第七十四話 「あなたのままで」
放課後。
天女学院の中庭。
雪音はベンチに座り、空を眺めていた。
学園祭が終わってから数日。
学院は完全にいつもの日常へ戻っている。
「……。」
そこへ。
「雪音。」
輝夜がやってきた。
「ここにいたんだ。」
「ああ。」
輝夜は雪音の隣に座る。
「少し話したかった。」
「……何?」
「この前のこと。」
雪音の表情が少しだけ曇る。
「……正体のこと?」
「うん。」
輝夜は頷いた。
「一ノ瀬雪音。」
その名前を口にする。
「本当のあなた。」
雪音は黙っている。
「私、最初は驚いた。」
「……そうだろうな。」
「だって、ずっと女の子だと思ってたから。」
「……。」
「でも。」
輝夜は雪音を見る。
「それだけだった。」
「それだけ?」
「うん。」
輝夜は笑う。
「あなたが男だったからって。」
「今まで一緒にいた時間がなくなるわけじゃないでしょ?」
雪音は少し驚いた顔をする。
「……俺が騙してたのに?」
「騙してたっていうより。」
輝夜は少し考える。
「事情があったんでしょ?」
「……ああ。」
雪音は学院の方を見る。
「ここでは、千夜雪音でいなきゃいけなかった。」
「そうしないと、普通の学院生活なんてできなかったから。」
「でも。」
輝夜は続ける。
「私は、あなたが演じていた千夜雪音も嫌いじゃないよ。」
「……。」
「だって、それもあなたなんでしょ?」
雪音は答えられなかった。
輝夜はそんな雪音を見て、少し笑う。
「だから。」
「これからも学院では、千夜さんでいい。」
「……いいのか?」
「うん。」
「でも、二人きりなら。」
輝夜は雪音の顔を見る。
「雪音。」
「……。」
「それでいい?」
雪音は少し照れたように目を逸らした。
「……ああ。」
「よかった。」
輝夜は笑った。
しばらく二人で黙って座る。
風が吹く。
雪音の白い髪が揺れる。
「ねえ。」
「何?」
「雪音ってさ。」
「うん。」
「本当は、もっと普通に笑うんだね。」
雪音は少し驚く。
「……そうか?」
「うん。」
輝夜は嬉しそうに笑う。
「私は、その顔の方が好き。」
「……っ。」
雪音の頬が僅かに赤くなる。
「……急に何言ってるんだ。」
「本当のこと。」
「……そうかよ。」
雪音も小さく笑う。
そして。
二人は夕暮れの中庭で、静かに並んでいた。
過去は変えられない。
一ノ瀬雪音として生きてきた時間も。
千夜雪音として過ごしてきた時間も。
どちらも消えることはない。
だからこそ。
雪音は思う。
この学院で過ごした日々を。
これからも大切にしていこう、と。
「……輝夜。」
「何?」
「これからもよろしく。」
輝夜は笑った。
「うん。」
「こちらこそ。」
夕暮れの学院に。
二人の笑い声が静かに響いていた。




