第七十七話 「母の告白」
休日。
雪音は駅前の小さな公園にいた。
昨日。
珠音と再び会う約束をした。
「……。」
ベンチに座りながら、雪音は空を見上げる。
母親。
自分にとって、その言葉はずっと遠いものだった。
「雪音。」
声がして振り返る。
珠音が歩いてくる。
今日も白い髪が風に揺れている。
「待たせた?」
「いや。」
雪音は立ち上がる。
「……座ろう。」
「うん。」
二人でベンチに座る。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのは珠音だった。
「昨日は……ごめんなさい。」
「何で謝るんだよ。」
「あなたに突然会ったから。」
「……。」
「本当は、もっと早く会うべきだった。」
雪音は珠音を見る。
「母さん。」
「何?」
「どうして俺から離れたの?」
珠音の表情が曇る。
「……雪影と、うまくいかなくなったから。」
「父上と?」
「うん。」
珠音はゆっくり話し始める。
「あなたのお父さんは、五条会を強く意識していた。」
「五条を超えること。」
「それが、いつの間にか一番大切なものになっていた。」
雪音は黙って聞く。
「私は何度も言った。」
「あなたを巻き込まないでって。」
「でも……。」
珠音は少し俯く。
「雪影は聞いてくれなかった。」
「それで、別れることになった。」
「……俺は?」
「あなたは私が連れていった。」
雪音の目が揺れる。
「じゃあ、どうしてその後……。」
「……。」
珠音はしばらく答えられなかった。
「怖かったの。」
「……何が?」
「あなたに会うことが。」
珠音は正直に答える。
「あなたを見るたびに、自分が母親として何もできなかったことを思い知らされる気がした。」
「だから……逃げた。」
雪音は何も言わなかった。
「最低よね。」
珠音は笑う。
けれど。
その笑顔は悲しかった。
「母親なのに。」
「あなたを守ることもできなくて。」
「そばにいることもできなくて。」
「ただ逃げてしまった。」
雪音は俯く。
「……俺。」
「うん。」
「ずっと、捨てられたんだと思ってた。」
珠音の目に涙が浮かぶ。
「……ごめんなさい。」
「でも。」
雪音は続ける。
「母さんが俺を嫌いだったとは、思ってない。」
珠音が顔を上げる。
「……どうして?」
「今日、会いに来たから。」
「……。」
「本当に俺をどうでもいいと思ってたなら。」
「わざわざ来ないだろ。」
珠音の頬を涙が伝う。
「……そうね。」
「だから。」
雪音は少しだけ笑う。
「もう謝らなくていい。」
「……。」
「まだ全部許せたわけじゃないけど。」
「それでも。」
雪音は珠音を見る。
「これから知っていけばいいだろ。」
珠音は涙を拭う。
「……うん。」
「ありがとう。」
二人の間にあった距離が。
ほんの少しだけ縮まった。
そして。
珠音が小さく笑う。
「雪音。」
「何?」
「今日は、一緒にご飯を食べない?」
「……いいけど。」
「何が食べたい?」
「母さんが決めていいよ。」
「じゃあ……。」
珠音は少し考える。
「あなたの好きなもの、食べに行きましょう。」
「……俺の好きなもの?」
「知らないから。」
珠音は笑う。
「これから覚えていきたいの。」
雪音は少し驚いたあと。
「……じゃあ、ラーメン。」
「ふふ。」
「母さん、ラーメン食べられる?」
「もちろん。」
二人は立ち上がる。
並んで歩き出す。
まだ。
親子としては始まったばかり。
それでも。
今日という日が。
二人にとって大切な一歩になったことだけは。
確かだった。




