第9話 虚偽申告
「フェリクスの魔力が! この子の魔力が!」
キリナが、喉を裂くように叫んだ。白粉が汗で流れ、まだらになった顔で、リオルをにらみつける。
「返して! 返しなさいよ、この化け物! 悪魔! 呪われた星屑のゴミ拾い!」
甲高く、ひび割れて、耳の奥を引っかくような声だった。
《不快な音波を検知しました》
《第49条第3項に基づき、暴言・威圧的な音声はリオル様への攻撃と看做します》
「ん、攻撃? たしかにうるさいが――」
《お支払いを実行します。声帯を中心に、生命力を頂戴します》
細い光が、キリナの喉元から目玉へと伸びた。
叫び声が、かすれていく。しゃがれ、細くなり、やがて、ひゅう、という息の音だけになった。
キリナは、まだ叫んでいた。口を大きく開け、首の筋を浮かせ、目を剥いて。
けれど、何も聞こえない。
キリナは喉を押さえた。その手の甲に、細かいしわが寄っていく。張りのあった指が、みるみる節くれだっていく。
自分の手を見つめたまま、キリナは動けなくなった。結い上げた栗色の髪に、白いものがまだらに混じりはじめていた。
《お支払い内容:声(全額)、寿命(十五年分)》
ぱく、ぱく、と口だけが動いた。
フェリクスが、母親の裾をつかんだまま、その顔を見上げて固まっている。
父の顔から、血の気が引いた。
それでも、父は声を絞り出した。
「司祭殿、皆、見たか!? あれは悪魔の幻だ。私は何も知らない。毒のことなど、何ひとつ――」
《虚偽申告を検出しました。追加課金を実行します》
ジッ。
熱線が、父の頭を走った。
「い、痛っ!」
油に濡れた前髪が、ひとかたまりになって床に落ちる。焦げた髪のにおいが、つんと鼻を刺した。額の生え際から、一筋、赤い血が垂れた。
額から頭のてっぺんまでが、松明の明かりをてらりと照り返す。後ろ髪だけが、油に濡れて肩に垂れ下がっている。
《お支払い内容:頭髪(前払い分)》
父は、おそるおそる頭に手をやった。指先が、血でぬるりと滑る。何にも触れずに、額から頭頂まで。
使用人の誰かが、こらえきれずに息を漏らした。
「わ、私は無実だ。毒を盛ったのはキリナだ。神に誓って――」
キリナが、父を見た。信じられないものを見る目だった。
節くれだった指が、父へ向く。口が、激しく動いた。
《口の動きを解析しました。「計画したのはあなたでしょう! 妻が死んだら、正妻にしてやるって!」》
《虚偽申告および責任転嫁を検出しました》
《お支払いを実行します》
ドクン、と。
父の胸から、赤黒い光が引き抜かれた。一度、二度。脈を打つたびに、光は太い筋になって目玉へ流れこんでいく。
「……う」
急に、体が重くなった。床についた腕が、自分の重さを支えきれずに震える。骨という骨が、内側からきしむ。
「ぐ……あ、あああ……!」
父は自分の腕を見た。油に濡れた袖の下で、腕が枯れ枝のように細くなっていく。顔に手をやると、指先に触れたのは、知らない皮膚だった。たるみ、しわが寄り、骨の形が浮いている。
「な、なんだ……なんだ、これは……」
《お支払い内容:寿命(三十年分)》
かすれた声は、もう老人のものだった。
《なお、次回の虚偽申告で引き落とされるのは――》
「言う! 言います!」
父は床に額をこすりつけた。
「計画したのは私です! 今夜、離れに火をつけようとしたのも、そのあと妻を始末するつもりだったのも、全部、私たちです!」
キリナが何か叫んだ。口がぱくぱくと動くだけで、声は出なかった。
《ご協力ありがとうございます》
司祭が、ゆっくりとリオルの前に進み出た。額の一つ目を、食い入るように見つめている。
「……魔眼、か」
震える声だった。
「真実を映し、仇なす者に代償を払わせる。古い聖典の片隅にしか記されていない、伝説の魔眼じゃ」
司祭は振り返り、集まった使用人たちを見渡した。
「――この子を魔力なしと呼んだのは、誰じゃ」
誰も答えなかった。
フェリクスが、そっとキリナの陰に隠れた。
そのとき、人垣の後ろが、ざわりと揺れる。
使用人たちが、一人、また一人と振り返り、道をあけていく。
「アルデン」
父が、凍りついた。
今夜のうちに始末するはずだった、妻の声だった。




