2.
冒険者ギルドに紹介された宿は、中堅と言っていいレベルだ。
一階には宿泊の受付があり、壁を隔てた隣には食堂・酒場がある。
一泊銅貨四十枚、朝食・夕食はそれぞれ銅貨五枚だ。
風呂は近所の共同浴場を使うか、裏の井戸で水拭き。お湯は魔術が使えれば自前でできる。
「この宿帳に、名前といつまで泊まるか、それと食事の有無を書いて下さい」
この世界の状況を知らないから、情報収集の時間を考えて四泊することにした。
食事も込みにするから、銅貨二百枚分=銀貨二枚を出し、ついでに調べ物をするのにいい場所を聞いてみる。
「ああ、それなら冒険者ギルドの図書室がいいですよ。冒険者さんなら銀貨一枚で、利用できますから」
「お金も出るんだねぇ」
「当然ですよ。本は貴重ですから」
「なるほど」
部屋は三階の一号室になった。
食事時間にはまだ早いので、先に部屋に上がる。
ベッドとクローゼット、テーブルに椅子があるだけだ。
「はて? トイレはどこ?」
宿の一階に下り、先程の従業員の娘さんに聞いてみた。
「トイレは階段を下りた所から外に出て、真正面の建物がそうですよ」
おぅふ……ストレートポットンかよ……
魔王城も以前、俺が連れて来られた当時はこんなだったが、皿洗いの合間に三週間で便座付き水洗トイレを開発し、全てそれに取り替えた。
魔王様や当時の四天王の皆さんには大好評だったせいか、さらに快適さを追及したウォシュレットをジャガイモの皮むきをしながら二年後に開発成功・設置。
その功績によって、俺は一階のゲート前門番に取り立てられた。
あれ? 普通こういう場合、魔道具開発の研究員になるもんじゃないの?
今更ながらに気づいた。ま、終わった事なので忘れよう。
配属された当時は、外からは余り人も来なかったものだが、その来た連中にはいつもボコボコにされた。
尤もそういう連中は、城の中で死体になるのが常だったがな。
というか、そうした連中の持っていた武器・防具を装備させてもらっていたから、そのうち手傷を負わせて数を減らす程度の事はできるようになった。
そうしてなんとなく力が上がっていくのを感じる日々が続き、門番から玄関前を守る衛兵に配置換えの昇進となる。
魔王様の影響なのか、この城にいる限り俺は死ぬ事も無く、だんだんと力量を上げていく事ができた。
ま、元々の魔族の皆さんに比べれば遙かに成長は遅いんだけどね。
俺より早く成長していった皆さんは、人間の国のどっかに遠征に出かけて行って、未だに戻って来てない。
侵略できてその地を治めてるのか、討伐されたのか知らないけどな。
そうして上になった連中が数を減らすに連れて、俺の立ち位置も徐々に上がっていった。
百五十年経った頃だったっけかな?
とうとう俺が侵略しに外へ出るのかもなーという時期になった時、魔王様に呼ばれて、俺は魔王様のお側付に任命された。
で、開口一番。
「お菓子はまだか?」
大した物は作ってないぞ?
俺が手作りできるのって精々ホットケーキもどきとか、水飴もどきとか、それくらいだし。
パンとかスイーツなんて、店で買う物って認識だからね。自分で作るなんてありえない。
城のコックさんに、完成品の形と、おそらくこんな感じで作るんじゃないかという予想を話すだけなんだよ。
それでも、ものすごい再現率で作ってくれるんだから、プロってすげぇと感心したもんだ。
だからここで言うお菓子とは、今まで作ったことの無い物を指しているんだ。
つまり、新作を早よ出せ、ってこと。
しばらく悩み、危険な物に手を出さざるをえないのではと言う考えに取り憑かれる。
それ即ち、ジャンクフード。
塩分過多で、だからこそやめられないのである。
実際、魔王様の手が止まらなくなったから。怖るべし、ポテ○チップス!
厨房でもお手軽に作れるので、バカみたいに生産していた。
おかげで、頑丈が取り柄の魔王様をはじめとする魔族の皆様が、揃って高血圧からくる数々の現代病にかかり始めたんだ、七十年くらいで(笑)
おかげで、【二十年間のポテトチップス禁止令】が医療部門から出た。
それに対し、魔王様はこう宣う。
「なぜだ?! 解せぬ!」
「最初で、塩分を取りすぎるので、食べ過ぎは禁物ですと忠告申し上げたんですが?」
「? 覚えておらんな」
見た目はハタチくらいのグラマラス美女なのに、実は一万歳越えてるんだよな。……ボケたか?
「……なんぞ良からぬ事を考えておるな、その顔は」
「いえいえ滅相もございません」
テンプレな鋭さはあったな。
だがこれはまずい。元々サキュバスな魔王様だから、色ボケではあったんだ。
「むう……何故か腹が立ってきたな。
貴様でいいか、目の前にいるし……」
そう言いながら俺を捕まえ、寝室に連れ込んだんだっけ……
半日でSAN値直葬。魔王城にいることで回復するはずの体力や魔力が、三日で死ぬ寸前になった。
マジ死ぬかと思った体験だったなぁ……太陽は黄色く見えるし、体重も二割落ちてたし……
そう言えばこの時に体力回復の魔術を覚えたっけ。
魔王様に解放されると、二日程は身動き取れなかったもんなぁ……
医者には、このままだと腎虚は確実って言われたし。
しかしそれ以来、毎週一回、魔王様とモーニングコーヒーを飲む関係になった。何が気に入られたんだろう?
ま、なんだかんだでちょいちょいと出世し、四天王の一人になったのが十五年程前だったか。
あとは魔王討伐の一行をあしらったりスルーしたりで過ごしてきた。
女性が混じっていたら必ず相手にはしてたんだけど、女性がいなければ必ず通れる事が解ってきたせいか、だんだんと野郎のみのパーティーになっていったんだよな。
因みに、何故女性が混じっているパーティーを相手にしたかと言うと、俺の次の四天王がオークキングの異種進化系だったからだ。
こう言う理由なら解るだろ、女性がどうなったのか?
女騎士なら「くっ、殺せ!」なんてセリフが聞けたりしたものだが、彼奴は殺さずに犯し続けたんだ。
三十日と持たずに精神がおかしくなったから、気の毒に思ってたんだよな。
でも、オークキングは格上だったから、格下の俺が口出ししようもなかった。
だから女性のいるパーティーは俺が相手をし、全員気絶させてから装備を剥ぎ取り、鎧下姿で城の外に放り出してたんだ、人数分のショートソードくらいは持たせてな。
おかげで、武器や防具の荷物はたくさんある。
……トイレの話からどんだけ逸れてんだよ。
まあ、出すモノを出して、水魔術と風魔術を応用した乾燥と聖魔術を応用した浄化で綺麗にし、一旦部屋に戻って武器の手入れをする。
バスタードソードを二本、綺麗にしたところで食堂へと顔を出す。
既に食事時ということもあって、七割は席が埋まっていた。
カウンターに座り、日替わりの夕食を注文する。
「麦酒か果実水かミルクがあるけど、どれにするかい?」
「んーーーー、久しぶりにミルクにしよう」
「はいよ」
実に三百数年ぶりのミルクだな。懐かしい……
「くっくっくっ……見ろよアイツ。いい年してミルクだとよ」
「情けないにも程があるだろ。未だに母親のオッパイが恋しいと見える」
……久しぶりなだけなんだけどな。こんな連中は無視するに限る。
テンプレならこっちに絡んできたんだろうが、スルーし続けてると話題が逸れていった。
これで落ち着いて食事ができる。
「はいよ、お待たせ」
パンとスープと肉野菜炒めの定食だ。
しっかり食べ終わると、部屋に戻って休む。
魔王城のベッドからすればだいぶ質が落ちるが、俺にとってはホッとする感じ。
元々貧乏性だから、これくらいのグレードだとかえって安心するんだよな。
んじゃ、おやすみ。
翌朝、食事をとってから冒険者ギルドへ顔を出す。
図書室を使うためだ。
受付で場所を聞き、お金を払って入室許可のカードを受け取る。
図書室入り口でカードを渡して中に入ると、幅八メートル、奥行き三十メートル程、高さ三メートルの部屋になっており、三方の壁一面にそれぞれ本棚が設置されていた。
尤も、七割程度しか棚は埋まっていないけど。
歴史関連の本の場所を聞き、結構新しい方の物から読んで行く。
まず、この大地がある大陸をノーゼン大陸と言うらしい。
この大陸のだいぶ北側、面積比だと七分の一程だろうか、それくらいの場所が険しい山脈に囲まれており、そこが魔王様の支配する魔王領である。
他の国もそれぞれ山脈や大森林に隔てられ、十七程に分かれているらしい。
で、何故人々が魔王領を狙ってきているかと言うと、資源を求めての事だ。
どうやら採掘技術があまり発達していないらしく、深く洞窟を掘るのができないらしい。
そこで大規模に掘るために、露天掘りが主な掘り方だというわけだ。
そして、粗方掘り尽くしたと思われるので、今度は手付かずの魔王領を狙っていると、そういうわけだ。
魔王領は魔王城のあるこの場所から北側にあるので、最終防衛ラインの砦でもあるのか……
まさか国の最前線に魔王城があるとは、思いもしなかったよ。
ここを抜かれたら、魔王領は人間に蹂躙されてしまうのか?
……………………………ありえねーーーーーーー!!
もしかして、人間達は魔王領がどんな場所か知らないんじゃないのか?
あそこの魔物は四天王には及ばないものの、それに近いレベルの強さを誇るんだぜ。
住んでる人達もかなり強いし、中には魔獣退治専門の人達もいるくらいだ。
そんな人達の中には、四天王を引退した猛者もいる。
未だ魔王城で魔王様に辿り着けない人間の力では、魔王領は危険すぎるんだよな。
むしろ、魔王領の魔獣を留めているのが魔王城でもある。
うわー、知らないってー怖いよなー。
この街は、魔王城から生還した人達がお互い助け合うためにできたものらしい。
俺が気絶させて放り出していた連中が中心になって国へと働きかけ、ちょっとした砦のようなものが作られた。
それが補給物資を商人達が運び込むようになり、宿屋ができ、道具屋や鍛冶屋ができて、結局街になったんだとか。
なんちゅうか、めっちゃアバウトな感じがする。
良いのか? 魔獣が魔王城を抜けたら、この街が最前線になるんだぞ?
んーーーー、まあいいか。考えても仕方が無い。
俺は読んでた本を戻し、依頼掲示板へと向かう。
「あ、フジシマ様。こちらへどうぞ!」
あれ? なんか呼ばれた。
「なんでしょうか?」
「実は、貴方に三つ程指名依頼が来ております」
それを聞いた瞬間、ギルド内がざわめいた。
「おい、あいつ、見たことあるか?」
「いや、俺はない」
「あ、昨日見たよ。確か登録してた」
「なんだと?! 登録したばかりってことか?!」
「そんな新人が何で指名を受けられるんだ? 俺達のような上のランクを差し置いて、それはないんじゃないか」
あーあ、受付嬢にまで絡んできたよ。
「よろしいのですか? これは貴方達パーティーが今まで受けなかった【害虫駆除】の依頼ですけど」
「なっ?!……それじゃあ仕方ねぇな」
あっさり引き下がったな。以前に痛い目にでもあったんだろうか?
「フジシマ様、昨日お受けになられたお店からの評判が広がってきているようです。もしかすると、街中から同様の依頼が来るかもしれませんね」
笑顔でそう言ってくるが、俺は早々長くいるつもりは無いからなぁ……
すでに街周辺の状況と地図を手に入れたから、予定通り準備して、別の場所へと移動しよう。
「あ、あれ? フジシマ様? フジシマ様!」
街は南に伸びているから、途中にある宿に行く。予定を繰り上げて移動するためだ。
「……というわけで、すぐにでも出ることになったんで、残りはキャンセルで」
「わかりました。では残金をお返しします」
銀貨一枚と銅貨五十枚を受け取り、通りを南へと進む。
道具屋を見つけたので、野営用のテントと調理道具、食器類を買い込んだ。
衣料品店があったので、代えの下着を十枚と着替えを五セット、冒険者用の丈夫な服を五セット購入。
あとは道中で揃えればいいか。
こうして俺は、魔王城を背にして街を駆けて行った。




