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第十三話 「憧れの人」

放課後。


授業を終えた雪音は、図書室で借りていた本を返却し、女子寮へ戻ろうとしていた。


「雪音さん!」


昇降口で輝夜が手を振る。


「一緒に帰ろ!」


「はい。」


二人は並んで歩き始めた。


⸻


帰り道。


「そういえば雪音さん。」


輝夜が空を見上げながら話し始める。


「入学してからもう少しで二週間だね。」


「そうですね。」


「学院には慣れた?」


「皆様のおかげで、不自由なく過ごせています。」


その返事に輝夜は嬉しそうに笑った。


「よかった。」


「最初はすごく緊張してるように見えたから。」


雪音は少しだけ微笑む。


「今でも緊張しております。」


「えっ、そうなの?」


「はい。」


「表情に出ないだけです。」


「全然分からなかった!」


輝夜は思わず笑った。


⸻


寮へ戻ると、美羽がラウンジで本を読んでいた。


「あっ、輝夜先輩、雪音さん。」


「こんにちは。」


「こんにちは、美羽さん。」


「お二人とも、お疲れ様です。」


三人は自然と同じテーブルを囲む。


美羽が本を閉じる。


「雪音さんは、どうしてバイオリンを始められたんですか?」


雪音は少し考えた。


「幼い頃からです。」


「気付けば弾いていました。」


「好きだから、続けているのです。」


美羽は優しく笑う。


「やっぱり好きだから上手なんですね。」


雪音は首を横に振った。


「まだまだ未熟です。」


その言葉に、輝夜は苦笑する。


「雪音さんって、自分に厳しいよね。」


「そうでしょうか。」


「うん。」


「何でもできるのに、全然満足してない感じ。」


雪音は少しだけ視線を落とした。


「……目標がありますので。」


「目標?」


雪音は静かに頷く。


「はい。」


「昔、この学院に通われていた方です。」


「その方のことを知ってから。」


「私も、あのような人になりたいと思うようになりました。」


もちろん。


それは嘘ではない。


“あの人のように”ではなく。


“あの人を超えるために”。


その本心だけを胸の奥へ隠した。


「へぇ……。」


輝夜は少し興味を持ったように身を乗り出す。


「そんなにすごい人だったんだ。」


「はい。」


「学院では、とても有名な方だったと聞いております。」


それ以上は話さなかった。


名前を口にすることも。


理由を語ることも。


⸻


夜。


自室。


雪音は窓を開け、夜風を感じていた。


机の上には、一枚の写真。


幼い頃の自分。


その隣には父・雪影。


雪音は写真を手に取る。


「……。」


父の言葉が頭をよぎる。


『超えろ。』


『一ノ瀬が頂点に立つために。』


雪音は静かに写真を引き出しへ戻した。


「必ず……。」


その瞳には。


決意だけが宿っていた。


一方その頃。


一ノ瀬組本部。


雪影は部下から学院での報告を受けていた。


「雪音は学院生活にも慣れてきたようです。」


「そうか。」


雪影は静かに立ち上がる。


「ならば、その時も近い。」


「……五条を引きずり下ろす時がな。」


静かな夜。


誰も知らない場所で、一ノ瀬の野望は少しずつ動き始めていた。

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