6-12 魔法の限界と魔真水の実
サブタイトル変更をしました。
「ほう」
ジュライさんは、こちらの顔を覗き込んで不思議そうな顔をした。
彼女の整った大きな目。その訝し気な色を帯びた、赤銅色の虹彩に黒くて丸い瞳がすごく間近に見える。
「おかしなことだな。これはどういうことか? お前の人間と同じような容貌は、にこやかに笑っている。だが、とても嫌がっているようにも見える」
ジュライさん。流石は魔動物召喚術師。そこまで解ってくれるんだったら。
そうですよ。こちらは、この走魔牛の解体作業に、参加をしたくないんですよ。おもっきし。
そう。こう。はい。その。もう一押しです。
『なーことは、ないと思う。姉御。こいつは、ただ単に遠慮をしているだけだ』
え。あ。あの。ゴトラン氏。そんな変な援護射撃は困るから。
『なんせ、こいつはこの解体場面を食い入るように眺めていたんだ。俺の戯言も、上の空でな。これに興味がないとは、とても思えない』
彼は、大型猫科のような黒い唇から太くて鋭い牙をキラリと剥きだし愛いやつだと豪快に、かかかと笑う。
ゴトラン氏……どこまで勘違いをしてくれているんだろ。
「ふむ。そういうものなのか。では、お前も走魔牛の解体作業をやってみな」
あ。ジュライさん。そうなるの。でも、これはそうなるよね。
「それと、そうだな。ゴトラン。ラケルタの援助を頼む。彼の本態である魔爬虫類のリザドリスク科ミネティティ属は珍しいから良くは知らぬ。それでも擬態魔動物は一般的に走魔牛のような大物を仕留める機会なぞ、まずはあり得ない。恐らくこれがラケルタにとって初めての経験だろう」
『仰せのままに』
その指示を受けたゴトラン氏。先程までの傲慢ともとれる豪胆さは、どこかへと掻き消えていた。そして正に正式な従魔らしく、自らの主であるジュライさんに向かって、恭しく丁寧な礼をした。
横でその彼の顔をちらりと見たら、これでOKだと言わんばかりに、にこやかな表情をして、左目でウインクをしてみせていた。
こちらも、まだ笑顔のままでいる。だけど何故か、少しだけ視界が滲む。
もちろん、この作業に興味がない訳ではない。だけど何だろね。気持ち的に受け付けられないというか、覚悟が決まらないというか。
それでも、ここまで来たからには、えいと腹をくくらないと。どうであれ、この作業をして死んでしまう訳ではない。
むしろ、これは生きるためにする大切な作業なのだ。そう思って行えば、何とかなるだろう。
そうはいっても、血抜き作業も終わっているし大変そうな内臓もすでに取り分けられた後。それにエンタ先輩が爪切断でその分厚い表皮をつるりと剥ぎ関節伝いに肉の切り分けもされてしまっている。
何て言うかな。走魔牛の亡骸だったものは、丸ごとの牛を扱う肉屋で見るような枝肉のようなものになっている。ここまで来れば旨そうな食材と見れなくはない。それでも、元の図体がどでかいから、結構凄いことになっている。
そして、その解体作業の功労者である、栗鼠耳アルマジロのエンタ先輩。
その可愛い顔と身体は、無残にも力尽きたかのように窶れている。そして不規則にがたがたと震えながら、丸まっていた。だけど、その疲労色の濃いその顔には満足そうな笑顔さえ浮かんでいる。
そのエンタ先輩を抱きかかえて心配そうに見守る、でこぼこコンビの片割れともいえる、ひょろ長カッパのイエン先輩。
パラ先輩とオルト先輩は、他のフェリスアン属種の従魔たちと共に、エンタ先輩たちが抜けた、その後の解体作業で忙しくしていた。
この走魔牛はどでかい。なので、持ち運びをするには、さらに小さく切り分ける作業が必要とのこと。
いくらイエン先輩が力持ちでも、持てる重量と時間に限界がある。
以前ルークから、これらの魔動物が持つ特殊技能の本質は魔法だと聞いている。そう。あの食堂で初めてエンタ先輩の爪切断を見た時。
魔法は、身体から漏れ出る魔素流の動き、いわゆる魔力の使い方で強さと精度が左右される。そしてその魔力には限界量があり、それも個体差があるとのこと。
今のエンタ先輩は、魔力の枯渇寸前。といっても、これは命に係わる訳ではない。魔動物の体内魔素総量からすれば、使える魔力の魔素量なんて微々たるもの。ただ、しばらく動けない状態となる。
それでも、これは野生では危険な状態だよ。これでは、他の野生魔動物の恰好の食料となってしまう。その体内には、まだ多量の魔素とその旨味の元となる魔素の担体が詰まっているから。
ルークが、そんな事をこれでもかと言うほど何回も言っていたっけ。
うん。今の解体作業は慣れてしまうと結構ルーチンだね。考え事をしながらでもちゃんとできているよ。最初は嫌だったけど皆同じことをしているから抵抗がない。そう。主導者である、ジュライさんも。
だけど、血抜きをしているとはいえ、やはりどうしても血だらけになってくる。段々と、手がべとついてきたよ。
そう思っているところで。
「皆、よく頑張った。切り分けは、これで良い。一休みしよう」
ジュライさんの良く通る声。
「汚れたな。それでは、それぞれ自身の手の洗浄だ」
そうかといって、それをするためだけに、おいそれと魔法を使えない。それで、何が出てくるのか。カークの場合は、あの洗浄魔道具だけど……。
彼女は、でかいパイナップルの実のようなものを、それぞれに渡してくれた。
そして、こちらにその実を手渡してくれた時。
彼女は、きょとんとするこちらを見る。
「ラケルタは、これを知らぬようだな。これは魔真水の実と言う。この実の中に魔素のほぼ存在しない真水がたっぷりと蓄えられている。これは比較的良く見つかるから、良く知っておくように。まずは、これで手を洗う」
ジュライさんは、不思議そうにこちらの目を見て、そう言った。
『かかか。それじゃあ、開け方も解らんか』
横にいるゴトラン氏が豪快に笑って、この実の開け方を教えてくれた。
その魔真水の実の形は、パイナップルの実そのもの。だけどその実の色は透明に近い。そしてその上の方にある、尖った葉の部分の根本とその実自身を手に持ち、くるりと逆方向に捻る。
すると、ネジがある蓋のように、その上部が外れた。そう。この実が、そのまま水が入った器のようになる。これは便利だね。中身は飲めるのかな。
『おい。これは飲んでも良いが、今は手を洗え』
呆れたような顔をして、ゴトラン氏が言った。
あ。ん。はい。そうだね。
この近くの森に泉があるという。後でその泉の水で身体を洗い清めに行くとか。
そういえば、上巳節とかだったかな。古代中国では川辺で厄払いや禊ぎをしたと聞く。今のひな祭りの原型だね。流し雛がその名残だとか。
ここにも、そういった文化があるかもね。
3/3は、ひな祭り。
その昔は旧暦なので、季節的には新暦で4月だったそうですね。
この物語はファンタジーで、それも夏の日差しです。
だけど、ひな祭りの正式名、5節句の上巳節は、
蛇と水に関係があるので、これをいれてみたかったのです。




