第五十七話 「毘沙門天」
「一ノ瀬雪音……」
真昼の口から、その名前が落ちた。
雪音は答えない。
袖から出した短刀を、強く握り締める。
学院で隠していた正体。
もう、知られてしまった。
「どうして……」
真昼が静かに口を開く。
「どうして、俺を憎む?」
その言葉に、雪音の紅い瞳が揺れた。
「……あなたには分からない。」
「何も知らないあなたには。」
真昼は雪音を見つめる。
「なら、聞かせてくれ。」
「なぜ俺をそこまで――」
「あなたがいるからだ!」
雪音の声が、学院中に響いた。
周囲の生徒達が息を呑む。
「幼い頃から……ずっとそうだった。」
「父上は俺とあなたを比べ続けた。」
「五条真昼はこうだった。」
「五条真昼ならできた。」
「五条真昼に追いつけ。」
握り締めた短刀が震える。
「ずっと……あなたの背中ばかり見せられてきた。」
真昼は黙って聞いている。
「俺がどれだけ努力しても。」
「どれだけ強くなっても。」
「父上が見るのは、いつもあなたのことだった。」
雪音の瞳に怒りが宿る。
「だから俺は……あなたを超えるしかなかった。」
一歩。
雪音が前へ出る。
「あなたさえいなければ……!」
短刀を振り抜く。
――キィン!
真昼が刀で受け止めた。
「っ!」
雪音はすぐに距離を取る。
「……速いな。」
「当然だ。」
雪音が構える。
「あなたを殺すために、俺は強くなった。」
再び踏み込む。
――ガキィン!
短刀と刀が激しくぶつかる。
真昼が受け流す。
雪音はそのまま身体を捻り、反対側から斬り込む。
「!」
真昼が紙一重で避ける。
「短刀一本で、ここまで……。」
「まだ終わってない!」
雪音が追撃する。
一撃。
二撃。
三撃。
その動きには、一切の躊躇がない。
自分の身体が傷付くことすら構わない。
ただ。
目の前の男を超えるためだけに。
「雪音!」
真昼が叫ぶ。
「もうやめろ!」
「黙れ!」
雪音はさらに踏み込む。
「お前に止められる筋合いはない!」
真昼が刀を振る。
――ガキィン!
短刀が弾かれかける。
しかし雪音は握り直した。
「俺は……!」
紅い瞳が真昼を射抜く。
「ずっと、お前だけを追いかけてきた!」
真昼の動きが止まる。
その一瞬。
雪音が斬り込む。
――キィン!
真昼は刀で受け止める。
二人の刃が交差したまま、至近距離で睨み合う。
「……お前は。」
真昼が静かに言う。
「そんなに自分を傷付けてまで、俺を超えたかったのか。」
雪音は答えない。
ただ、目を逸らさない。
「……ああ。」
「それしかなかった。」
その言葉には。
怒りだけではなかった。
孤独があった。
自分を大切にすることを知らない人間の、悲しい声だった。
その光景を見ていた一輝が、ゆっくりと笑う。
「……最高だ。」
「そうだ。」
「それでいい。」
一輝の瞳は、二人の戦いに釘付けになっている。
「五条真昼。」
「一ノ瀬雪音。」
「もっとだ。」
「もっと殺し合え。」
学園祭の最終日。
大勢の生徒と来場者が見守る中。
五条の毘沙門天と。
一ノ瀬の白夜叉。
二人の戦いは、さらに激しさを増していった。




