【7】青ざめた月光、嘲笑う子どもたち(完)
夜の闇に、少女の歌声が響く。
『それ』は月夜の子守歌。
「月が満ちる前に、わたしを見つけ出して」
流行りの店でキャッチコピーに使われるほど親しまれた歌。
「天使のごとく、軽やかに」
時に詩人は引用し、貴人が教養として学ぶ古歌。
「致命傷を負った笑顔、死まであと何歩」
人里離れた森に住まう魔獣すら耳にするほど有名な歌。
「一つの少女、一人のそれ」
古代遺産にその一節が記されるほど昔からある歌。
「星の海、咲きこぼれ」
古代語である神祝詞の歌。
「不眠症の翼、目覚めぬ鳥」
『それ』は満月に捧げる聖歌。
「青ざめた月光、嘲笑う子どもたち」
夜の闇に、少女の歌声が響く。
舞う少女の軌跡は淡く光を放っていた。
浮かび上がる複雑な文様。
その中心で踊る少女。
徐々に文様は崩れ、金の粒子となる。
粒子が少女の中に吸い込まれていく。
その一つをそっと手の内に包み込む。
最後の一節が終わり、そっと手を開いても、そこには何もない。
暗い森の中、ルナはふっと笑い、そのまま、自分の幼い手を見つめ続けた。
どこか、あちらの世界に似て、やはり違う、こちらの世界。
優しい人々、穏やかな生活、日だまりで微睡むような日々。
だが。
ルナは、幼い手をぐっと握りしめ、俯く。
いつまでも今のままではいられない。
あちらの世界で、彼女は竜族として成人していた。
今は、『虚無』に落ちたためか、魔力を失い幼少期の姿に戻っている。魔力の回復に伴い、少女から大人へと成長しているが、成人体となれば加齢は止まる。そうなれば、もう、あの屋敷にはいられない。魔力を持たぬ黒の少女が、老いぬのはおかしいから。自分が本来の姿にもどるときには、魔力も戻っている。その時、自分は……。
「ルナ様」
背後に控えていた魔獣が、森への侵入者を告げる。
恐らく、彼だ。
「ありがとう」
ルナは満月を見上げ、再び歌い始める。
「月が満ちる前に、わたしを見つけ出して……」
歌を紡ぎながら、夜空に浮かぶ月に幼い手を伸ばす。
自分と同じ名を持つ月に。
「ルナ」
低い声に名を呼ばれた。いつものように、炎が彼女をつつみ、暖める。ウェルトンは、溜息をつき、小柄な少女をマントで包み、抱き上げた。
「満月の度に、お前を捜して来いとメイド長達に屋敷からたたき出されるのには、もう飽きた。だから、屋敷から抜け出すときは、俺に声を掛けろ。どこでも、お前の行きたいところに一緒に行ってやる。それなら屋敷の者達もまだ安心だろうからな」
「ごめんなさい。」
そういって、目を伏せたルナに、ウェルトンは再び溜息をつくと、手を振り、魔術を発動させた。彼らを優しく炎が囲む。
「ほら、続けろ」
少女の歌が再び夜の森に流れ出す。
娘の歌に耳を傾けるウェルトンは、まだ知らない。
『それ』は、
こちらの世界では、月夜の子守歌だが
あちらの世界では、満月に捧げる聖歌であると。
『それ』は
満月の力を借り、魔力を回復するための儀式に使われる聖歌。
少女は満月の度に聖歌を歌う。
自分は、何のために歌うのだろうか、と月に尋ねながら。
魔力が戻っても、あちらの世界に帰れる保証はない。では、自分はどうすればよいのだろうか。
天上の月は遠く、掴めそうで掴めない。
まるで彼女の問いの答えのように。
闇夜のように先の分からぬ運命の中
月はただ見守っている。
そんな彼女と彼の物語を。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ウェルトンとルナの物語『少女編』は、これで完結です。