第2話 ツノ付きの兜
ローレイド伯爵家の夕食は、今夜も歪だ。
上座には、父がいる。
その隣には、もとは母の侍女だったキリナ。仕立てたばかりの深緑のドレスをまとい、首には、母の首飾りが光っていた。
キリナにぴったりと寄りそって、鴨の脚をしゃぶっているのはフェリクス。父とキリナの子で、リオルの一つ年下の異母弟だ。
母が寝たきりになって三年。この食卓の主は、すっかり父とキリナになっていた。
リオルの席は、いちばん端。皿には、使用人と同じ固い黒パンがひとつと、具のないスープ。
「リオル。またゴミあさり?」
キリナが鼻をつまむ仕草をした。
「泥くさいったらないわ。アルデン様、この子、もう本邸に入れるのやめません?」
「これの母親が生きているうちに、余計な波風を立てる必要はない」
父はリオルを見もせずに言った。
「どうせ魔力なしだ。家を継げるわけでもないだろう」
フェリクスが吹き出し、キリナが口元を扇で隠して笑った。
「そうそう、奥様の薬湯、今夜もわたくしがお持ちしますわね」
キリナが、父のほうへ身を乗り出した。
「早く、よくなっていただかないと」
父とキリナは目を見交わして、くすくすと笑った。
「それなに?」
フェリクスが、リオルの上着のポケットを指さした。はみ出していた黒い箱を、ひょいとつまみ上げる。
「返せ」
「またゴミ?」
「風の心臓だ。母さまの――」
「奥様の?」
キリナが、扇を止めた。
「あら、いけないわ。病人のそばに、こんな汚いもの。フェリクス、燃やしておしまいなさい」
「はーい。やっぱりゴミじゃん」
フェリクスは椅子から飛び降り、黒い箱を床に叩きつけた。
踵で、踏みつける。もう一度。ばきり、と中で何かが折れた。
羽根が七枚の、上物だった。
フェリクスは、ひしゃげた箱に指先を向けた。青白い火花が、ばちばちとはぜる。黒い箱は煙を上げ、焦げて、縮んでいった。
「くっさい! 星屑のゴミって焦げるとくさいんだ!」
フェリクスが手を叩いて笑う。キリナも笑い、父は葡萄酒を口に運んだ。
リオルはパンをポケットに入れると、黙って席を立った。
誰も止めなかった。
リオルの部屋は、庭の奥の離れにある。
母の部屋から、いちばん遠い場所だ。父とキリナが決めた。
『病がうつるといけないからな』
『跡継ぎと勘違いされても困りますわ』
けれど、リオルにとっては悪くない場所だった。落ち星の原から持ち帰った宝を、誰にも邪魔されずに並べておける。
机の上には、作りかけのガラクタがならんでいる。針の止まった時計。羽の折れた風見鶏。二つだけ残った「風の心臓」。そして、古い武具庫の奥から拾ってきた、ツノ付きの兜。
ツノは自分で削って付け直した。鈍く光る黒鉄に、羊の角のような曲線。我ながら、なかなかの出来だ。
ただ、何かが足りなかった。
リオルは目玉を取り出し、兜の額に当ててみた。
ぴったりだった。
松脂で固め、縁を竜のしっぽの銅の糸で巻いて留める。兜をかぶり、ひびの入った姿見の前に立つ。
ツノ。黒鉄。そして額に光る、一つ目。
「これはいい……」
思わず声がこぼれた。
ここで手を動かしているあいだは、すべてを忘れて没頭できる。
「あと、いくつか材料がいる」
翌朝、リオルは兜をかぶり、麻袋を肩にかけて裏門へ向かっていた。
フェリクスに壊された風の心臓を、もう一度探しに行くのだ。今度こそ、羽根が七枚のやつを。
「なに、それ。化け物の仮装?」
生垣の向こうから、フェリクスが顔を出した。後ろには使用人の子供を二人従えている。
「またゴミあさりしてんの。昨日のゴミ、よく焦げたね」
「ほっとけよ」
「魔力なしが、兜なんかかぶって騎士ごっこ」
一つ年下のフェリクスには、もう魔法がある。
それどころか、天才といっていいほどの才能があり、ゆえに、父も彼に目をかけている。
フェリクスが右手を掲げた。指先で、青白い火花がはぜる。
「ほら、受けてみなよ」
「やめ――」
視界が真っ白に弾けた。
倒れる直前、雷が、額の目玉にまっすぐ吸い込まれていくのが見えた気がした。
「なんだ、あっけない」
「フェリクス様、行きましょう」
足音が遠ざかっていく。
リオルの意識も、そこで途切れた。
目が覚めると、空が橙色に染まっていた。
半日倒れていたのに、誰も探しに来なかったらしい。
体じゅうが痺れている。起き上がろうとして、リオルは眉をひそめた。
視界がチカチカする。
まばたきするたびに光の粒が走り、やがて視界の真ん中に集まって、白い文字の列になった。
《おはようございます。セッションを始めましょう》




