第14話 接ぎ木不和――名門の名だけでは実らない
第14話 接ぎ木不和――名門の名だけでは実らない
春を目前に控えた公爵領では、食卓から肉料理が消えていた。リュシアンの朝食には、水で薄めた麦粥と半分に切った塩漬けの蕪、それに昨日の残りの黒パンが並んでいる。白い陶器の皿は縁が欠け、卓布には洗っても落ちなかった葡萄酒の染みが残っていた。厨房の薪を節約しているため、麦粥は運ばれてきた時にはすでに冷め始めていた。
リュシアンは寝間着の上へ臙脂色のガウンを羽織り、黒パンを粥へ浸した。料理人が辞職してから、新しく雇った下働きの娘が食事を作っている。塩加減は日によって違い、今朝の粥には塩がまったく入っていなかった。
「これを人間の食事だと思っているのか」
給仕をしていた侍従のルカは、袖の長い制服を肘までまくり上げた。以前より背が伸びたため、兄のお下がりだった上着は肩に合うようになっている。しかし右の靴には穴が開き、濡れないよう内側へ古新聞を詰めていた。
「厨房には麦と蕪しかございません」
「市場で肉を買ってこい」
「肉屋への支払いが三か月遅れております。掛け売りはできないと言われました」
「では、金庫から現金を出せ」
「金庫には銀貨が十一枚残っています。明日、厩舎の飼料代を払えばなくなります」
リュシアンは匙を皿へ投げた。薄い粥が跳ね、臙脂色のガウンに白い染みがつく。以前なら侍女がすぐに濡れ布を持ってきたが、今はルカが困った顔で立っているだけだった。リュシアンは自分で布巾を取り、染みをこすったものの、粥は袖の刺繍に入り込んだ。
「マティアスが辞める前は、これほど金に困っていなかった」
「マティアス様が辞められる前から、支払いは遅れていました」
「口答えをするな」
「申し訳ございません」
ルカは頭を下げたが、表情は動かなかった。叱られるたびに震えていた頃とは違い、最近では決められた言葉だけを返すようになっている。それ以上の意見を言えば仕事を増やされると、残った使用人たちは学んでいた。
食堂へ入ってきた臨時財務官のハインツは、薄茶色の上着の脇に厚い帳簿を抱えていた。二日前に片方の眼鏡のつるが折れたため、細い紐で耳へ結びつけている。彼は空いている椅子へ座ると、卓上の冷めた麦粥を見てから、持参した干し肉を鞄の奥へ押し込んだ。
「公爵様、王立銀行から回答が届きました。追加融資は認められません」
「公爵領を担保にすると伝えたのか」
「すでに領地収入の五年分が担保に入っています。これ以上は貸せないとのことです」
「エルザが借りた金だろう」
「いいえ。前公爵夫妻の葬儀、クロエ様の別邸改修、昨年の冬至祭、それから公爵様が購入された競走馬四頭の費用です。すべて公爵様の署名で借り入れられています」
リュシアンは顔をしかめ、食堂の窓へ視線を向けた。外では雨が降り、手入れされなくなった生け垣から枯れ枝が突き出している。競走馬のうち二頭は飼料代を捻出するため、すでに買値の三分の一で売却していた。
「では、税を上げろ」
「昨年、干ばつで収穫量が落ちています。これ以上の増税を行えば、農民が領外へ逃げます」
「何を提案しても無理だと言う。財務官なら、金を用意する方法を考えろ」
ハインツは眼鏡の紐を指で直し、鞄から一枚の書類を出した。それは王都の結婚仲介所が発行した、未婚の貴族令嬢の一覧だった。名前の横には年齢、家柄、持参金の額が並んでいる。
「短期間で資金を得る方法は、これしかありません」
「再婚しろというのか」
「公爵家には名があり、相手方には資金がございます。持参金の一部を領地再建へ使う条件で婚姻を結べば、当面の危機は回避できます」
リュシアンは一覧表を取り、持参金の欄へ目を走らせた。年齢や容姿には関心を示さず、金貨の枚数だけを指で追っていく。最も大きな持参金を予定しているのは、南東部で果樹園と交易港を所有するローレンス伯爵家の長女、ヴィオラだった。
「この令嬢にしよう」
「お相手にも選ぶ権利がございます」
「俺は公爵だ。伯爵令嬢にとって不足はない」
「現在、爵位以外には何がございますか」
リュシアンがにらむと、ハインツは眼鏡の奥で目を伏せた。しかし書類を引っ込めることはしなかった。結婚仲介所へ支払う紹介料についても、前払いを求められていた。
一週間後、ローレンス伯爵家との縁談が王都の迎賓館で行われた。公爵邸の応接室は壁紙が剥がれ、暖房用の薪も不足している。困窮を悟られない場所として、仲介人が迎賓館を選んだのだった。
リュシアンは深緑色の礼装を着ていた。袖口の金糸はほつれていたが、ルカが前夜に針で縫い直したため、遠目には分からない。かつてエルザが選んだ柑橘系の香水を多めにつけ、革靴には自分で磨き油を塗ってきた。慣れない作業で親指の爪に黒い油が入り、何度洗っても落ちなかった。
迎賓館の円卓には、温かい紅茶と杏の焼き菓子が並んでいた。リュシアンは朝から何も食べていなかったが、困窮していると思われたくないため、菓子には手を伸ばさなかった。空腹で腹が鳴りそうになるたびに、腹部へ力を入れて音を抑えた。
ヴィオラは焦げ茶色の乗馬服に似た簡素なドレスを着て現れた。華美な宝石はなく、胸元に銀の林檎をかたどった小さな留め金をつけている。髪は後頭部で一つに束ねられ、指先には薄いインクの染みがあった。
「お会いできて光栄です、ヴィオラ嬢」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
「このような場で堅苦しい話は必要ありません。婚姻後は公爵夫人として、社交界でも不足のない生活を約束しましょう」
「その前に、確認したいことがございます」
ヴィオラは侍女から革の書類入れを受け取り、円卓の上へ置いた。中から出てきたのは、質問事項を記した紙と白紙の計算表だった。恋愛や結婚生活についての質問を予想していたリュシアンは、眉を寄せた。
「公爵領の過去五年間の財務諸表、借入金の残高、担保の一覧を拝見できますか」
「縁談の席で、そのような話をするのか」
「婚姻後、私の持参金を領地再建へ使うと伺いました。資金が何に使われ、どの程度の期間で回収できるのかを確認するのは当然です」
「夫を信頼して任せればいい」
「まだ婚約もしていない男性へ、金貨八万枚を任せるようおっしゃるのですか」
リュシアンは紅茶へ手を伸ばした。茶葉には林檎の香りがつけられていたが、長く置かれて渋みが強くなっている。彼は一口飲み、カップを音を立てて受け皿へ戻した。
「妻になる女性が、金の話ばかりするものではない。家を守り、夫を支えることを考えるべきだ」
「家を守るために、金の話をしております」
「公爵家へ嫁げば、伯爵家では得られない地位を手に入れられる。細かな帳簿にこだわる必要はない」
「公爵家の地位は、食料や賃金の支払いに使えるのですか」
仲介人が小さく咳をし、焼き菓子の皿を二人の間へ押し出した。険悪になった空気を変えようとしたのだろう。ヴィオラは杏の菓子を一つ取り、きちんと半分に割ってから口へ運んだ。
「この杏は、我が家の果樹園で採れたものです」
「それは結構なことだ」
「三年前、古い杏の木へ新しい品種を接ぎました。最初は私も、丈夫な台木へ甘い実をつける枝を縛れば、それだけで育つと思っていました」
「果樹の話なら、農政官に聞かせるといい」
「公爵様にも関係のある話です」
ヴィオラは菓子の粉を指先から布巾へ落とした。彼女の実家では、果樹園の経営も令嬢の教育に含まれている。十四歳の頃から剪定や収支計算を学び、昨年は林檎酒の販売経路を見直して利益を二割増やしていた。
「異なる木を接ぐには、台木と穂木の形成層を正しく重ねる必要があります。切断面がずれていれば、水も養分も通いません。外側を立派な布で縛っても、内側がつながっていなければ穂木は枯れます」
「つまり、何が言いたい」
「公爵家の爵位と伯爵家の資金を縛りつけるだけでは、接ぎ木とは呼べません。お互いに何を提供し、どの責任を負うかが重ならなければ、婚姻は成立しないと申し上げています」
「俺は公爵家の名を提供する」
「私は名ではなく、共同で経営できる方を探しています」
ヴィオラは財務諸表を見せてもらえないなら、この縁談は進められないと告げた。リュシアンは、女が夫の懐事情を調べるのは品位に欠けると反論した。すると彼女は残っていた半分の焼き菓子を食べ、紅茶を最後まで飲んでから立ち上がった。
「いただいたお茶とお菓子は、無駄にしたくありませんでしたので」
「待て。縁談を断るつもりか」
「公爵様は妻をお探しではありません。お金を持参し、質問せず、無償で領地を管理する者をお探しです」
「エルザは、それをしていた」
「だから離婚されたのではありませんか」
ヴィオラは一礼し、侍女とともに部屋を出ていった。残されたリュシアンは、手をつけなかった杏の焼き菓子を一つ取った。生地はまだ温かく、噛むと中から甘酸っぱい餡が出てきた。空腹だったはずなのに、二口目を飲み込むには多すぎる紅茶が必要だった。
ローレンス伯爵家との縁談が破談になると、リュシアンは別の候補を探した。鉱山を所有する侯爵家の未亡人、王都で織物商会を経営する男爵令嬢、遠縁に当たる子爵家の娘にも紹介状を送った。しかし、どの家からも最初に求められたのは、公爵領の財務諸表だった。
リュシアンは一部の数字を伏せた書類を提出したが、すぐに差し戻された。エルザが離婚裁判の際に提出した財産記録が、王立公文書院で閲覧できるようになっていたからである。競走馬、クロエの衣装代、使われなかった離宮の改装費、豪華な冬至祭の費用まで、リュシアンの署名とともに記録されていた。
侯爵家の未亡人からは、青い封筒に入った返事が届いた。便箋には菫の香りがついていたが、内容は短かった。
「私は二度目の結婚で、夫の借金まで相続するつもりはございません」
織物商会の令嬢からは、見本用の布に包まれた手紙が届いた。
「穴の開いた財布へ金を入れる前に、まず穴を繕うべきかと存じます」
子爵令嬢の父親は、手紙すら送らなかった。仲介人を通じて、娘を帳簿も読まない男へ嫁がせるつもりはないと伝えてきただけだった。
それでもリュシアンは、自分が公爵である限り、最後には誰かが応じると考えていた。ところが紹介を断られるたびに、仲介人へ支払う料金だけが増えた。礼装を整える費用、王都までの馬車代、迎賓館の使用料も必要だった。公爵邸の食堂では、麦粥さえ一日二食に減らされていた。
ある夜、リュシアンは一人で執務室に残り、破談になった令嬢たちの書類を机へ広げた。昼に食べ残した芋のスープは冷え、表面には薄い膜が張っている。暖炉からは湿った薪の煙が逆流し、上等だった深緑色の上着にも焦げ臭さが染みついていた。
臨時財務官のハインツは、向かいの席で支出削減案を書いていた。折れた眼鏡は新しいものへ替えられず、相変わらず紐で耳へ結びつけている。彼は灯火のそばへ顔を寄せ、目を細めながら数字を書き込んだ。
「どうして全員、金の話しかしない」
「持参金を求めているのは公爵様です」
「俺は領地を立て直そうとしている」
「では、持参金のない女性でも、領地経営の能力があれば結婚なさいますか」
リュシアンは答えなかった。冷えた芋のスープへ匙を入れ、底に沈んでいた小さな肉片を探した。何度か混ぜても、見つかったのは薄い人参と煮崩れた豆だけだった。
「エルザなら、この状況でも何とかした」
「前公爵夫人は、何度も支出削減を進言しておられました」
「聞いていない」
「進言書には、公爵様の却下という署名がございます」
「では、もっと強く言えばよかった」
「強く申し上げれば、夫を立てない冷たい妻だと叱られたそうです」
「妻なら、夫の機嫌を損ねずに伝える方法を考えるものだ」
ハインツは羽根ペンを置き、紐で結んだ眼鏡を外した。鼻の両側には赤い跡が残っている。彼は両目を指で押さえ、長く息を吐いた。
「公爵様は、エルザ様に何を求めておられたのですか」
「妻として俺を支え、公爵家を守ることだ」
「具体的には?」
「領地の財政を管理し、役人をまとめ、社交を行い、問題が起きれば解決する。俺が忙しい時は、代わりに判断する。それくらいだ」
「報酬は?」
「夫婦の間で報酬など必要ない」
「休暇は?」
「公爵夫人に決まった休暇はない」
「公爵様が間違えた時は、どのようにすればよかったのですか」
「妻なら黙って補えばいい」
そこまで答えたところで、リュシアンの手が止まった。匙からスープが一滴落ち、白い卓布の上へ丸い染みを作った。質問へ答えただけなのに、自分が口にした言葉が、他人の要求のように聞こえた。
エルザは毎朝、日の出前に起きて帳簿を確認していた。朝食を取りながら役人の報告を聞き、午後は領民の陳情に対応し、夜会から帰ったあとも支払書へ署名していた。リュシアンがクロエを慰めている間には、凍害を受けた村へ食料を手配していた。
彼女が熱を出した日も、リュシアンは寝室へ行かなかった。エルザなら一人で薬を飲めると思い、クロエが眠れないと言うので別邸へ泊まった。翌朝には熱を下げたエルザが、普段通り執務室で働いていた。
「俺は、妻を探していたのではなかったのか」
ハインツは返事をせず、冷めた芋のスープへ視線を落とした。窓の隙間から入った風が、破談を告げる手紙を一枚ずつめくっていく。菫の香り、織物についた染料の匂い、湿った薪の煙が、暖房の弱い部屋に混じっていた。
「俺が求めていたのは、金を持参し、領地を管理し、失敗を直し、何をしても俺を責めない女だった」
「それは妻ではございません」
「では、何だ」
「無給の管理人でしょう。しかも、責任だけを負わせる管理人です」
リュシアンは椅子の背へもたれ、天井を見上げた。そこには冬の間にできた雨漏りの染みが広がっている。修繕申請は書類の山へ埋もれ、どの業者へ頼むのか、まだ決まっていなかった。
翌朝、リュシアンは食堂の窓から庭を眺めた。庭師が辞職する前、林檎の古木へ新しい枝を接いでいたことを思い出した。窓辺の卓上には、半分に切られた黒パンと、薄い山羊乳が置かれている。
古木に接がれた枝は、固定用の布が外れたまま風に揺れていた。切断面がずれ、水分を受け取れなくなった穂木は黒く乾いている。地面には、誰にも拾われない枯れ枝が落ちていた。
リュシアンは呼び鈴へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。鳴らしても、庭師は来ない。財務官も料理人も老執事も、エルザも戻らない。
名門公爵家という太い幹さえあれば、どんな女性でも喜んで接がれると思っていた。だが、その幹の内側は借金で傷み、養分を運ぶ者たちはすでに去っていた。残されたリュシアンには、枯れかけた木を自分の手で手入れする知識も、誰かへ教えを請う習慣もなかった。
新しい妻という名の管理人を探しても、その条件を引き受ける女性はもういない。リュシアンは冷めた山羊乳を飲み、前夜から同じままの服で、積み上がった帳簿の前へ戻った。表紙を開く者がいなければ、公爵家の名が金貨を生み出すことはなかった。




