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第七十六話 「母の声」

放課後。


天女学院。


雪音は一人で校門を出た。


「……。」


今日は輝夜と帰る約束をしていたが、少し用事があるらしい。


「先に帰ってて」と言われたので、一人で帰ることにした。


校門から少し離れた道を歩く。


その時。


「……雪音。」


背後から。


自分の名前を呼ぶ声がした。


雪音の足が止まる。


「……?」


振り返る。


そこには。


一人の女性が立っていた。


白い髪。


綺麗な顔立ち。


落ち着いた雰囲気。


どこか。


自分と似ている気がした。


「……誰?」


女性は答えない。


ただ。


雪音を見つめている。


その目には。


嬉しさと悲しさ。


そして。


長い間抱えていた後悔が入り混じっていた。


「大きくなったわね。」


「……。」


雪音の眉が僅かに動く。


その声。


初めて聞くはずなのに。


なぜか。


胸の奥がざわついた。


「あなたは……誰なんだ。」


女性は一歩近づく。


「私は……。」


声が震える。


「一ノ瀬珠音。」


「……!」


その名前を聞いた瞬間。


雪音の表情が変わった。


「一ノ瀬……珠音?」


珠音は頷く。


「そう。」


そして。


小さく息を吸う。


「あなたの……母親よ。」


「……。」


雪音は何も言えなかった。


母親。


その言葉だけが。


頭の中を駆け巡る。


「……母さん。」


初めて。


その言葉を口にする。


珠音の目に涙が浮かぶ。


「……うん。」


「あなたのお母さん。」


雪音は珠音を見つめる。


写真で見たことすらない。


ほとんど何も知らない。


そんな存在が。


今。


目の前にいる。


「……今さら何の用だよ。」


雪音の声は冷たかった。


珠音は俯く。


「そうよね。」


「今さらよね。」


「……。」


「あなたに会うのが怖かった。」


「母親なのに。」


珠音は自嘲するように笑う。


「あなたに嫌われていると思っていたから。」


雪音は黙っている。


「でも。」


珠音は顔を上げる。


「それでも、会わなきゃいけないと思ったの。」


「雪影がいなくなったから?」


雪音が尋ねる。


珠音は少しだけ目を伏せる。


「……それもある。」


「でも、それだけじゃない。」


「ずっと。」


「あなたに謝りたかった。」


雪音の拳が僅かに握られる。


「……何を?」


珠音は答える。


「あなたを……放ってしまったこと。」


雪音は目を逸らす。


「……。」


珠音は続けようとする。


しかし。


「待って。」


雪音が止める。


「今日は……聞けない。」


珠音の表情が揺れる。


「……分かった。」


「でも。」


雪音は珠音を見る。


「もう一度、会ってくれる?」


珠音の目が見開かれる。


「……え?」


「ちゃんと話したい。」


雪音は少しだけ視線を逸らす。


「母さんのこと。」


珠音の目から涙がこぼれる。


「……もちろん。」


「いつでも会うわ。」


雪音は頷いた。


「じゃあ……また。」


「うん。」


雪音は歩き出す。


数歩進んで。


一度だけ振り返る。


珠音はまだそこに立っていた。


「……母さん。」


「……何?」


「……今日は、来てくれてありがとう。」


珠音は涙を拭いながら笑った。


「こちらこそ。」


雪音はそのまま歩いていく。


珠音は。


その背中を見つめながら。


小さく呟いた。


「……今度こそ。」


「ちゃんと、お母さんになるから。」


夕暮れの道に。


二人の距離はまだ残っていた。


けれど。


長い間止まっていた親子の時間は。


確かに。


動き始めていた。

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