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月に歌うは竜の娘  作者: らいとてん
『使いづらいと思われる7のお題 』(配布元:MEMO様)
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6/7

【6】不眠症の翼、目覚めぬ鳥

 木漏れ日の中で魔獣と寄り添って眠る黒の少女。

 穏やかで微笑ましい光景だった。

 ふと、魔獣が顔を上げ耳をそばだてた。

 人差し指を唇に当てて、少女を起こすなと合図する。

 そして、そっと毛布を掛けようとしたメイド長は偶然その寝言を聞いた。

「レフィー……」

 これが、ことの発端であった。


「ルナを聖夜祭に?」

「はい」

 怪訝な顔をした火の竜族長にメイド長が頷く。

「どうしたんだ、いきなり」

「小さい子供はああいうお祭りが好きなものです」

 そう言われて、ふむ、とウェルトンは頷いた。確かに一理ある。

「善処しよう」


 聖夜祭の日は朝から大騒ぎだった。


 ルナ様の黒髪には純白のリボンがいいかしら? 

 ウェルトン様に合わせて深紅というのはどう? 

 間違っても水色を使っては駄目よ? 色魔のコーナー様がよってくるわ。


 本番は夜だというのに、メイド達に寄ってたかって髪を結われ、着飾らされたルナは、何故か、今、国王陛下に謁見している。


「君がウェルトンの可愛い小鳥か」


 なんだかこっちに来てからやたら小鳥呼ばわりされるな、とルナは思った。


 国王陛下のご尊顔は、以前ウェルトンがくれたブロマイド集そのままだ。修正写真ではなかったらしい。珍しく彼の贈り物が役立った瞬間だった。できれば、役立って欲しくなかったが。


 ウェルトンが教師をつけてくれているので、大体この世界の礼儀作法も分かるようになってきたとはいえ、いきなり国王陛下とは、実地訓練にしてもちょっと、いや、かなり上級編になる。いってみれば、いきなりボスキャラが出てきた感じだ。

 ブロマイド集の国王様プロフィールを思い出してみる。好物は王妃殿下特製スープ……役に立ちそうにない。とりあえず、付け焼き刃の挨拶をしてみる。


「お目にかかれまして、光栄でございます。国王陛下。ルナと申します」

 さて、ここから美辞麗句を並べ立てて、この方のご機嫌をよろしくして、あわよくば可及的速やかにこの場から逃げ去りたいものだ。


「陛下!」


 救世主ウェルトンが、かなり慌てた様子でこちらに来た。

 これで逃げられる、と胸を撫で下ろしたルナの耳に、国王陛下の思いがけない台詞が聞こえた。


「おお、ウェルトン、ちょうどいいところに。今、君の娘を今年の『水鏡の乙女』に任命しようと思っていたところなんだ。あれは、月の神に捧げるものでもあるのだろう? 月の神祝詞でもある『ルナ』は、正に適任だろう」


 その言葉に、周りの人間がどよめく。

 『水鏡の乙女』という聞き慣れない言葉にルナは首をかしげた。

 『水』。……義理とはいえ、火の竜族長の娘に頼んでいいのか? と、いうか、周りの反応から、かなり重要な役目だと分かる。こんなにほいっと、任せていいものではないのでは。


「国王陛下。今年の『水鏡の乙女』は緑の竜族長の次女殿に決まっております。」

 案の定、白ひげの宰相らしき人が国王陛下を諫めている。

「別にいいじゃないか。これから、何千回と機会があるんだし。それに、」

 そう言って、こちらを見る金の瞳に、昔の知り合いを思い出した。

 面白いこと大好きで、周りを振り回すことが大好きなかつての上司。

「ルナ殿にさせた方が面白そうだ」

 その言い草に、宰相が頭を抱える。ルナも、頭痛がしてきた。ああ、この宰相殿、苦労しているんだろうなぁと心から同情した。


 今度は女官に囲まれた。

 屋敷でしてもらった髪も服も装飾具も『水鏡の乙女』にふさわしくないそうだ。まあ、火の竜族長の娘の格好は、確かにそれからもっとも縁遠いものに違いない。


 なんて可愛らしいのかしら。

 ウェルトン様が夢中になるのも無理ないわ。

 まるでお人形さんみたいね。


 キャアキャア言いながら自分を着せ替え人形にしている女官達の話から推測するに、今回、自分はいいダシにされたらしい。水の竜族が指揮を執る神事に、火の竜族の縁者が参加することは、大変意味あることだそうだ。


 相対する力同士の竜族が敵対するのはままあることだ。

 だが、今の水の竜族長(コーナーの孫らしい)と火の竜族長の不仲っぷりは異常らしい。

 それも無理からぬ程度の『事件』がかつてあったそうだが、それを教えてくれる者はいなかった。曰く「お子様にはまだ早いわよ、おませさん」だそうだ。


 歩けば、手首につけた銀鎖がシャラリと鳴る。白い衣の裾を翻しながら、ルナは王宮の奥へと向かった。

 『水鏡の乙女』は月に祈りを捧げる神事だそうだ。四大竜族と王の前で、王宮の中にある神聖な湖で祈りを捧げる儀式。本来ならば、選ばれし乙女が月の神に捧げる歌と舞を披露するそうだが、さすがにそれは無理だろうということで、今回は代役を立ててくれるらしい。予行演習を見れば、竜族の古代語である聖祝詞を使っており、確かに、『素人』が一朝一夕でできるものではなかった。ルナは、代理人と神官が神事を行っている間、ただ湖に祈りを捧げていればいいと言われた。


 正直言って、


 国王陛下の意図も、

 ウェルトンと水の竜族長の断絶も、

 うちの孫がごめんねーというコーナーも、


           ―――どうでもよかった。


 自分は、ただウェルトンの可愛い娘でいられれば、それでよかった。穏やかで心地よい生活。眠る間さえ惜しんで執務をこなしたかつてのルナからは想像もできないほど穏やかな日々。魔力がいまだ目覚めぬルナは、例えつかの間の夢であったとしても、安らかな微睡みを愉しむこの生活を愛していた。


 だが、ルナが着替え中に止める女官の制止の声にも耳を貸さず、部屋に入ってきて、上から下まで彼女を見分した後、フンッと馬鹿にしたような笑みを浮かべ、このような小娘に『月の加護』が得られるとは思えぬな、とあざ笑った、あの男は許せない。こんな小娘にうつつを抜かすとは、ウェルトンもおちたもの、と下卑た笑いを浮かべた、あの男だけは。


 目にもの見せてやろう。


 喧嘩早いところだけは養父に似て……というメイド長の溜息が聞こえた気がした。


 夜風が草花を揺らし、水面に映る満月を揺らす。

 満月を映しとった湖の前で、踊る人影があった。

 満天の星空の中、ひときわ明るく輝く月に照らされ一人少女が舞う。

 楽の音はなく、ただ、シャラリシャラリと銀鎖が鳴り響く。

 それにあわせ、少女は、歌い、踊る。


 翻る白の衣

 月光に輝く黒髪

 蝶のように舞う白い手足

 夜空に響く聖なる歌声


 それは、まさに、夜の支配者。

 息を飲む竜族達の前で、月の化身は最後の一節を終え、湖に入っていった。

 体の半分ほどが水に沈んだ瞬間、突如、湖が淡く光り出した。

 少女の前で、水が盛り上がり、何かを形作ってゆく。


 透明なそれは、一人の若い娘に見えた。

 その顔立ちがはっきりした瞬間、ルナはたまらず叫んだ。

「レフィー!」


 不眠症の翼を持つ月が

 今はまだ目覚めぬ鳥が

 かつて『共にあるもの』とした小鳥。


 水の乙女は微笑んで、そっとルナの額に口づけた。


 水が再び形を無くし、湖がもとの静けさを取り戻しても、少女は水の中に立ちつくしていた。女官が言っていた。『月の加護』とは、月が『水鏡の乙女』に与える褒美であると。その乙女が最も愛する人物の姿を水鏡に映して見せてくれるのだと。もしかしたら、見られるかもしれないとは思っていた。あの娘の顔を。だが、まるで生きて目の前にいるかのような、あの姿。まさか、あれほどのものとは。


 思っていた以上の褒美に呆然とする少女は知らない。己が本当に奇跡を起こしたことを。『月の加護』は稀なるもの。そのほとんどは水の竜族長が魔力で起こしてきたまがいものであった。たまに本物があったとしても、水が姿を形作り、その上、動くことなど、めったにない。


「『レフィー』か。まさに『ルナ』がよぶにふさわしい」


 王の呟きに、ほうけていた火の竜族長が慌てて娘を湖から引き出し、火で包み込む。一応、神水なんだから、丁重に扱いたまえ、というコーナーに、うるさい、娘が風邪を引いたら大変だろうが、とウェルトンがいう。いつも通り口喧嘩を始める二人に、周囲がようやく動き出す。そんな中、悔しげにウェルトンとその娘を睨み付ける水の竜族長。面白いことになりそうだと、にんまり笑った国王陛下に、宰相は重い溜息をついた。


 屋敷に帰れば、メイド長が寝ずの番をしてくれていた。

「もう、よい子が寝る時間をとっくに過ぎております。さあ、さあ、お疲れでしょう? どうぞ今夜はぐっすりお休み下さい。明日はお寝坊しても構いませんよ」

 すやすやと眠る少女の寝顔にメイド長は微笑んだ。さて、我らが主人の愛し子は、『その人』にあえたのであろうか? そうであってほしい。そう、数百年前の『水鏡の乙女』は、その時、水面に映った恋人であり、今は夫である人の待つ家への帰り道、月に祈った。


『レフィーリア』


 それは、神話に登場する、月に住まう小鳥の名だ。

 孤独な月にそっと寄り添う小鳥。

 信心深い竜族ならば誰もが知っている。

 今では神官しか使わない古代語における、その意味は『共にあるもの』。



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