表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/52

最終話

 恋とは一体なんだろう――。


 そのような哲学的、もとい青臭いことを考える者はどのような人物だろうか。



 *



 ある者にとっては恋とは運命だった。運命と呼べるほどに尊いものであるとみなすことで、恋のために生き、恋のために死ぬことができた。そう、恋とは一度味わえば二度と失えない、自らの魂に直結するものだったのだ。


 だが、ある者にとっては恋とは熱病だった。避けがたいものであるという解釈は前述した者と同じだが、この者はそれは一時のことと割り切れた。だからこそ恋で遊ぶことができたし、相手にも同じ思想を強要できた。しかし恋に憑りつかれている間はその恋に心血を注いだ。我を失うほどの力を有するのは、恋が病である証だった。


 またある者にとっては恋とは彩りだった。人生に彩を与え、華やかにするものだった。しかしそれだけのことだった。恋がある方が人生は素晴らしくなるかもしれないが、なくてもかまうことはない付属品――恋とはそのようなものとみなしていた。

 

 恋とは――。


 恋とは――。


「俺の半身よ……」


 酒杯を重ねながら一人の青年が物思うようにつぶやいた。


「お前は今、どこにいる……?」


 青年の美しい虹彩――漆黒に見えて深い青の虹彩――が、彼以外誰もいない室内でそっと伏せられた。


 青年は芯国の第七王子、イムルだ。


 放浪癖のある彼であるが、新年を迎えるにあたり国内の宮殿へと戻ってきている。


 青年とその家族――二人の妃とそれぞれとの間に成した子――は、宮殿の中でも奥まった場所に居住地を与えられている。青年がここに戻ってくるのは年に一度のことだった。


 先ほどまで彼は妃や子と共に夕餉を摂っていた。だが日頃から交流のない間柄では会話がはずむはずもなく――それどころか誰もが緊張して夫または父である彼のことを伺っていた。だがそれも仕方ない。彼は放浪中も家族に一切の連絡を取らなかったし、何かしらの土産を贈ることもなかったのだ。


 そしてこれが一番の理由なのだが――彼は常に欠乏していた。


 常に何かに欠乏していたのである。


 いくら見目が良くても、王子であろうとも、彼は幼少時から常に何かに飢えていた。それゆえに表情は硬く、神経質で、ちょっとしたことに苛立った。であればいくら家族とて、挨拶や抱擁どころか、気安く声をかけることすらはばかれた。


 彼は武術に秀でていたから、彼の欠乏感は単純にこの国の男特有の気質、つまり争いを求めてのことだと家族には勘違いされていた。その典型的な男が偶然自分の夫であり、父なのだと。であれば女子供には口出しすることはなかった。妻も子も彼に対して愛情などとっくに覚えておらず、この日もただひたすら年に一度のこの時期を平穏にやり過ごそうとしていた。



 *



「……抱きたい、なあ」


 一人の部屋に戻るや、気が抜けたのか、イムルの口から率直な願いがするりと言葉になって出てきた。


 いいや、違う。そうではなくて、この宮城に戻ることで強い孤独感に苛まれたせいだ。


 ここで生まれ、ここで育った自分――王である父は今も健在だし、妻も子も、兄弟も、ここには大勢暮らしている。


 しかし、いやだからこそ――彼は強い孤独を感じていた。


 ここには自分を理解してくれる者は一人もいなかった。いや、いるにはいる。重臣であるアソヤクが。だがアソヤクはただの部下であり男だった。しかし青年が求めているものは女だった。女であり、この身を分かち合えることができる『半身』だった。生涯を共にし、苦楽を分け合い、なめ合い、肌を触れ合わせることのできる存在だった。


 運命を分かち合える半身――。


 青年の青い瞳がふっと陰ったかと思うと、反芻した思い出によって途端にきらめいた。


 一目で分かったのだ――あの女が長年探し求めてきた己の半身であると。


 思い出すだけで体の奥から熱が沸き上がってくる。


 自然と握る酒杯に力が込められた。


 あの女は今、どこにいるのだろう。自国に戻ってあらためて探させたが、開陽のどこにも姿が見当たらず……さらには行方知れずとなったことを知って以来、青年は部下に命じて湖国内を四方八方探索させてきた。だが湖国は広すぎた。そして地方は異国人が堂々と闊歩できるには程遠い閉塞した場所だった。それゆえ、いまだあの女を見つけられずにいる。


 元々奔放な性格で、女を抱くことは娯楽の一つとみなしていた青年だったが、自らの半身と定めた女の行方が知れなくなって以来、そういったことを面倒に思うようになっていた。ありていにいえば面白くない、これに尽きたのだ。一瞬の快感はそれ以上の虚しさと倦怠感を生むだけだと、何人かと肌を交わして気がついたのだ。とはいえ、こんな夜は人肌が恋しくなるわけで……。


 物憂げに杯を重ねていく青年は、ふと思った。


 それでは愛とはいったいなんだろう、と。


 二人の妃が不貞をはたらいていることには以前から感づいていた。今夜もきっとその相手と共に過ごすのだろう。しかし妃のどちらも相手の男と長く関係を続けようとはしないのだ。飽きるのか、飽きられるのか、はたまた夫である青年にばれるのを恐れてのことか――。とっかえひっかえ、褥の相手を変えている。まあ、青年にとってはどうでもいいことであるが。


 青年は知っていた。自分の抱くこの想い、あの女への執着心は恋ではないことを。妃たちのような浮ついた感情ではないし、保身のために退くことのできるような軽い感情でもないからだ。かといって愛という定義にも当てはまらない……ように思う。恋とはなんぞや、愛とはなんぞや、などと曖昧な定義に明確な境界線を引きたいわけでもない。


 ただ、青年には確信があった。


 この強い想いこそが今の自分を駆り立てているのだから、その先に存在するあの女は自らの半身でしかない、と。それ以外ありえない、と。


 半身とは己の片割れのことであり、つまりは己自身のことだ。


 だが恋も愛も他者に対する感情だ。


『あなたは生きることに固執しすぎています。いいですか、生きることと死ぬことは同じなのですよ』


 そうだ、あの女僧は息災に暮らしているだろうか――。


『あなたの考え方は逆なのですよ。生きるために何かを得るのではありません。何かを得ることで人はその一生を満ち足りたものだったと振り返るものなのです』


 あの女僧にもう一度会えたならば、胸を張って言ってやりたい。


『少女一人を得たところで今のあなたでは幸せにはなれませんよ。なぜなら、あなたはご自分のことを理解されていないからです。自分をよく知ること、それからなのですよ。その先に少女への愛があるのだというのでしたら、私はあなたのことを心から応援できるでしょうし協力も惜しみません。ですが今はその時ではありません。……そうですよね?』


 すでに時は満ちている――あの女僧に堂々と言ってやりたい。



 愛かどうか、そんなことはどうでもいいのだ。


 時は満ちている。


このたびは本作をお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

ざっくり計算してみたのですが、この剣女列伝シリーズはここまでで130万文字ほど使って執筆しています。


これだけの文字数を読んでくださってここまで追いかけてくださった貴重な読者様には、この場を借りて深く御礼申し上げます。


この作品は自分のために書いていると言っても過言ではないのですが、それでも、読んでくださる方がいることが続きを書く大きな原動力になっています。

自分一人のためではこんなに複雑なストーリーを四年も書き続けることはできませんでした。


放浪篇の最終巻である放浪篇は、春には開始したいと思っています。

作者の活動報告で一度「放浪篇4が終わり次第5をすぐに連載する予定」のようなことを書いたことがあるのですが、無理でした…。

現在8万文字ほど書いてあるのですが、この放浪篇を終えるにふさわしい展開をもっとよく考えたいと思っています。ご理解いただけますと幸いです。


(追記)2020/5/6記載

2020年春からの連載開始は不可能となりました。

コロナの件などでリアルがばたばたしているのが主な理由です。

夏には連載を始められればいいな…と思っています。


(追記)2021/4/28記載

現在16万字ほどのストックがある状態で推敲中です。

もう少しお待ちください……。




---以下、本作のネタバレあります---


本作はいかがでしたでしょうか?


まずは今回は最終話付近の話から触れていきますが、ずっと両片想いのような状態を続けていた楊珪己と袁仁威が、本作でようやく両想いになれました。

袁仁威を気に入ってくださっている方がいたら、この日のために読んでくださっていたことだと思います。心に少しでも響くシーンになっていたなら本望です^^

普段あまりそういうことはないのですが、作者もこのシーンだけは推敲のために読み返しているだけなのに涙が出そうになって困りました^^;


次に、十番隊とのいざこざについて。


この展開については、実は放浪篇を開始する前から漠然と決めていました。

首都から地方へと住む場所を変え、そこでダブルヒーローの一人である袁仁威と楊珪己が色々ありつつも両想いになり、そこにこれまでにない迫力ある闘いのシーンも加える、と。

4巻でようやくここまでたどり着きました^^;


あ、そうそう。


妊娠中に無茶な下山をしたり、しかも闘うだなんて……絶対にしてはいけませんよ!


そういうシーンについては作者としても声を大にして「珪己、駄目だよ!」と注意したいところですが、そこは小説ということで赦していただければ幸いです。


そして前作では梁晃飛が、そして今回は氾兄弟の弟が、とにかく大変な目に遭いました。

かわいそうなことをしてしまいましたが、この苦難をばねに一皮むけていく彼らを応援してくだされば嬉しいです。


前作で大変な目に遭った…といえば、皇帝・趙英龍も忘れてはなりませんが……彼については本作では一度も姿を見せることもなく、今も不幸な状態が続いています。

この人については次作で触れていきます。


皇帝といえば、同じく首都に住む主要な人々のことも気になりますよね。

今回は第四章でちょっと出てきてもらっただけですが、彼らは表に出てこないだけで、自分のすべきことをきちんとこなしていると思ってくだされば嬉しいです。

機会があればまた出てきます!


そして、最終話でようやくちょこっと出てきたイムル。

次巻ではもっと出てきます。


そして次巻で放浪篇は完結します。

妥協せずいい作品にしたいと思っていますので、公開時にはぜひまたお読みいただければと思います!


ご感想お待ちしております^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 空也くん(くーちゃん弟)、心が強い! よく頑張ったねと褒めてあげたい……。 それにしても、珪己ちゃんとくーちゃん弟は危なっかしいですね。 お兄ちゃんたちが心配性で過保護になるのもしかたない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ