第3話 背中の病気で死ぬかもしれない(日常編)
「背中が痛すぎて眠れないんだ」
一ノ瀬は自分の部屋でうつ伏せになって寝転んでいた。
その上に清雅がのっかり、力いっぱい一ノ瀬の背中をもみほぐす。
一ノ瀬は第二隊隊長でありながら、警察隊の副隊長も勤めている。
毎日、多忙極まりない。
一方、清雅はこの春に第一隊に入った新人隊士だ。
近衛清雅と一ノ瀬紫苑は、同じ二十一歳ということもあり、友人のような付き合いをしている。
「二十一にして、この状態……。
これはマズイと思いますよ」
清雅は息切れしながら一ノ瀬の背中を押している。
「人を斬るだろ?」
清雅は手を止めた。
「肉と骨を断ち切る際の鋭い反動が背中の負担になっていると思うんだ」
「物騒なこと言いますね」
一ノ瀬の説明に清雅は、にわかに眉をひそめた。
「それで?
最近、立て続けに、人を斬ったりしているんですか?」
清雅は投げやりな言い方で一ノ瀬に尋ねた。
「ぜんぜん」
「じゃあ、今の話、全く関係ないじゃないですか!」
清雅は一ノ瀬の背中から降りた。
「別の原因があるんじゃないですか?」
背中から降りた清雅を、一ノ瀬はじっと見ている。
「別のって?」
「心当たりは?」
「……ないけど」
目を逸らした。
「今、変な間がありましたよね」
「ないけど」
「……」
清雅は立ち上がる。
「一度、診療所に行った方がいいと思いますよ」
押しすぎて痛くなった手首をふらふらと振り、清雅は寝転がる一ノ瀬を見る。
「変な病気とかだったら怖いじゃないですか」
「背骨の?」
「はい」
一ノ瀬は仰向けに寝転がった。
清雅は一ノ瀬を脅すつもりで目を細める。
「背中を痛めて死んだ人もいるんですよ!」
そのままピシャリと障子を閉めた。
「……絶対嘘だよね」
一ノ瀬は清雅が出て行った方角を見ながら、自分の背中をこっそり撫でた。
「驚きだな」
廊下を歩いている清雅の耳に、相良の声が飛び込んでくる。
気づけば、相良の部屋の前を歩いていた。
「背中が痛いと言っていたかと思うと、そのまますぐに……」
思わず立ち止まる。
「すぐに……?」
清雅は耳を障子につけた。
「すぐにだそうだ」
相良が声を潜めた。
(すぐに……
だから、なんだよ)
清雅の耳が障子に吸い付くように近づく。
「近衛」
部屋の中から声がした。
第三隊隊長の黒崎だ。
「豪快に立ち聞きするな」
「すみません」
清雅はすぐに障子を開けた。
「今、背中の話をしてましたよね」
清雅の目がすわっている。
「それ、詳しく聞かせてもらえませんか?」
相良と黒崎が目を細めた。
「なんでお前に、隊長同士の会話を聞かせねばならん?」
言われて清雅ははっと目を見開く。
立ち聞きした上に、話を詳しく聞かせろなど、自分はなんて無礼者なのだろうか。
だが……。
(それどころではない)
(一ノ瀬さんの命がかかっている)
「今、背中の話……
してましたよね」
「だから、なんなんだお前は」
黒崎がイラっとした。
「背中を痛めた、その人。
どうなったんですか?」
清雅がぐいっと部屋まで入ってくる。
相良は清雅を見上げた。
目をさらに細める。
「死んだ」
「!!!」
清雅は後ずさった。
「やっぱり」
あらぬ方に考えがいく。
「背中 = 死」
清雅は隊長たちの部屋の障子を勢いよく閉めて、部屋を飛び出して行った。
相良と黒崎を目を見合わせる。
「なんだあいつは?」
清雅はものすごい速さで廊下を走る。
「廊下を走るな!」
先輩隊士が清雅の後ろ姿を怒鳴りつけた。
「一ノ瀬さん!!!」
一ノ瀬の部屋を挨拶もなしに開け放つ。
「やっぱり診療所に行った方が……」
―― いない!
どこへ行ったのだろう。
清雅の背中に汗が流れた。
―― 病気かもしれないのに。
清雅はくるくると部屋を見回す。
「一ノ瀬隊長なら、今し方、出かけられたぞ」
第二隊の誰かが話しかけてくる。
「どこに?」
「知らない」
清雅は、そのまま警察の門から外へ飛び出して行った。
「一ノ瀬隊長、見ませんでした?」
途中すれ違った警察の面々に声をかける。
「あぁ。
あっちの方で見かけたな」
「ありがとう」
清雅の額には汗が浮かんでいた。
(早く連れ戻さないと)
(相良隊長と黒崎隊長が話していた、あの人みたいに……)
(いや、あの人って誰だ……)
(知らない……まあいいや)
町をしばらく走ると突然叫び声がした。
「兄ちゃん、気をつけろやぁ」
道端で倒れている黒の羽織袴の男。
「ごめんなさい。
ちょっと、ふらついちゃって」
ふっと立ち上がる。
その顔を見て、清雅の頭が真っ白になった。
「一ノ瀬さん!
何してるんですか!!?」
立ち上がった一ノ瀬は目を丸くして清雅を見ている。
「今!
倒れましたよね!」
「え……
ああ。うん、ちょっと手を滑らせて」
「やっぱり!」
一ノ瀬の手首をつかんだ。
「診療所!
いきますよ!!」
「……え?
なんで!!?」
一ノ瀬が手を振り払った。
「道端で倒れるなんて、やっぱり背中が悪いからですよ!」
一ノ瀬が驚きの顔で清雅を見る。
「いや、ちょっと重たかっただけだから」
「何が?
頭?
体??」
「いや……」
一ノ瀬がため息混じりに息を吐いた。
「本が」
見ると、道のあちこちに本が散らばっていた。
分厚い、何十冊もの本。
それを拾い集めると、よいしょと持ち上げる。
そして、風呂敷に納めて背中に担いだ。
「ちょっと、行ってくる」
「え?」
「本を届けに行ってくる」
「なんで?」
一ノ瀬が重たそうに清雅を振り返る。
「休憩の間だけ、本を届ける仕事をしているんだ。
どうしても欲しい本があるんだけど、お金が足りなくて」
「は?」
清雅は地面に座り込んだ。
「お金足りないって、警察の副隊長している人が?」
「欲しい本が、高いんだ」
「背中!!!」
清雅は一ノ瀬の背中に呼びかけた。
「背中が痛いの、
ぜったい、その、背負っている本のせいですから!!!」
「だよねー」
振り返りざま、一ノ瀬は満面の笑顔を清雅に向けた。
「僕も、そう思う」
そう言うと一ノ瀬は、清雅に愛想よく手を振り、そのまま歩いて行ってしまった。
「一ノ瀬さんなんて、大嫌いだ」
清雅は立ち上がると、膝と尻についた砂を叩き落とした。




