エピローグ 「月夜のその先へ」
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↑新シリーズ始まってます
――天女学院卒業から、数年後。
春。
桜が咲く季節。
一軒の家の中では、朝から慌ただしい声が響いていた。
「雪音様、まだ準備が終わっていないのですか?」
「終わってる。」
「では、なぜネクタイが曲がっているのでしょう?」
「……。」
鏡を見る。
確かに曲がっていた。
「私が直します。」
「冥亜。」
白髪の美しい女性が、慣れた手つきでネクタイを整えていく。
「今日くらい、自分でできる。」
「何をおっしゃいますか。」
冥亜は微笑む。
「今日は雪音様にとって、一生に一度の大切な日ですよ。」
「……分かってる。」
「なら、私に任せてください。」
雪音は苦笑する。
昔から変わらない。
自分の身の回りのことを世話してくれた。
母・珠音がいなくなってから。
ずっと自分のそばにいてくれた人。
「……冥亜。」
「はい?」
「今までありがとう。」
冥亜の手が止まる。
「……急にどうしたのですか?」
「今日くらい言っておこうと思って。」
冥亜は少しだけ笑った。
「こちらこそ。」
そして。
「立派になりましたね、雪音様。」
その声は。
どこか母親のようだった。
――――
「雪音。」
部屋の扉が開く。
珠音が入ってくる。
「準備できた?」
「ああ。」
珠音は雪音を見る。
「……。」
少しの間。
何も言わなかった。
「母さん?」
「ううん。」
珠音は微笑む。
「本当に大きくなったなって。」
雪音は苦笑する。
「何年前の話だよ。」
「私にとっては、昨日のことみたいなものよ。」
珠音は雪音の肩を軽く叩く。
「行きましょう。」
「うん。」
――――
教会。
その前には。
たくさんの人が集まっていた。
「雪音!」
明るい声。
振り返る。
そこには。
天海美羽がいた。
「美羽。」
「久しぶり!」
「元気そうだな。」
「うん。」
美羽は嬉しそうに笑う。
その隣には。
「久しぶりね、雪音。」
藤田皐月。
かつての生徒会長。
「皐月先輩。」
「もう先輩じゃないでしょう?」
「でも、俺にとっては先輩だから。」
「ふふ。」
皐月は優しく笑う。
「今日は本当におめでとう。」
「ありがとうございます。」
「……あの時。」
皐月は少し懐かしそうに笑う。
「まさか、あんな形であなたの秘密を知ることになるとは思わなかったわ。」
「……その話は忘れてください。」
「ふふ。無理ね。」
雪音は苦笑した。
――――
そして。
教会の扉が開く。
全員が振り返る。
そこに。
輝夜が立っていた。
白いウェディングドレス。
その姿を見た瞬間。
雪音は言葉を失った。
「……。」
輝夜が少し恥ずかしそうに笑う。
「どう?」
「……綺麗だ。」
それしか言えなかった。
輝夜は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。」
――――
式が始まる。
静かな音楽。
二人は並んで立つ。
これまでの時間が。
雪音の頭の中を駆け巡る。
学院に入った頃。
自分の正体を隠していたこと。
寮で過ごした日々。
美羽と過ごした時間。
皐月に秘密を知られた日のこと。
冥亜に世話を焼かれていた日々。
父・雪影との因縁。
そして。
母・珠音との再会。
全部。
決して楽しいことだけではなかった。
それでも。
今思えば。
その全てが。
今日へ繋がっていた。
――――
式が終わる。
外へ出ると。
懐かしい顔が並んでいた。
五条真昼。
柊乃亜。
桐生院赤城。
古賀茜。
佐倉紫雲。
すでに学院を卒業した彼女たちも。
今日は雪音のために駆けつけていた。
「おめでとう、雪音。」
真昼が笑う。
「ありがとうございます、真昼さん。」
「もう堅苦しいのはいいって。」
乃亜も笑う。
「本当に幸せそうね。」
赤城が腕を組む。
「これで一つ、肩の荷も下りたんじゃない?」
茜が笑う。
「雪音らしい最後になったね。」
紫雲が静かに言う。
「……最後じゃないだろ。」
雪音が答える。
「これからが始まりなんだから。」
「……そうだね。」
皆が笑う。
――――
少し離れた場所。
冥亜が珠音の隣に立っていた。
「……。」
二人は。
静かに雪音を見ている。
「冥亜さん。」
珠音が声をかける。
「はい。」
「今まで、雪音を支えてくれてありがとう。」
冥亜は少し驚いた。
「私は、当然のことをしただけです。」
「それでも。」
珠音は頭を下げる。
「ありがとう。」
冥亜は微笑む。
「こちらこそ。」
そして。
二人で雪音を見る。
「……本当に立派になりましたね。」
「ええ。」
珠音は嬉しそうに頷いた。
――――
夜。
結婚式を終え。
雪音と輝夜は二人で歩いていた。
「……終わったね。」
輝夜が呟く。
「ああ。」
「なんだか、まだ信じられない。」
「俺も。」
二人は笑う。
そして。
輝夜が雪音の手を握る。
「ねえ、雪音。」
「ん?」
「これからも。」
「ずっと一緒にいてね。」
雪音はその手を握り返す。
「当たり前だろ。」
「……うん。」
少し歩いて。
雪音が夜空を見上げる。
月が浮かんでいた。
昔。
自分は。
自分の居場所を探していた。
父に認められようとして。
過去に縛られて。
誰かに必要とされることでしか。
自分の価値を見つけられなかった。
けれど。
今は違う。
帰れば。
母がいる。
昔から自分を支えてくれた人がいる。
学院で出会った大切な友人たちがいる。
そして。
隣には。
これから人生を共にする人がいる。
「輝夜。」
「なに?」
「俺さ。」
「うん。」
「天女学院に行ってよかった。」
輝夜は微笑む。
「私も。」
「雪音に出会えてよかった。」
二人は手を繋ぐ。
夜空の月が。
二人を静かに照らしていた。
雪音は歩き出す。
もう。
過去を振り返る必要はない。
これからは。
自分が選んだ未来を歩いていけばいい。
その隣には。
大切な人がいる。
そして。
二人の未来は。
ここから始まる。
――月夜の物語は。
静かに。
幕を閉じた。




