第七九話 「大切な人」
朝。
「雪音、起きてる?」
珠音の声で、雪音は目を覚ました。
「……ん。」
「朝ご飯できてるわよ。」
「今行く。」
雪音は眠そうに部屋を出る。
リビングへ行くと、珠音が朝食を用意していた。
「おはよう。」
「おはよう、母さん。」
その言葉に。
珠音が嬉しそうに笑う。
「おはよう、雪音。」
以前なら。
こんな朝を想像することすらなかった。
誰かに「おはよう」と言って。
誰かに「行ってらっしゃい」と言われる。
それだけのことが。
今は少し嬉しい。
「今日、帰りは?」
「学院の友達と帰る。」
「そう。」
珠音は笑う。
「楽しんできてね。」
「……ああ。」
――――
放課後。
校門。
雪音が出てくると。
「雪音!」
輝夜が待っていた。
「……待ってたのか?」
「うん。」
「どうした?」
輝夜は少しだけ視線を逸らす。
「一緒に帰りたかったから。」
「……そうか。」
二人で歩き始める。
しばらく。
何も話さない。
「ねえ。」
輝夜が口を開く。
「雪音。」
「ん?」
「最近、家でどう?」
「普通。」
「お母さんとは?」
「……まあ、うまくやってる。」
雪音は少し笑う。
「朝ご飯作ってくれたり。」
「へえ。」
「まだ変な感じだけどな。」
「でも嬉しい?」
「……うん。」
輝夜も笑う。
「よかった。」
少し歩いて。
輝夜が立ち止まる。
「雪音。」
「何?」
「私。」
輝夜は雪音を見る。
「もっと、あなたのこと知りたい。」
「……俺の?」
「うん。」
「学院での千夜雪音だけじゃなくて。」
「一ノ瀬雪音のこと。」
雪音は黙る。
「……いいけど。」
「本当に?」
「ああ。」
輝夜は嬉しそうに笑った。
「じゃあ。」
「今度、雪音の家に行ってもいい?」
「……母さんに聞いてみる。」
「うん。」
輝夜は笑う。
そして。
再び歩き始める。
「楽しみ。」
「何が?」
「雪音の家に行くこと。」
「……そんなに?」
「うん。」
輝夜は少し照れながら。
「だって。」
「雪音の大切な場所でしょ?」
雪音は答えなかった。
けれど。
胸の奥が。
少しだけ温かくなった。
――――
その夜。
雪音は珠音に話した。
「母さん。」
「何?」
「今度、学院の友達が家に来たいって。」
「友達?」
「うん。」
珠音は少し嬉しそうに笑う。
「もちろんいいわよ。」
「……ありがとう。」
「女の子?」
「……。」
雪音が黙る。
珠音は目を細める。
「ふふ。」
「何だよ。」
「何でもないわ。」
母親の笑顔に。
雪音は少しだけ嫌な予感がした。
そして。
その夜。
雪音は初めて気づく。
輝夜のことを。
自分が「友達」とだけ思っているわけではないことに。
「……俺。」
小さく呟く。
「輝夜のこと……。」
その先の言葉を。
まだ口にすることはできなかった。




