4.
さて、魔王領へ帰ってきたわけだが、あれだけの日数をかけて離れたというのに、戻ってくるのは一日かからなかった。
空を飛んでいくというか、駆けて行くというか、クロエさんがとてつもなく速いって事だけは判った。
なんせ、途中でドオンッという音の壁を超えた感じがあったからなぁ……
理不尽とも思ったけどな。(とーい目)
それはともかく、俺は今、非常に困っている。
「ジョセフィーヌ、逢いたかった……」
俺の背中に魔王様が張り付いて泣いてるんだ。
おかげで動けない。
足元には仔狼がまとわりついてこっちを見上げているし。
クロエさんはずっとこっちをジト目で見ていた。
ま、こうなる事は何となくわかってたけどな。
魔王様は魔王領内ならどこでも転移できるし、俺がどこにいても気配で居場所を特定できるし。
少し病んでるとこがあるから、魔王様の愛って重いんだよなぁ……でも、そういうところが可愛いと思ってしまう俺がいる。
こっちにきた時に助けてもらった恩もあるんだけど、それ以上に惚れてるってのも大きいんだよなぁ……
でも、この世界を旅して、いろいろ見て回りたいというのもあるわけで、どうしたものかなぁ……
悩みながらも足下をウロつく仔狼を捕まえ、クロエさんに渡す。
クロエさんの首元の毛に埋もれた仔狼は、身体をこすりつけて甘えていた。
それを見た魔王様は、途端に狼狽え始める。
「なっ……そ……その仔狼は……な、なんて可愛いのおおおぉぉぉっ!」
そう叫びながら仔狼を奪い取り、その胸に抱きしめた。
「きゅ──────ん……」
「いや─────────ん! かわいすぎる─────────っ!」
仔狼も空気を読んでか、魔王様に甘えるような鳴き声を出す。
それでますます仔狼のモフモフを堪能する魔王様であった。
あ……、唖然とするクロエさんって初めて見るな。
女の人って可愛いものとかモフモフって好きなのが多いよね。
魔王様も実はそうなんだけど、魔王領ではそういう生き物ってあんまりいないから、魔王様のこういうとこを見る機会はない。
だから、可愛いもの好きってのを知る者は俺と、側仕えの侍女ぐらいだったりする。
寝室には大量のぬいぐるみがあるのを初めて見た時は唖然としたもんだ(笑)
しばらくモフモフを堪能した魔王様は、クロエさんに仔狼を返すと、今度は俺を真正面から抱きしめる。
そして、魔王城へと転移した。
三日経ったと思われ候。
太陽が黄色く見えまする。
俺は魔王様に絞り尽くされてしまった由。
もう、鼻血も出ざるものなり。
あー、ちょっと賢者モードになってたか……
えっと、俺と魔王様は、いろいろと見せられないよ、な状態なので、風呂に入ってサッパリする。
魔王様は相変わらず俺にべったりだ。
風呂から上がったら食事。
俺はレバーやホウレン草尽くしで造血を図る。
血が足りないし、肌も乾いてカサついてる。
髪の毛なんて、パッサパサだよパッサパサ。
魔王様は俺の精気をさんざん搾り取ったので、お肌も髪もツヤツヤ。
サキュバスだから当然だ。
「魔王様魔王様」
「んー? なあに? ジョセフィーヌ」
「……だからジョセフィーヌは止めてと……いやいやそんな事より、俺は魔王様に随分とお世話になりましたけど、こっちに来て以来、ほとんど魔王領の外に行った事がないんですよ。だから、あっちこっち見て回りたいんですよ」
「でも〜それだと〜、わたしがお腹すいちゃうよ?」
「そんなに可愛く首をかしげられても困りますよ。俺は旅を続けたいんですから」
「む〜〜」
魔王様がホッペを膨らませ、半目の上目使いで俺を睨んでくるが、もともと可愛い上に、自分がワガママを言っているという自覚がある時の表情だと解ってるので怖くはない。
と、ここで魔王様が何かひらめいたらしい。
両手をポンと打ち鳴らすと、胸の谷間から赤と青の杭と、同じく赤と青の円盤を取り出した。
杭は直径十センチメートルで長さが六十センチメートル、円盤は直径十五センチメートルで厚みが三センチメートルくらいだ。
「これは転移の魔道具よ。同じ色同士の組み合わせで使えるもので、杭の方を目印に円盤に魔力を流すだけで転移するの。何度でも使えるから赤い方の杭をここに置いて、青い方の杭は旅先で目立たない所に置くか埋めるかすれば、毎日戻ってこられるわね」
ちょっ……毎日はないわ〜。
でも、たまにならいいかな?
或いは野宿せざるを得ない時とか。
でもそれじゃあ、毎日寝不足でろくに動けなくなるかも……
「えっと、五日に一回くらいのペースで戻って来ます」
「え─────────っ?」
口元が【 )3( 】 こんなになって駄々を捏ねてくるが、俺だってまだ死にたくないし枯れたくもない。
「魔王城で泊まったら、眠れないし休めませんから。野宿の方がマシです」
「ひーどーいー」
魔王様の駄々コネを無視し、転移用の杭と円盤を手にする。
戻って来る時用のは気分的に赤にするか。
んじゃ、杭の方は俺が以前寝泊まりしていた部屋の外にしておこう。
ざっくりと杭を打ち込み、魔王様に片手を上げてかる〜くアイサツ。
「んじゃ、いってきます」
「え─────────っ? やだ────────っ」
駄々コネを無視し、腰をトントン叩きながら城を出て行く。
門を出ると城下町……って、繰り返しになるのか……
買い物は無いから、さっさと通り過ぎる。
【 スルースキルがレベルアップしました 】
おー、なんだか久し振りに聞いたなぁ。
やっぱ、人が多いと上がりやすいんかな。
ともかく、前回泊まった宿に着いた頃には夕方になっている。
丁度いいので、泊まっていく事にした。
魔王領を出て約半年、以前と同じルートを辿り、クロエさんの子供を回収した場所の手前で南に向かった。
四ヶ所ほど村を通り過ぎ、大きな街へ辿り着く。
「おー」
思わず声が出る程でかい門。
門前で並ぶ列の最後尾に着き、食事をしながら順番待ちだ。
ギルドカードを見せて街に入ると、魔王城の城下町とはまた違った情景が広がっている。
向こうは冒険者や兵士達向けの店構えが多かったが、こちらは一般の人向けにいろんな店が並んでいた。
衣服や食料品・日用品・小物・雑貨・家具等々、日常生活に即した店がほとんどだ。
食堂や喫茶店・軽食・菓子類を扱う店も多い。
ああ、日本の街並みに近いなぁ……
大通りは六十メートル程の幅があり、馬車の往来も多い。
人は道の端の方を歩くようになっているようだ。
そのまま人の流れに乗って大通りを歩く。
一キロメートル程も歩くと、冒険者ギルドの看板が見えた。
外から見てもでかいと感じていたギルドは、中に入るとさらに広く感じる。
登録した時のギルドと比較して三倍ほど面積は広く、窓口も倍以上あった。
さらに、受付にはそれぞれ助手がつき、業務の効率化と時間短縮を成しているのがわかる。
依頼掲示板には、ランク別に色分けされた枠がつけられているので、遠目でも目標が分かりやすい。
まずは受付に移動の申告をして、それから依頼掲示板の様子を見てみる事にする。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「今日、この街へ来たばかりなので、移動届けをお願いしたい。依頼等はそれから受ける」
ギルドカードを出すと、受付嬢は傍に置いてある水晶にカードを翳した。
それから五回程水晶に触れると、カードを俺に返してくる。
「手続きは終了しました。これで当ギルドの依頼を受けられます」
「ありがとう」
受け取ったカードを見ると、依頼達成数がゼロになっている。
ああ、長い間依頼を受けてなかったからリセットされたのか。
ま、いいや。金はたっぷりあるから、別にこれで食っていくわけじゃないし。
ノンビリと依頼掲示板を見に行く。
期限切れに近いものというと……白のランクじゃこれしか無いか。
【 汚水路の清掃 】
依頼票を取り、受付へ並んだ。
「この依頼票ですと、終了期限までに三日しかありませんが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。問題ない」
現場への地図を受け取り、今度は依頼主の上下水道管理局へ向かう。
担当者はすぐに見つかった。
「う〜〜ん。受けてくれるのはありがたいが、君一人で大丈夫か? もっと人数がいないと終わらないだろう?」
「大丈夫だ。問題ない」
胸を張って言うと、担当者は何かを諦めたかのようにため息をつき、汚水路へと案内してくれた。
街の外壁近くにある地下汚水路の入口は、すでに周辺に悪臭を放ち、状況はかなり悪いようだ。
「悪臭を抑えるために、闇魔術を展開するぞ」
そう言って、入り口周辺に薄っすらと闇魔術を使う。
それだけで悪臭が薄らいできた。
「凄いな……」
でも中はたいして変わらない。
だから、闇魔術で闇珠を十個ほど作って周囲に浮かべ、聖魔術で光珠を三つ浮かべて灯りとした。
地下汚水路に降りると、高さ三メートル程の水路が半分程も汚泥で埋まっており、かなり長く清掃していない事が伺える。
「こりゃあ酷い。前担当の糞野郎め……」
「ってことは?」
「ああ。私が担当になったのは先月だよ。前任者は清掃費用の着服でクビだ」
「ナルホド……そいつにこの清掃をさせればいいのに」
「させたよ。んで、あまりの悪臭で気が変になった。今では実家で幽閉してるそうだ」
「あ、さいですか……」
嘆いても仕方ない。
俺は闇魔術を広く展開、見える範囲の汚泥を吸収する。
汚泥は闇属性の魔物達の餌となり、その糞は農業用の肥料になる。
こんだけの量は久々だから、あいつら大歓喜だな。
元々魔王領にある底無しの腐った沼に棲んでいる連中だから、人間の街からの汚泥はご馳走になるらしい。
どんどんと汚泥を吸収していくので、綺麗になるのも早い。
まずは街の出口側を綺麗にする。
それから街中側へと移動して行った。
約三時間程で地下汚水路は正常な状態を取り戻し、担当者に感謝された。
入り口周辺の闇魔術を解除し、依頼の終了を確認、サインをもらってギルドへ報告に行く。
受付嬢はちょっと口の端を引きつらせただけで、依頼完了の処理をしてくれた。
普通なら、二週間はかかるものらしい。
「こういう依頼に便利な魔術が使えるから」
これだけで済ます俺も大概だな。
「その魔術をギルドへお教えできますか?」
「無理。まず、適性を持つ者が極めて少ない。次に、その修得そのものが非常に難しい。最後に、今回の依頼をこなせるだけの技量を磨く時間が極めて長い。以上の理由だ」
「そうですか。残念です」
俺は報酬を受け取り、ギルドを出た。
適当に宿を探し、一泊する。
翌朝、食事をして宿を出た。
さすがに大きい街の宿だ。朝夕の食事付きで銀貨一枚だったよ。
街を散策しながら南へ向かう。
相当でかいので、通り過ぎるのに数日はかかるかもしれない。
大通りは賑やかでありながらも秩序だったものを感じるが、裏通りはどうなんだろう?
何となく気になって行ってみると、そこは雑多な人通りだった。
昔のアメ横とか築地を感じさせる。
気になる感覚は、さらに向こうの通りから来ているので、それを頼りにフラフラ移動。
途中、スリ連中の手首を外しつつ、目的地に到着した。
そこには場に似つかわしくない姿の者達が、店の者に文句を付けている、そんなウンザリする情景だった。
まあ、何というか、日本の高校生勇者様御一行が、奴隷商人に日本人奴隷を寄越せと言っているんだけどな。
経緯がわからんから口出しようもないが、ここでは奴隷などありふれたものだ。
そこに日本人がいると言うなら、【 解放しろ 】ではなく、【 買い取る 】と言うべきなんだ。
相手は国の許可を得て商売でやってるんだから、タダでやるわけがない。
俺にはどうでもいいことなので、さっくりと店に入る。
なるほど、入り口側の檻に十代半ばくらいの日本人女性が三人、入っているな。
特段に綺麗とか可愛いというわけではなく、また、かなりの暴力を受けて来た跡があり、みんな腕か足がいずれか一つ無い。
着ている服は店が用意している貫頭衣のみ、奴隷の首輪を嵌められ、壁にもたれて死んだような目をしていた。
他にも奴隷は多くいるが、ほとんどが男であり、あとは子供ばかりだった。
獣人が半分ほどを占めている。
店員に話しかけるとしよう。
「奴隷を数名買いたいのだが」
「はい、どれにいたしましょう?」
「あの入り口側の三人はいくらになる?」
「ああ、珍しい人種なので少々値が張りますよ?」
「大丈夫だ。問題ない」
「白金貨で三千枚です」
「あの壊れた状態では高すぎる」
「では、二千八百で……」
「……店の前にいる連中と揉めているよな。ああいう手合いはなかなか諦めないぞ? 下手をすると、夜中に襲撃を……」
「わかりました。店主を呼んで参ります。こちらのお部屋でお待ちください」
応接室に案内された。
しばらくすると、店主が奴隷を運ばせて来て、床に座らせる。
三人を連れて来た者達が見張りに立った。
「お待たせいたしました。この三人を御所望だとか……」
「ああ。だが、この状態で白金貨二千八百は高すぎる。千なら即金だ」
「このお値段には、治療費も含めております。そのままにしているのは、逃亡防止の意味もあるのですよ。何せ勇者の称号持ちですから」
「ほう……、そりゃあ値が張るわけだ。治療不要ならどれくらいになる?」
一瞬、店主の眉間に皺が入ったが、直ぐ笑顔に戻る。
「それならば、お客様が先程即金でとおっしゃった額で構いません」
「んー、じゃあ病気や怪我で商品価値の無いのはいるか?」
「おりますが、どうなさるおつもりで?」
「大きな声じゃ言えないが、魔獣を飼っていてな。言うなれば生き餌だ」
店主がニヤリと笑う。
「それならばある程度はおります」
そう言って席を立ち、俺を案内したそこは、十名ほどが隔離された部屋だった。
病気が進みすぎて助かりそうに無い者が半数、残りが傷を負わされ、そこが腐り始めている。
ゲスの極みだと思ったが、顔に出さないでおく。
「これらが廃棄予定の者たちです」
「……わかった。全員貰い受けよう」
「始末するにも費用がかかりますので、こちらとしては有難いです」
「じゃあ、好きに連れて行く。店主は済まないが出ていてくれるか?」
「……かしこまりました」
どう始末するのか見たかったらしいな。
だが、そんなものは見せん。
店主が出たドアに闇魔術で壁を作って視線と音を遮断する。
それから拡張道具袋から上級ポーションを出し、みんなに飲ませた。
病気の者は症状が軽くなり、負傷していた者は腐っていた部分が蘇り、傷が薄くなっていく。
完治させるにはまだ時間がかかるようだ。
このまま連れ出すと余計なトラブルになるので、闇魔術で俺の影に部屋を作り、内側に聖結界を張り巡らせて人が入れるようにする。
あとは買い取った連中を中に入れた。
みんな自発的な意思がほとんど無かったから、素直に暴れもせず入って行った。
部屋を出ると、店主が待っている。
元の応接室に戻り、金を拡張道具袋から出した。
数が数だけに、数えるのが大変だったが、きちんと精算を終える。
「そう言えば、獣人の子供が何人かいたな」
「ええ。お買い上げになりますか?」
「先ずは見よう」
店主に連れられて行くと、七名ほどの獣人の子供がいた。
さらに一人は幼児であり、母親と一緒だ。
誰もが訝しげにこちらを見ている。
ざっと見た限り、みんな状態は悪くない。
仕込みは必要だが、良い働き手になりそうだ。
「大人の獣人はどれくらい居る?」
「三名です。戦闘要員として優秀なので、すぐに買い手がつくのです」
「解った。全員でいくらになる」
「これだけまとめて買っていただけるのでしたら、白金貨一万でいかがでしょう?」
「……買った」
店主は揉み手でご機嫌だ。
「ありがとうございます。それでは先ほどの部屋で手続きを」
再び応接室に入ると、早速手続きを始める。
先に俺の影に入った者達の書類はない。元々廃棄処分だったからだ。
だから、三人の日本人、獣人の子供が七名に大人が三名の書類が用意される。
全てが俺に譲渡され、奴隷契約が移されていった。
書類作業が終わり、さて、どうやって移動したものか……
「店主、全員を馬車で北門の外へ移動できないか?」
「その程度でしたらお安い御用です」
「外の変な連中とはかち合いたく無いんでな、裏からお願いしたい」
「はい、もちろんです」
店の馬車があるようで、それで送ってもらう。
門を出てしばらく進んだ場所で全員を下ろす。
大人の獣人に日本人を担いでもらい、街道から森へと入り込む。
「さて、お前達は俺の奴隷として購入した。それぞれ仕事をしてもらうわけだが、詳しい話は時間が無いので移動先で行う事にする。だから、今は何も聞かずにここへ入れ」
そう言いながら、俺の影部屋への入り口を開けた。
入り口は、俺の影から真っ黒い何かが高さ二メートル、幅一メートルで広がっているだけだ。
「おわっ?! 何だこれはっ?!」
「真っ黒で怖い……」
やはり恐怖心が出るか。
だが、今は時間が無い。
俺の闇魔術警戒網に引っかかる存在が近づいている事もあり、さっさと入ってもらう。
「怪しいヤツらが近づいている気配がある。再び奴隷商人に捕まりたくなければここに入れ!」
それを聞いた奴隷達は、急いで黒い影を抜けて行った。
それから、魔王様に持たされた青い方の杭を木の根元に深く刺し、赤い円盤に魔力を込めて転移する。
主人公:真和が転移して約十五分後、三十を越えるゴロツキ達がやって来た。
「確かこの辺りつってたな」
「街道を逸れたにしても、あれだけの人数じゃそう遠くへは行けやせんでしょう」
体格の良いリーダー格の男と斥候役の細身の男が並んでいた。他の連中も武器を片手に周囲をうろついている。誰も彼も、裏稼業を思わせる悪党顔だ。
「十人以上も一辺に奴隷を買って行ったんだ。相当持ってるはずだろうぜ」
「優男一人殺りゃあ大金も奴隷も手に入るんだ。美味しい獲物だな。グハハハハハ!」
悪党の考えそうなことではあったが、彼等が真和に会うのは数日後になるのであった。




