第八十四話 「卒業」
春。
天女学院。
今日は。
卒業式の日だった。
「……もう卒業か。」
雪音は校門の前で学院を見上げる。
入学した頃は。
ここに長くいることになるなんて思っていなかった。
まして。
ここが自分にとって、大切な場所になるなんて。
「雪音。」
振り返る。
輝夜が立っていた。
「おはよう。」
「ああ。おはよう。」
二人は並んで校舎へ向かう。
以前と同じ道。
けれど。
今日で最後になる。
「なんか変な感じ。」
輝夜が呟く。
「そうだな。」
「昨日まで普通に通ってたのに。」
「今日で終わりか。」
「うん。」
雪音は校舎を見る。
「……色々あったな。」
「本当にね。」
二人は笑う。
――――
卒業式。
体育館には。
卒業生たちが並んでいた。
名前が一人ずつ呼ばれていく。
そして。
「千夜雪音。」
雪音が立ち上がる。
「はい。」
卒業証書を受け取る。
席へ戻る。
その瞬間。
雪音は少しだけ寂しくなった。
この場所で過ごした時間。
出会った人たち。
笑ったこと。
苦しかったこと。
戦ったこと。
全部が。
今日で一つの区切りを迎える。
――――
式が終わる。
校庭。
卒業生たちが集まっている。
「雪音。」
輝夜が隣に来る。
「卒業しちゃったね。」
「ああ。」
「これからどうする?」
雪音は少し考える。
「……分からない。」
「ふふ。」
「でも。」
雪音は輝夜を見る。
「一人で決めなくてもいいんだろ?」
輝夜は少し驚いた後。
笑った。
「うん。」
雪音は輝夜の手を握る。
「これからも一緒にいよう。」
「……うん。」
輝夜も握り返す。
「約束。」
「ああ。」
その時。
「雪音。」
聞き覚えのある声。
二人が振り返る。
そこには。
珠音が立っていた。
白い髪を風になびかせながら。
「母さん。」
「卒業、おめでとう。」
「……ありがとう。」
珠音は嬉しそうに笑う。
「立派になったわね。」
「そんなことない。」
「いいえ。」
珠音は雪音を見る。
「私にとっては、十分立派よ。」
雪音は少し照れたように笑う。
「……帰ろうか。」
「ええ。」
珠音が頷く。
そして。
雪音は輝夜を見る。
「輝夜も。」
「え?」
「一緒に帰るだろ?」
輝夜は笑った。
「もちろん。」
三人で歩き出す。
校門を出る前。
雪音は一度だけ振り返った。
天女学院。
ここで。
自分は変わった。
父親に認められるために生きるのではなく。
誰かの期待に応えるためでもなく。
自分自身の人生を歩く。
そして。
隣には。
大切な人がいる。
帰る場所には。
母親が待っている。
「……行こう。」
「うん。」
雪音は前を向く。
輝夜と並んで歩く。
その後ろを。
珠音が静かに歩く。
春の風が吹く。
桜が舞う。
こうして。
一ノ瀬雪音の学院生活は。
静かに幕を閉じた。
――だが。
彼の物語は。
まだ終わらない。
『月夜録─天女学院編Ⅱ─』
完




