第24.5話「長くならない」
終礼が終わると、椅子を引く音が一度だけまとまって、そのあとでまたばらけた。
帰る人の鞄の音もしていたけれど、先に増えていったのは机の上へ出る紙の音の方だった。引き出しの中で問題集の角が擦れて、何かを探す手が何度か止まる。窓の外はまだ明るくて、教室の中では白い紙だけが少し先に目についた。
前の方では、宮本が椅子を引き寄せる音がして、その隣で岡田がワークを机に滑らせた。部活のある日みたいに、後から引き戸の音がしない。残る空気だけが、先に揃っていく。
僕は範囲表を机に置いて、その上に英語のワークを重ねた。真ん中に折った筋が残っていて、端の方だけ少し柔らかい。何度か鞄に入れて、また出した紙だった。
右隣で、木下さんが教科書を開く。手を添える前に、同じ辺りで止まった。ノートはいつも通り整っているのに、端だけ少し丸くなっていて、そこに指が静かに乗る。
岡田が範囲表にもう一度目を落としていた。角の潰れた表紙を片手で押さえたまま、机の端に置いた単語帳にはまだ触れない。
前の方で、佐藤さんが範囲表を見たまま言う。
「やだなー、もう来週じゃん」
何人かが顔を上げて、小さく笑った。
「言うなって」
「いや、でも来週は来週だろ」
「もう“まだある”って感じでもないし」
「それはそう」
宮本が低い声で入ると、岡田がすぐに続く。
「二日あるじゃん」
「その二日を当てにしてる時点で終わってるだろ」
「…うるさいな」
「図星じゃん」
笑いは起きたけれど、そこで広がりきらなかった。井上が問題集を開いたまま、ページの端を親指で軽く弾く。
「でも、先に見といた方がましはまし」
「まし、くらい」
「楽ではないけどね」
それきり声が切れて、机の上の紙の音だけが残った。誰かがノートを一枚めくって、少し離れたところで単語帳が小さく鳴る。窓から入る風は弱くて、カーテンの端が一度だけ揺れて止まった。
僕は教科書とプリントを見て、単語帳に目を止めた。ワークはその下に重なったままだった。木下さんが範囲表を指で押さえたまま、小さく息をついた。
「先に単語見る?」
「うーん……」
「文法から行くと、単語が残るんだよね」
「分かる」
「でも単語からだと、途中で嫌になるんでしょ」
「……なる」
木下さんが少しだけ笑う。
「順番決めるだけで、ちょっと疲れる」
「まだ何も減ってないのにね」
僕はワークを開いた。木下さんは教科書に目を戻して、シャーペンの先で行を軽くなぞる。前の方では岡田が単語帳を開いていた。よく触るところだけ角が丸い。数ページ送って、止まって、また戻す。
「これ、昨日見たとこだ」
「覚えてた?」
「え?うん。嫌な方で」
「最悪じゃん」
宮本が笑って、井上も少し遅れて口元だけで笑った。けれど、その後にはもう次の話題が続かなかった。宮本は古文の単語帳を出して、岡田はもう一度ワークの方へ視線を落とす。佐藤さんも木下さんも、それぞれのノートに戻っていた。
紙をめくる音の間隔が、少しずつ伸びていった。誰かが椅子に座り直して、床が短く鳴る。前の方で一度だけ小さな声がして、それもすぐに途切れた。
窓の外の明るさはまだ残っていたけれど、教室の奥には西日の色が少しだけ混ざり始めていた。黒板の横の壁と、後ろの列の机の端だけが薄く柔らかく明るい。蛍光灯の白さと重なって、紙の上の影がさっきより浅く見えた。
僕はノートの端を押さえて、ワークのページをめくる。乾いた音が一枚分だけ鳴る。少し遅れて、右隣でもページのめくれる音がした。
前の方で何か言って、小さく笑いが返る。それも長くは続かない。西日の当たる場所だけが少しずつずれて、白い紙の上をゆっくり移っていた。




