兄の顔色が悪い。ご冥福をお祈りする。
「さて、話を戻すよ。それで、うちのキールはめでたくナスターシャさんを射とめられた。二人が愛し合ってるのは、今日一日でよくわかった。まさか、キールがあんな目をするようになるとはねぇ。お前は、いつまでも、ふらふらして、本当は心配していたんだけれど、今じゃ、ナスターシャさん以外は見えないようだから、もう、安心だね。といっても、時と場合を考えなさいな。・・・聞こえてないわねぇ。これは。」
目の前の若夫婦はと互いを見つめ合い、二人の世界に入りかけている。仕方がないので、兄の頭をしばいてこちらの世界に連れ戻す。
「はい。はい。いちゃつきたいのは分かるけど、後でね。お母さん。話を続けて。」
「ありがとう。ナーシャ。まあ、新婚夫婦の邪魔をするのもなんだから、単刀直入に言うよ。私たち夫婦は、後もうちょっとしたら、ここから出ていく。幸い、騎士団専属の鍛冶屋につてがあってね。そこで働かせてもらおうと思う」
兄夫婦が、焦ったように、何かを言いかける。
「兄さん。大丈夫だよ」
私は、やれやれといったふうに苦笑しながら言った。
「私達も、馬鹿じゃないんだ。状況は分かってるよ。兄さんがガレンシア家次期当主になった時点で、 私達もまた、四大貴族の縁続きになった。すごいことだ。そう、鍛冶屋の身には余る光栄だね。おかげ様で、私達は元の生活を捨てなくてはならなかった。私達に利用価値を見いだして近づいてくるハイエナがそれこそうじゃうじゃいるだろうし。あのまま、村にいたら、そういう輩に利用されるか、最悪、誘拐されて、兄さんへの脅迫の道具になるってこともありえただろうね」
最後の方が、厭味ったらしくなったのはご愛嬌だ。まったく、はた迷惑な兄だ、私と母は手紙を読んだ時点で、この可能性に思い当り、だから、素直にこちらに来た。そうでなければ、あんな身勝手な手紙、無視したに決まっている。母が、頷いて話を引き継ぐ。
「ナーシャの言う通り、あんたの両親だと人に知られるのは、百害あって一利なしだね。だから、その 騎士団専属の鍛冶屋じゃ、名前とかは変えて働こうと思ってるんだよ。あんたとは何の関係もない人間としてね。最大の問題だったナーシャは、悪いけど、ここにおいて行かせてもらうことにしよう。キースとしばらく新婚気分で楽しませてもらうよ」
兄は、絶句していた。
沈黙を破ったのは、ナスターシャのはじけるように笑い声だった。
「おみごとですわ。・・・ふふふ!」
今まで見た中で、一番『彼女らしい』と感じる笑顔だった。
「キール。あなたのご家族を信用しましょう。この人たちは、すべてを隠し通して守る相手じゃないわ。全てを分かち合って、共に乗り越えていくにふさわしい方々よ。」
そういって、夫の手を取ったナスターシャに、兄は苦笑した。
「そうだな。」
和やかな空気が流れる中、母が立ちあがる。
「さて、キール?」
その優しい声音に、兄が真っ白になる。
「ちょっと、あっちで話そうねぇ?」
母に、ずるずると引きずられていく兄を私と義姉は手を振って見送った。
「いいの?ナスターシャさん。新婚なのに。」
「あら。彼との愛はいつでも確かめられるわ。それより、私は、かわいい妹とお話ししたいのだけれども、お相手を願えまして?」
そうして、彼女の女学院時代の話を聞いた。
そして、悟った。
うん。さすがは兄のお嫁さんだ、と。




