6-11 その前にすること
フェリスアン属種のゴトラン氏。
今、こちらは彼の腕の中にいる。
あ。いや。これは決して、疚しいものではない。
でもね。このゴトラン氏の腕……とても気持ちが良いのは、確かだよ。うん。
このゴトラン氏の腕は、短めの毛が、密に生えている。この毛はとても柔らかくて滑らか。それに、程よい温もりもある。
それで、緩くこのゴトラン氏の腕が当たっているこちらの首元は、毛並みの良い高級な毛皮の襟巻をしているような感じ。今では、ずっとそうしていたいかもと思うところ。
だけど、こんな状況だからこそ、だよね。
こんなことは、普通、とてもじゃないけどできやしない。
だってね。
彼のその腕と顔は、黄色地に茶色の独特な形態の斑点が点在している。猛獣といわれている大型猫科の豹の顔と腕に近い。そしてこの、獰猛そうな両の目と太くて頑丈そうな牙。魔哺乳類の食肉目。
そう。純然たる肉食系の魔動物。
もうこれなら、ジュライさんが斃したあの走魔牛をそのまま生で齧り付いても、全然不思議ではない。
ゴトラン氏は、こちらの視線を感じたのか、自らの両の腕に視線を落とす。
そして今、こちらの状態に気付いたような顔をする。
『ん? ラケルタの坊主。どうして、そんなに顔色が悪いのか』
そして彼は、俄に苦笑いをした。
『おっと。そうか。押さえるのは、もういいよな。お前は、結構落ち着いてたな。あの後パニッて暴れ出すんじゃないかと、ひやひやとしていたんだぜ』
そして、こちらから、その毛並みの良い腕をするりと外す。
え? あ。何か首元が寒くて寂しい。
ゴトラン氏は、再びあの走魔牛の巨躯を見つめる。
そこでは、あのどでかい走魔牛の血抜きが終わったらしい。すでにそいつの解体処理をし始めていた。
ジュライさんの指導の下、ゴトラン氏以外の彼女のフェリスアン属種の従魔たちと従魔候補の先輩たち4体が、せっせと走魔牛の皮を剥ぎ内臓を取り出していた。
『そうだな。お前は、魔爬虫類のリザドリスク科ミネティティ属の変種とかだったな。その科属種そのものは知らんが擬態魔動物は基本的に怖がりと聞く。お前も、あのリザドリアン属羽毛種の姉弟と同じで、俺たちが怖いのか?』
もう幾度も見ているから慣れたけど、怖いといえば怖いね。この太くて丈夫そうな牙と爪は、今でも怖いかな。こちらは、それの一発で屠られそうだよ。
そして話にあるリザドリアン属、羽毛種の姉弟。そのパラ先輩とオルト先輩が、フェリスアン属種の従魔たちと一緒に走魔牛の解体をしている。
あの姉弟の先輩。最初の時はフェリスアン属種たちの獰猛な猫科頭を見つめて、とても恐れて震えていた。野生だったら、捕食をされかねない天敵。
だけど、共に狩りをしたからかな。そのフェリスアン属種の従魔たちと一緒に、一所懸命、走魔牛の解体処理に勤しんでいる。
そして、その場所を良く見れば、走魔牛の周りを、忙しく飛び跳ねている、小さな身体の栗鼠耳アルマジロがいた。
そう。エンタ先輩。
彼の得意技である、例の爪切断が解体作業の役に立っているようだ。その手際のよさに、ジュライさんとフェリスアン属種の従魔たちが、どよめいている。
それでエンタ先輩は、得意満面な顔をしている。とても嬉しそう。
彼の相棒である、ひょろ長カッパのイエン先輩。彼は彼で、あの怪力を用いて走魔牛の巨躯を、ジュライさんの指示の通りに持ち上げたりしている。オラは役に立ったぞーと大声で叫んで、頬の肉がほころんでいる。彼もとても嬉しそうだ。
パラ先輩とオルト先輩はこのでこぼこコンビの技を食堂で見かけているからか、さほどでもないというような感じ。少し冷めたような目で彼らを見つめていた。
『どうした。ぼーとしてるな。お前も、俺の言葉が解らんか。面倒くさいよな。同じ知的魔動物だというのに科種毎に言語が異なるなんてよ。俺らの主人の人間を見てみろ。全く異なる人種がいるのに皆同じ言語なんだぜ。俺らはまるで呪いでも掛かっているみたいだよな。ん。そうか。これもお前に通じないな。かかか』
ゴトラン氏は、手を頭に上げて、太くて鋭い牙を剥いて豪快に笑った。
こちらは、彼が笑っているというのを知っているから判るけど、知らない魔動物がこれを見たら、これはどのように見えるんだろね。
ん? あれ。これって笑うことかな? だけど、そいえばそうだね。人間は同じ言葉で話しているのに、知的魔動物の種類で言葉が異なるなんてね。さらに、その人間の言葉が、魔動物の種類を越えて解るんだから、これは変な話。
こちらは、ルークの意訳があるから、フェリスアンであるゴトラン氏の言葉も、とてもよく解るけど。
そう。ゴトラン氏の言葉の意味はよく解る。だけど向こうの走魔牛の解体作業に気を取られて、ゴトラン氏の言葉を捉えられていない。
彼は、あの後何を言ったのだろう? 気になる。
『ま。それは引率の我らが姉御に言え。そうか。お前の言葉は特殊だと聞いたな。このことについては、俺が言づけてやるから安心しな』
一体、何を言づけてくれるんだろ。
うーん。解らない。
そうこうして、こちらも、その解体現場へと行くことになった。
そう。ゴトラン氏に付き添われて。
彼は、こちらが相当参っていると思っているのかな。
ゴトラン氏のその辺の心理は、さっぱり解らない。何かキーとなる言葉を聞き洩らしたのかも。
「ん。ラケルタも来たのか。お前は、休んでいてもよいのだぞ?」
解体作業でところどころに返り血を浴びているジュライさん。こちらが来たのを見て不思議そうな顔をして言う。
『姉御。折角の機会だと思う。こいつも参加させたらいいんじゃないか?』
「ゴトランは、そう思うのか。うむ。では、ラケルタ自身はどうなのか?」
う。え。できれば、御免こうむりたいけど……。
今、こちらはなんとも言えない、日本人的な笑顔になっていると思う。
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