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紫苑のあとで  作者: 月影
第1章

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第4.5話「席替え」

 四時間目の終わり、先生が教壇の横の棚から紙を一枚抜いた。乾いた擦れ音。


「席替えするぞ~」


 その一言で、教室の空気がわずかに浮いた。声が上がるというより、椅子の軋み方が変わる。シャーペンを置く音が同時にいくつか鳴って、ノートが閉じられる。机の上に出ていた教科書が、押し込まれるみたいに引っ込む。


 先生は黒板の端に、座席の枠を描き始めた。縦と横の線。四角が増えていく。チョークが擦れる乾いた音が続く。


 枠が埋まると、先生はその中に数字を書き込んでいった。


 1、2、3、じゃない。飛ぶ。戻る。隣り合わない。数字の形だけが同じ癖で揃っている。


 先生はチョークを置き、教壇の上の小さな箱に手を伸ばした。箱の中で紙が擦れる、かすかな音がする。


「黒板の数字、呼ぶ順な。呼ばれたら返事して、呼ばれた番号のとこが席。――動くのは最後」


 一枚、紙が引き抜かれる音。


「1番、――井上」

「はい」


 井上の返事は小さくて間がない。立たないまま黒板を見上げて、視線を少しだけ横へ動かす。


 先生の手がまた箱に入る。紙の端が擦れて、めくれる。


 呼ばれていく声の間に、教室の音が入る。椅子が小さく鳴る。机の脚が床を擦る。小声で「どこ?」が出て、隣が指先で示す。すぐ消える。笑いは起きない。ただ、教室が“待つ側”に寄っていく。


「13番、――佐藤」

「はい」


 返事が、少しだけ明るい。佐藤さんは黒板を見上げたまま、肩がほんの少し跳ねる。隣の誰かに何か言いかけて、やめたみたいに口を閉じる。


「16番、――宮本」

「はい」


 宮本は返事をして、黒板を見る。目の動きが速い。止まって、そこで少しだけ落ち着く。


「26番、――岡田」

「はい、.........うわ」


 岡田が小さく声を出して、周りが少し笑った。先生も、笑いを噛むみたいに息を吐いた。


「29番、――木下」

「はい」


 少し遠くで返事がして、顔だけが上がる。前髪がわずかに揺れて、すぐ落ち着く。


 番号はまだ続く。


「34番、――水野」

「はい」


 黒板の「34」を探して、そこに視線を止める。息を一回だけ吐いた。


 最後まで呼び終えると、先生が箱を机の上に置いた。


「よし、全員確認したな。じゃ、みんな移動しろ〜。ぶつかるなよ」


 その瞬間、教室が動いた。椅子がまとめて軋み、鞄のファスナーが短く鳴る。足音が重なって通路が少し詰まり、「ごめん」「先どうぞ」が小さく飛んで消える。


 どこかで佐藤さんが笑い混じりに言う。


「ちょ、そこ通る?」


 椅子が半分引かれて、通路が一瞬だけ広がる。


 僕も黒板の数字を頭の中でもう一度なぞって席へ向かった。椅子の脚が擦れて止まる音が、近くで続けて鳴る。隣に誰かが座る気配。鞄を横の取っ手に掛ける。そこで、ようやく動きがひとつ止まる。



 顔を上げると、木下さんがいた。



 同じように座って、同じように机の上を整えている。教室の動きの一つとして、そこに馴染んでいる。


 僕は机に手を置いた。天板が冷たい。木目に触れると指が少し乾く。


 先生がチョークを持ち直し、黒板に触れる音が戻ってくる。


 僕はノートを開き、一行目を書いた。


 字は相変わらず綺麗じゃない。それでも、机の冷たさが少し馴染んでいくのがわかった。

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