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本能寺の決算書 ――もしも、織田信長がドラッカーを読んでいたら  作者: 島村 巡
第一部

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【第一部 解説】 六 岐阜

■ 書が答えないこと


 この章で、信長は初めて、書に答えのない問いに突き当たります。


 美濃を取り、井ノ口を岐阜と改め、印を作らせました。天下布武の四文字です。


 柴田が聞きます。天下と申しますのは、五畿内のことにございますか、それとも。


「そんなものは、どうでもよい」


 その夜、信長は一人で書を開きます。人を使う法。時の使い方。力の集め方。事を決めるとき、何から始めるか。全部、頭に入っています。書を手にしてから、書いてある通りにやって、間違ったことは一つもありませんでした。


 ですが、今日のことは書いていない。


 旗に何と書くか。それをどう読ませるか。この先、自分が何をやろうとしているのか。


 書のどこにも、それはありませんでした。


 ドラッカーは、あらゆる意思決定に先立つ問いを一つ挙げています。


 われわれの事業は何か。


 この問いが最初に来る理由は、これに答えないと、他のすべてが測れなくなるからです。何をもって成果とするかが決まらなければ、資源をどこに集中すべきかも、何を捨てるべきかも決まりません。集中も廃棄も、目的が先にあって初めて計算できます。


 そして、この問いに答えるのは、書ではありません。


 方法は教えられます。どう集中するか、どう捨てるか、どう人を使うか。ですが、何のためにそれをやるのかは、外から与えられません。


 信長はそこまでは正しく理解しています。


「何をやるかは、自分で決めろということだろう」


 そう考えて、書を閉じます。そして自分で決めました。


 国が焼けるのは、人が食えないからだ。食えないから奪う。奪うから焼ける。焼けるからまた食えない。尾張で見た。美濃でも見た。人が食える形を作れば、戦は要らなくなる。その形を、天下に敷く。


 これは、答えとして成立しています。


 九年の内紛と、桶狭間と、美濃の十一年を通して、自分が見てきたものから組み立てた答えです。誰かに教わったのではありません。


 ですが、信長はそれを誰にも言いませんでした。


 言えば説明しなければならない。説明したところで柴田には分からない。分からせるには書を見せるしかない。見せる気はない。


 この判断が、この章の重心です。


 ドラッカーは、事業の定義は組織の全員が共有していなければ意味がない、と繰り返し書いています。定義は経営者の頭の中にあるものではなく、日々の判断の基準として使われるものだからです。共有されていなければ、部下は自分の判断基準で動きます。


 信長の家臣たちは、この夜以降、天下布武という四文字だけを与えられました。


 武で天下を取る、と読めます。実際、そう読まれました。


 信長が考えていたのは、武で取ることではありません。人が食える形を敷くことです。ですが、そう読める材料は、誰にも渡されませんでした。


 組織は、与えられた材料で解釈します。材料が四文字しかなければ、四文字から読み取れることが、その組織の目的になります。


 この章の末尾で、信長は印を押した紙を見ながら、何か言う相手がいたことを思い出します。妙な角度から、何でもないことを言う相手です。


 いなくなっていました。


■ 史実では


 稲葉山城が一五六七年に落ち、信長が井ノ口を岐阜と改めたことは事実です。名付けに沢彦宗恩という僧が関わったとする話は、後世の記録によります。周の文王が岐山から興ったという故事に由来するとされます。


 天下布武の朱印を使い始めたのも、この時期です。現存する文書から、一五六七年十一月頃が初見とされています。


 この四文字の解釈は、長く議論されてきました。かつては武力による全国統一の宣言と読まれてきましたが、近年は「天下」を五畿内、つまり京を中心とする畿内の秩序と解する説が有力です。「布武」も、武力の行使ではなく武家の政道を敷くという意味に取る読み方があります。


 信長自身がどう考えていたかは、分かりません。本人の説明は残っていません。


 濃姫(帰蝶)の失踪は、完全な創作です。


 帰蝶については、道三の娘で信長に嫁いだこと以外、ほとんど何も分かっていません。没年も、どこで死んだかも、桶狭間や稲葉山の時点で生きていたかどうかも不明です。本能寺で死んだとする説、その後も長く生きたとする説、いずれも確実な裏付けがありません。


 本作は、その空白を物語に使いました。記録がないことを、消えたことにしたわけです。


 人が食える形を天下に敷く、という信長の内心も、当然ながら創作です。信長が経済政策を重視したことは政策の実績から言えますが、それを何のためにやっていたかは、どこにも書かれていません。


 やったことは残り、なぜやったかは残らない。


 これは信長に限った話ではありません。組織の記録に残るのは、決定と実行です。


 その決定が何のためだったかは、決めた人間の中にしかなく、たいてい書き留められません。


 数年たって前任者の決定を引き継ぐとき、私たちが手にしているのは、四文字の印のようなものです。

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