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本能寺の決算書 ――もしも、織田信長がドラッカーを読んでいたら  作者: 島村 巡
第三部

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【第三部 解説】 四 安土

■ 器としての組織


 光秀が坂本から船で渡り、安土に着きます。


 港から道が広い。馬が三頭並んで通れる。両側に家が建ち、まだ新しく、木の匂いがしている。


 案内の者が説明します。ここが商人町、あちらが職人町、あちらは寺内。上から下まで、区切って割ってある。


 人が多い。夕刻に近いのに、まだ荷が動いている。伊勢の言葉、京の言葉、堺の言葉が聞こえます。


 どこから集まったのか、と光秀が聞くと、集められました、と返ります。岐阜の商人衆に移住を命じ、移らない者は商いを認めないとした。


 無理にか、と光秀は聞きます。


 案内の者は声を落として言います。移った者は、みな喜んでいる。この町では諸役が免ぜられ、座に入らずとも商いができ、徳政が出ても借りは消えない。


 光秀は天主を見上げて、こう思います。


 城ではない。これは、人と物を集めるための、仕掛けだ。


 この読み方が、この章の入口です。


 天主の五重目で、信長が下を指します。


 石を運んでいる者がいる。あれは去年まで伊勢で田を作っていた男だ。田が流れて食えなくなった。今は石を運んで銭を得ている。


 その銭で、あそこの店から物を買う。店の者はその銭で近江の米を買う。米を売った者はその銭で船賃を払う。船頭はその銭で――


 信長は言葉を切ります。


「際限がない」

「戦をせずに、これだけ動く」


 そして、こう言いました。


「城は、城のためにあるのではない」


 信長がこれを言ったのは、機能の話としてです。石垣が高いのも、道が広いのも、天主が金なのも、それ自体のためではない。人が来るためのものだ。人が来なければ、ただの石と木だ。


 合理的な設計思想です。設備は目的ではなく手段である、という当たり前のことを言っています。


 光秀は、別のふうに聞きました。


 城は、城のためにあるのではない。


 器は、器のためにあるのではない。


 彼の頭の中で、その言葉が別の一文と重なります。


『人は、糧のみにては生きられぬ。人はおのれの居場所を欲する。』


 ドラッカーが組織について書いたことの中心が、ここにあります。


 組織は、それ自体が目的ではありません。人が集まって何かを成すための道具です。ですが、道具であると同時に、人がそこで生きる場所でもあります。


 人は、生活の糧を得るためだけに働いているのではありません。自分の居場所を求めています。何をする人間として扱われるか、そこで何を任されるか、自分の仕事が何に繋がっているか。それらが与えられて初めて、人は組織の中で人として立ちます。


 組織とは、それを与えるための器である。


 この定義に立つと、組織設計の問いが変わります。


 効率よく成果を出す形は何か、という問いだけでは足りません。ここで働く人が、何者として扱われるか。それも同時に設計対象になります。


 光秀が安土で見たのは、その両方が実現している町でした。


 伊勢で田を失った男が、石を運んで銭を得ている。飢えずに済んでいます。それだけではなく、石を運ぶ者として、この町の中に位置を持っています。


 なぜこの人が関を潰したのか。なぜ銭の値を揃えたのか。なぜ座を壊し、道を広げ、この町を割ったのか。全部、そのためだったのだ。


 光秀はそう読みました。人が食えるだけでなく、人がおのれの座を持てる場所を作るために。


 ここで、この章の性質を確認しておく必要があります。


 信長が言ったのは、設備は手段だ、という話でした。


 光秀が聞いたのは、組織は人に居場所を与える器だ、という話でした。


 二つは、重なっているように見えて、違います。


 前者は効率の話です。後者は目的の話です。前者からは後者が導けません。設備が手段だと分かっても、何のための手段かは別に決めなければならないからです。


 光秀は、その決定が既に済んでいると考えました。この人は分かっている、と。


 言わなくても、この人は読んでいる。いや、読んでいなくとも、同じところに立っておられる。


 彼は膝をついて、見事にございます、とだけ言いました。


 信長は、それだけか、と聞きます。


 それだけにございます、と光秀は答えました。


 ドラッカーは、コミュニケーションが成立するのは、受け手が発信者の意図を理解したときだ、と書いています。同じ言葉を聞いて、それぞれが納得したとしても、それは成立ではありません。


 この章で、二人は同じ言葉を共有し、それぞれが満足しました。


 確かめる手続きは、ありませんでした。


■ 史実では


 安土城の天主が完成したのは一五七九年五月。信長が移り住んだことは事実です。


 五層の建築で、最上層が八角、金が用いられていたことは、複数の記録から確認できます。宣教師ルイス・フロイスが詳細な記述を残しており、当時のヨーロッパ人が見ても驚くべき建築でした。


 城下町の区画整理も事実です。商人町、職人町などに区分されていたことが発掘調査からも確認されています。


 岐阜商人への移住命令、街道の付け替え、楽市令の適用も記録に残ります。


 ただし、安土がどれだけ繁栄したかについては、評価が分かれます。本能寺の変からわずか三年で天主は焼失し、町も衰退しました。城下町として機能した期間は短く、長期的な効果を測る材料がありません。


 安土城の目的についても議論があります。軍事拠点、政治的な示威、宗教的な意味を持つ建築、経済の中心地。どれか一つではなく複合的だったと見るのが一般的です。


 天主五重目での信長と光秀の会話は、創作です。


 石を運ぶ男の話も、銭の循環の説明も、本作が作ったものです。信長が経済の循環を意識していたかどうかは分かりません。


 ただ、関を潰し、銭の基準を定め、道を広げ、市を開き、町を割る。この一連の政策が同じ方向を向いていることは、内容から読み取れます。人と物が動く形を作ることです。


 その形が、何のためのものだったのか。信長は書き残していません。


 組織は、人に居場所を与えるための器である。この定義を採るなら、安土でやったことはそれに合っています。合っていることと、そのつもりだったことは、別です。

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