↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の決算書 ――もしも、織田信長がドラッカーを読んでいたら  作者: 島村 巡
第四部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/45

【第四部 本編】 二 馬揃え

一五八一年二月 京・内裏東



 正月の末に、命が下りた。


 二月に京で馬揃えをする。奉行は明智日向守。


 馬揃えというのは、軍勢を並べて見せる催しである。珍しいものではない。だが、規模が違った。


 畿内、近江、若狭、丹波、大和、河内。ありったけを集めよという。


 場所は内裏の東である。正親町天皇が見る。公家が見る。京の者も見る。


 光秀は坂本で命を受けて、その足で京へ入った。



              *



 馬場を作るところから始めた。


 内裏の東、南北八町の土地を平らにした。柵を巡らせ、桟敷を建て、天皇の御座所を作った。


 二十日足らずである。


 人足を千人使った。木は近江から船で運んだ。土は堀を掘った分を運んだ。


 同時に、諸将に触れを出した。


 人数、装束、馬の数。それぞれに割り当てた。光秀の分は自分で決めた。丹波衆と大和衆を合わせて、上下の色を揃えた。


 諸将から問い合わせが来た。


 装束は各自の好みでよいか。よい。ただし見苦しからぬこと。


 馬は何頭連れるか。分に応じて。ただし痩せ馬を出すな。


 鉄砲は持つか。持たぬ。


 鉄砲を持たぬのか、と何人かが聞き返してきた。


 光秀は、持たぬ、とだけ返した。



              *



 二月二十八日、晴れた。


 辰の刻に始まった。


 先頭は丹羽長秀と摂津衆。次に蜂屋、次に明智。それから村井、京の町衆。


 馬が入ってくる。一頭ずつではない。列になって入り、馬場を回り、出ていく。次の列が入る。


 装束が派手だった。


 金の唐錦、緋の羅紗、豹の皮。南蛮の帽子をかぶった者がいる。馬に虎の皮をかけた者がいる。


 誰も甲冑を着ていない。


 最後に信長が出た。


 黒い馬に乗り、赤い羅紗の陣羽織を着ていた。頭に唐冠をかぶっている。供が二百ほど。


 馬場を三周した。


 桟敷から声が上がった。公家が身を乗り出した。町の者が塀の外まで詰めかけて、押し合いになった。


 天皇は御簾の内から見ていた。後で、感に堪えぬという言葉が伝えられた。


 昼過ぎに終わった。


 何も起きなかった。戦ではないから、当たり前である。



              *



 三月にもう一度やった。


 天皇がもう一度見たいと言ったからだという。今度は一日で片づいた。



              *



 全部終わってから、光秀は帳面をつけた。


 奉行の仕事である。何にいくらかかったかを、書き出さねばならない。


 馬場の普請。木材。人足の手当。桟敷。御座所。装束は諸将の自弁だが、明智の分は自分で出した。


 書き出して、合計を見た。


 小さな城が一つ建つ額だった。


 光秀は帳面を閉じて、しばらく座っていた。


 戦ではない。


 人は死んでいない。土地も取っていない。米も入らない。


 では、何のためにやったのか。


 考えれば、分かる。


 天皇が見た。公家が見た。京の者が見た。あれだけの軍勢が、一人の下に並ぶところを、みなが見た。


 室町の将軍にはできなかったことである。将軍は、大名の上に立ってはいたが、大名を並べることはできなかった。並べようとすれば、誰かが来ない。


 あの人は、全部来させた。


 誰も欠けなかった。


 それを見せた。


 だから、意味はある。


 光秀は帳面を開き直して、もう一度合計を見た。


 意味はある。あるのだが、と思った。


 これだけの銭を使って、見せただけだ。


 安土は違った。あれは、銭を使ったが、その分だけ人が集まり、荷が動いた。使った銭が戻ってきた。道もそうだ。松を植えるのに銭を使ったが、道が通れば荷が動く。


 馬揃えは、戻ってこない。


 見せて、終わりである。


 光秀は帳面を閉じた。


 この人が、戻ってこない銭の使い方をするのを、初めて見たと思った。



              *



 その年の秋、伊賀を攻めた。


 二年前に一度、信雄が勝手に攻めて負けている。今度は五万で入った。半月で片づいた。


 寺を焼き、村を焼いた。逃げた者を山狩りした。


 伊賀は、荷の通り道ではない。市も立たない。銭も出ない。


 取っても、何も入らない土地である。


 その報せを聞いたとき、光秀は丹波にいた。


 伊賀の隣は近江である。近江は光秀の膝元だ。伊賀の者が近江へ流れてくる。食えない者が流れてくれば、道が荒れる。


 流れてきた者を、光秀は坂本と亀山で受けた。


 人足として使った。城の普請がまだ残っている。


 その処置を、信長は何も言わなかった。


 褒めもせず、咎めもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。