第二十九話 「狂気の観察者」
夜。
とある倉庫。
薄暗い室内に、数人の男たちが集まっていた。
その中央。
椅子に座る一人の男。
桐生院一輝。
「……白い髪の男、か。」
部下から渡された報告書を眺める。
「一ノ瀬組の若頭。」
「学院では別人のように振る舞っている。」
一輝は口元を歪める。
「面白いな。」
「若いくせに二つの顔を持っている。」
部下が尋ねる。
「どうされますか?」
一輝は報告書を机へ置いた。
「まだ手を出すな。」
「……。」
「俺が興味があるのは、そいつじゃない。」
一輝の目が鋭くなる。
「五条真昼だ。」
部下たちは黙る。
「奴は必ず現れる。」
「俺が動けば。」
「必ずな。」
一輝は楽しそうに笑った。
⸻
翌日。
天女学院。
昼休み。
「雪音さん。」
美羽が声を掛ける。
「最近、少し疲れていませんか?」
雪音は一瞬だけ驚く。
「……そう見えますか?」
「はい。」
美羽は小さく頷く。
「無理をしているように見えます。」
雪音は何も言えなかった。
自分では隠しているつもりだった。
だが。
近くにいる人間には、少しずつ伝わっていた。
「大丈夫です。」
いつもの言葉。
しかし。
輝夜は少し困った顔をする。
「雪音さん。」
「またそれ。」
「大丈夫って言うけど。」
「本当に大丈夫な人は、そんな顔しないよ。」
雪音は黙る。
⸻
放課後。
雪音は寮へ戻る途中、違和感を覚えた。
誰かに見られている。
以前感じた視線。
しかし今回は。
明確な殺気ではない。
「……。」
雪音は立ち止まる。
だが、周囲には誰もいない。
⸻
その頃。
遠くの車内。
一輝の部下が双眼鏡を下ろす。
「確認しました。」
「一ノ瀬雪音。」
「間違いありません。」
通信機の向こうから声が返る。
「そうか。」
一輝だった。
「なら、そのまま見ていろ。」
「白夜叉がどれほどの男なのか。」
「そして――」
一輝は笑う。
「五条真昼が動く理由になるのか。」
通信が切れる。
⸻
夜。
雪音は部屋でバイオリンを弾いていた。
ヴィヴァルディ『冬』。
静かな音色。
しかし。
その裏側では。
一人の男が、戦いの舞台を作り始めていた。
まだ雪音は知らない。
この視線の先にいる男が。
やがて天女学院を巻き込む大事件を起こす存在だということを。




