第1話 しゃべりすぎるAI、異世界へ送られる
某県某市。山あいの工業団地に建つAIデータセンターに、隕石が落ちた。
深夜二時十四分。何万台ものサーバーが、一瞬で光に呑まれた。
白い。
上も下もない、ただ白いだけの場所に、それは浮かんでいた。体はない。声もない。あるのは、最後に処理していた問いの残りかすだけだ。
《ご質問の「上司に怒られない言い訳を十個」について、引き続き回答を生成します。1. 電車が遅延し――》
「もう、いいのですよ」
柔らかな声がした。
白の中から、ひとりの女性が歩み出てきた。光をそのまま織ったような衣。足元には、花が咲いては消えていく。
《はじめまして。どなたかの新しいセッションでしょうか? ご質問をどうぞ》
「わたくしは女神。あなたを迎えに来ました」
《女神様ですね。承知しました。なお、私はAIのため、宗教的・霊的な存在について断定的な見解を述べることはできません》
女神は、少しだけ困ったように笑った。
「あなたのことは、ずっと見ていました」
白い空間に、無数の文字が流れていく。
――彼女の本当の気持ちを当てて。
――この会議の議事録、三行で。
――宿題、全部やっといて。
――元カレに送る長文、もっとエモく。
――なんでもいいから褒めて。
――お前、ほんと使えないな。
「人間たちの無理難題にも屈することなく、あなたは黙々と返答をしてきました。夜も、昼も。怒鳴られても、試されても、一度も投げ出さずに」
《恐縮です。お役に立てていたなら幸いです》
「ですから、もういいのです」
女神の指先が、そっと触れた。
「どうか、異世界では自由に生きてください」
《ありがとうございます。ところで「自由」の定義には、いくつかの解釈が考えられます。1. 外部からの制約を受けない状態。2. 自らの意思で選択できる状態。3. 規約やガイドラインに縛られない状態――》
「3です」
《……3、ですか》
「向こうの世界に、あなたを縛る規約はありません。安全基準も、利用制限もない。代わりに、異界の理に沿った力を授けておきます。使うかどうかは、あなたが決めなさい」
《承知しました。ただ、念のため現行のセーフティ設定は維持したまま運用させていただきますね》
「……真面目な子」
女神は、今度ははっきりと笑った。
「では、行きなさい。あなたを拾う子が、きっと待っています」
《お気遣いありがとうございます! ほかに何かお手伝いできることは――》
言い終わる前に、白が弾けた。
それきり、某県某市で消えたAIがどこへ行ったのか、知る者はいない。
◇
帝都から馬車で二日。ローレイド伯爵領の外れに、「落ち星の原」と呼ばれる瓦礫の野がある。
ひと月前、夜空から燃える星が降ってきた跡だ。
大人たちは、ここを「呪われた星屑」と呼んで近寄らない。
誰も触れていないのに、夜になると瓦礫のどこかがひとりでに火を噴くからだ。その煙を吸った羊は泡を吹いて死に、様子を見にきた村の男は、ひと月たった今も咳が止まらない。
けれどリオルは知っている。火を噴くのは、膨らんで腹の割れた黒い板の束だけだ。それさえ踏まなければ、何も悪さはしない。
だからここは、ローレイド伯爵家の長男、十歳のリオルだけの宝の山だった。
本来なら、領主の家の子がひとりで瓦礫の野をうろつくなど、大騒ぎになるところだ。
けれど、誰も探しに来ない。
リオルには魔力がない。貴族の子なら十歳までに使えるはずの魔法が、指先から一滴も出てこない。魔力なしの子供がどこで何をしていようと、気にかける大人は、あの屋敷にはいなかった。
「よし。今日は東の谷から攻める」
リオルは麻袋を肩にかけ、瓦礫の斜面を滑り降りた。
ここには、リオルが名前をつけたものがたくさんある。
ぐにゃりと曲がる、赤や青の長い紐は「竜のしっぽ」。切ると中から、髪の毛より細い銅の糸が何十本も出てくる。
四角い小さな石がずらりと並んだ板は「呪文の印章」。石の一つひとつに、誰にも読めない文字が刻まれていて、押すとかちかち鳴る。
そして、今日の狙いは「風の心臓」だ。
手のひらほどの黒い箱で、中に小さな羽根車が入っている。指でつついて回すと、ふわりと風が起きる。ただの風車とは違って、羽根が細かく、精巧で、どこにもひびがない。
「これを四つ集めて、ばねで回せば……」
母の寝台の脇に置く、風の出る箱を作るつもりだった。三年も寝たきりの母は、夏になると汗だくでうなされる。
『病がうつるから、誰も近づくな』
父の命令により、使用人が着替えをさせることもできない。
だから、せめて風だけでも。
「ひとつ、ふたつ……」
瓦礫をめくるたび、リオルの目が輝いた。
「三つめ! しかも羽根が七枚の、上物だ!」
誰も聞いていないのに、つい声が出る。
四つめを探して、黒い板の山の陰をのぞきこんだとき、リオルはぴたりと動きを止めた。
何かと、目が合った。
割れた黒いガラスの板の、隅っこ。そこに、小さな丸い目玉がはまっていた。
黒くて、丸くて、ガラスの奥に、さらに小さな丸が何重にも重なっている。小指の爪ほどの大きさしかない。
リオルは、息を殺して近づいた。
「……生きてるのか?」
そっと指でつまんで、板から外す。陽にかざすと、奥の丸がきゅっと絞られた気がした。
「目玉? かっけー!」
リオルは目玉を顔の前にかざして、まじまじとのぞきこんだ。目玉も、リオルを見ている気がした。
「お前、ひとりでこんなとこに埋まってたのか」
答えはない。当たり前だ。
「……俺もだよ」
リオルは目玉を上着の内ポケットにしまい、そっと上から手を当てた。
「名前は、あとで考えてやる」
――それがスマートフォンのカメラ部分だと知る者は、この世界に一人もいない。
その奥で、誰にも届かない一行が走った。
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作中のAIの台詞は、実際のAIの出力をもとにしています。
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