インド洋のガゼッタ
あるウニ好きの男が海に潜り、
禁断のウニを刺したところからはじまった。
なんちゃって古語で書いた物語の叙事詩。
「インド人とウニ企画」伊賀海栗様主主催の参加作品。
詠(?)んでくれると嬉しい。
扉絵:秋の桜子様作
茜さす日。そは優しき光を放ちて夢幻の彩雲となゆ。
里程は遠き山を望む。インド洋へと続く穏やかな海。
ガゼッタは伝う。かの聳える高き白壁を越えゆきて。
遠くに見ゆるは黒き小舟と人影。何処を目指し進む。
泡沫の儚き命を運ぶや。大いなる静かな海の揺り籠。
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インドの海深く。ゆらゆらと縦に揺蕩う濃緑の絨毯。
ん。ようやく見つけた。
銅鑼の紋様と瓜二つ。これに違わず。
自慢の腕が鳴る。三つ又の鉾で狙うのだ。
んー。やつは意外と速い。息が苦しい。もう少し我慢。
とうとう意識がもうろうと。その鉾の先には。
海の幸。幻とされるインドウニ。召使いの王女、ダスコウル。
匂い立つほどにその棘は美しくも艶めかしい。
うねる口元に輝く白き五つの歯が覗く。
見つめるほどに昏く甘い眠りへと誘われる。
遠のく意識の三つ又の鉾を握る男。
ここは穏やかな南国。椰子が立ち並ぶ。
居並ぶ海に面する藩王の制する小国のひとつ。
長閑に大きな葉はさやさやと潮風に揺れる。
もうすでに遠い、かの男の故郷。地中海。
のっぴきならぬ初陣で敗れた果て。
餓死寸前の奴隷となりて、この地に来ぬ。
ただ纏は、海松のごとく裂かれた衣のみで。
凛々しげなその身体に生傷絶えぬ。
この者の故郷では海栗を食す。
野良に出るこの男、海栗が何よりをも好物。
押し並べてインド人の食卓に海栗は出でぬ。
ところは海は近い。切なさが日々増してゆく。
この運命とは残酷なり。
能力高き男。過酷な奴隷の仕事は厭わず。
されども憂さは晴れぬ。海栗が食いたいその一心で。
嫌だと逃げ出で、海近くの漁村に隠るる。
御免と納屋にて三つ又の鉾を盗むまで。
とまれ。意識を失いし男は海を漂う。
肌に血の気なく。海を墓場に溺れ死ぬのか。
海岸に打ち上げられ助かるか。
息がつけても見つかれば殺さるる。
そうされても文句は言えぬ存在。
運命とは残酷なり。
ふと目覚めてその身に着ける衣装は煌びやか。
流転する景色。座るは緑輝く孔雀の王座。煌めく黄金。
さらには酒に贅を凝らした馳走が並ぶ。
特筆するは、好物の海栗の明るい中身が山盛りに。
仰け反り目を見開く男。これは死の間際の幻か。
夢での饗宴であれど、これはよい。
物事のひとかけら。時を楽しむべきだ。
外聞なぞ気に掛けるものは何ない。
肩に触れ合うは、横に満面の笑みを浮かべる女。
涼感漂う薄きベールは妖艶な踊る女神に似る姿。
気づけば、しなをつくるこの女の膝の上。
をおこがましと跳ねあがる。心の蔵その音を聞く。
突き進み逆上せる血潮で染まるこの身体。
けだし。白魚の細き指にてふわりと額を押されれば。
よろしくと優しく微笑む柔らかき肉襦袢の揺り籠の中。
旨いと遠く西の作法にて寝ころび馳走を食む。
いつしかまどろみ、深き眠りにつく。
儚き現世の顔は幸せに満ちる。よきものかな。
和やかに時は流れる。こくこくと。
慕う二人。かように見える優しく静かな時間。
女はなおも微笑む。されど今は命なき木偶のようにて。
とても先程までの柔和な女神の微笑みとは別の顔。
男は知らずか彼女の頭飾りには虹色に光る細い棘。
のそりのそりと蠢く。
ああ。鋭く細い棘と口は、かの男に近づきて。
そして翌朝早く。霧立つ磯辺を見てみれば。
美景の岩陰。ヒト形の海松がひとつ。波に揺られ揺蕩う。
ごろりと虹色に光る棘持つ不思議な海栗がひとつ。
とても静かに慈しむようにかの海松に寄り添そい漂う。
波打ち際の砂浜に使い古しの三つ又の鉾ひとつ。
実に所在なさげにぽつねんと横たわっていた。
かの逃げた奴隷の男の消息は不明となりて。
端書き便りに聞く話のひとつ。
知る人なしというダスコウルとなるもの。
螺鈿の如く妖しく光る棘持つ海栗を刺し当てれば。
熱望せしものの願いを叶えるとの言い伝え。
銅鑼の紋様さえも古に失せにけり。
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* 追補 *
時は経て玉響の儚き夢と果てぬ物語のみがあり。
手放し喜びたるは艶なる肢体に思いを馳せるる。
藻に変ずる男の朧げなる意識。幸せに満ちたり。
綺羅星のごとくに海に遊ぶ光の帯が揺れにたる。
歴が廻るただその日限り。男は元の姿に成れり。
応ふ海栗も人に。ウルヴァシーかくやと詩わる。
FA:雨音AKIRA様作
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海栗の古語はガゼとか。
端緒のガゼッタは16世紀イタリアのベネチア発の不定期ニュース出版物とのこと。
それと古代ローマやギリシアでは海栗の同じ部位を食べていたそうです。
よく言われているけど、現在は世界の海栗、日本がほぼ消費。次はフランスとか。
ぐるりとそんな感じで、題名をもじってみました。
かのダスコウルはインド人の名前からの造語。Das(召使い)-Kaur(王女)
なんちゃって古語の叙事詩なのです。
竪琴を奏でてくれると嬉しい。
追記
なじかはしらねど:どうしてそうなのか知らないけれど
ウミユリをなまこ様から頂いたです☆ ** _゜ ゜・。ζ゜゜
秋の桜子様から素敵な扉絵をいただきました。ありがとうございます。
さらに雨音AKIRA様からも素敵なFAをいただきましたー☆