第八十話 「母と、彼女」
休日。
午後。
「……本当に来るんだよな。」
雪音は玄関の前で落ち着かない様子だった。
「そんなに緊張しなくてもいいじゃない。」
後ろから珠音の声がする。
「してない。」
「してるわよ。」
「……。」
雪音は黙った。
今日は。
輝夜が家に遊びに来る。
ただそれだけなのに。
なぜか落ち着かなかった。
――ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「来た!」
雪音が玄関へ向かう。
扉を開ける。
「こんにちは、雪音。」
そこには輝夜が立っていた。
「……ああ。入って。」
「お邪魔します。」
輝夜が家の中へ入る。
すると。
「いらっしゃい。」
珠音がリビングから顔を出した。
輝夜が少し驚く。
「……!」
雪音と同じ白い髪。
そして。
雪音とどこか似た雰囲気。
「初めまして。」
珠音が微笑む。
「一ノ瀬珠音です。」
「初めまして。輝夜です。」
「いつも雪音がお世話になっているみたいね。」
「いえ、こちらこそ……。」
輝夜が少し緊張する。
雪音はその様子を見て。
「母さん。」
「何?」
「そんなに緊張させるなよ。」
「ふふ。ごめんなさい。」
珠音は笑う。
「ゆっくりしていってね。」
「はい。」
――――
リビング。
雪音と輝夜が並んで座る。
テーブルには珠音が用意したお茶とお菓子。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
輝夜が一口飲む。
「美味しい。」
「よかった。」
珠音は嬉しそうに笑う。
「輝夜さん。」
「はい。」
「雪音とは学院で仲良くしてくれているの?」
「……はい。」
輝夜が雪音を見る。
「すごく仲良くしてます。」
「そう。」
珠音は雪音を見る。
「よかったわね。」
「……まあ。」
雪音は少し照れながら答える。
「雪音。」
「何?」
「あなた、学院ではちゃんと笑ってる?」
「……。」
「笑ってますよ。」
輝夜が答える。
「え?」
「雪音、学院では結構笑います。」
「そう?」
珠音が嬉しそうに笑う。
「それならよかった。」
「母さん……。」
雪音は少し困った顔をする。
――――
しばらくして。
珠音が席を外す。
リビングには雪音と輝夜だけになる。
「……緊張した。」
輝夜が小さく呟く。
「母さん、悪気はないから。」
「分かってる。」
輝夜は笑う。
「優しいお母さんだね。」
「……ああ。」
雪音は少し嬉しそうに答える。
「よかったね。」
「何が?」
「お母さんと暮らせるようになって。」
「……うん。」
輝夜が雪音の手を見る。
「雪音。」
「ん?」
「私。」
少しだけ迷って。
「あなたのこと、もっと知りたい。」
「……。」
「学校でのあなたも。」
「家でのあなたも。」
「一ノ瀬雪音としてのあなたも。」
雪音は輝夜を見る。
「……全部?」
「うん。」
輝夜は笑う。
「だって。」
「私は雪音のこと、大切に思ってるから。」
「……。」
雪音の胸が大きく鳴った。
「……俺も。」
「え?」
「いや。」
雪音は視線を逸らす。
「何でもない。」
輝夜は少し笑った。
「そっか。」
その時。
廊下から珠音の声がする。
「二人とも、お茶のおかわりいる?」
「大丈夫です!」
輝夜が答える。
「そう?」
珠音の声が遠ざかる。
輝夜が雪音を見る。
「……ねえ。」
「何?」
「また来てもいい?」
雪音は少しだけ笑った。
「ああ。」
「いつでも来いよ。」
「約束ね。」
「うん。」
輝夜は嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ながら。
雪音は思った。
――やっぱり。
自分は。
この人を特別に思っている。
まだ。
その答えを口にする勇気はない。
けれど。
もう。
ただの友達だとは思えなかった。




