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無能と虐げられた令嬢は、狂血の魔王の呪いを解いて激重溺愛される~愚かな元婚約者の破滅など、もう私の視界には入りません~  作者: あとりえむ


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第14話:永遠の契約と、世界一の求婚

辺境伯城の地下深く。かつては分厚い氷壁に閉ざされていたはずの最奥の回廊を、アルテはガーディアに手を引かれて歩いていた。

城のどの場所よりも強固な魔力防壁が何重にも張り巡らされたその空間は、奇妙なほどに空気が澄み、微かに湿り気を帯びた温かい風が吹いている。


「……目を閉じていろ」


前を歩くガーディアが立ち止まり、アルテの背後に回った。

視界が、彼の手のひらによって完全に覆い隠される。革手袋を外した彼の素手から伝わる、火傷しそうなほどの熱。アルテは抵抗することなく、静かにまぶたを下ろした。


重厚な石の扉が、地鳴りのような低い摩擦音を立てて開く。

ガーディアに肩を抱かれるようにして数歩前に進んだ瞬間、アルテの全身を、これまでの辺境では決して感じたことのない、濃密で圧倒的な「生命の匂い」が打ち据えた。

雨上がりの深い森の土の匂い。微かな甘さを持つ花の香り。そして、空間全体を満たす、肺の細胞が隅々まで拡張するような清浄な魔力の波。


「開け」


耳元で低く囁かれ、視界を覆っていた彼の手がゆっくりと離された。

アルテの瞳孔が、その光景を捉えて大きく見開かれた。


そこは、黒曜石の城の地下にあるとは到底信じられない、巨大なガラスのドーム空間だった。

天井からは、ガーディアの魔力で生成された疑似的な太陽の光が、柔らかな黄金色の束となって降り注いでいる。そして、視界の端から端まで広がるふかふかの黒土の上には、何百、何千という植物が、狂い咲くように命の輝きを放っていた。


青白い燐光を放つ『月下星の雫』。

王都の大図書館の禁書庫にある古文書にしか描かれていなかった、三百年前に絶滅したはずの『太陽竜の息吹草』。

魔力を持たない無能と蔑まれながら、アルテが寝る間も惜しんで図解をスケッチし、いつか本物に触れてみたいと、暗い地下室で一人夢見ていた幻の薬草たちが、圧倒的な色彩と香りを伴って、風に揺れている。


「ガーディア様……これは……」


アルテの声は、震えのあまり空気の束となって消えた。

王宮の温室など比較にならない規模と密度。辺境の凍土を完全に作り変え、古代の生態系そのものをこの空間に丸ごと再現している。これほどの環境を構築し、維持するために、どれほど天文学的な魔力と、緻密な計算と、労力が費やされたのか。

アルテの頭が、その事実の重さに白く染まる。


「お前が城の図書室で、あの古文書の二十七ページを開くたびに、指先が微かに止まっていた」


ガーディアが、アルテの真横を通り過ぎ、数歩前に出た。

漆黒の軍服を纏った彼の背中が、色とりどりの古代植物の群れを背景にして、異様なほどの存在感を放っている。

「お前が視線を向けたもの、興味を持ったもの。そのすべてが、ただの紙の上の知識で終わるなど、俺の許容できることではない。この世界のすべてのことわりをねじ曲げてでも、お前の足元に物理的に引きずり出す」


彼はゆっくりと振り返った。

そして。


バサリ、と。

漆黒の軍服の裾が翻り、グランジット王国最強にして最大の恐怖の象徴である男が、アルテの目の前で、音もなく片膝をついた。


空気が、完全に静止した。

見上げるほどの巨体を折り曲げ、自らの頭をアルテの腰の位置よりも低く沈める。それは、王族に対しても決して頭を下げたことのない絶対的な支配者が、完全なる服従と降伏を示す、最も無防備で物理的な姿勢。


アルテの喉の奥で、ヒュッ、と息が鳴った。

ガーディアは、漆黒のベルベットで作られた小さな箱を、革手袋を外した右手でゆっくりと開いた。


中には、見たこともない指輪が収められていた。

台座の金属は、彼の瞳と同じ、吸い込まれるような真紅。そして中央に嵌め込まれているのは、ダイヤモンドやルビーといった地上のいかなる鉱石とも違う、鼓動するように内側から強烈な光と熱を放つ、漆黒の結晶体だった。


「……俺の命の核だ」


膝をついたまま、ガーディアの低く、地を這うような声がアルテの足元から響き渡った。

「俺の魔力の根源を物理的に圧縮し、結晶化させた。これを物理的に砕かれれば、俺の心臓は停止する。王都の宝石商が扱う、石ころのような指輪など、お前の指に触れさせる価値もない」


アルテの視界が、急激に揺らいだ。

彼が今、自分に差し出しているのは、財産でも地位でもない。彼自身の「生殺与奪の権」そのものだ。


「かつて俺はお前に、俺の所有物になれと命じた。……だが、間違っていたのは俺の方だ」


ガーディアが顔を上げ、アルテを見上げた。

下から射抜くようなその真紅の双眸には、もはや一切の傲慢さはない。ただ、砂漠で一滴の水を乞う巡礼者のような、痛々しいほどの飢餓感と、狂信的なまでの熱だけが渦巻いていた。


「俺の血も、肉も、命も、俺が手にしたこの国で最も強大な力も。そのすべては、お前が呼吸をするための土台としてのみ存在する。……俺を、お前のものにしてくれ。俺の魂を永遠に縛り付ける、鎖になってくれ」


世界で最も恐ろしい男からの、世界で最も重く、身勝手で、そして純度の高い哀願。

アルテの足元に広がる無数の古代薬草たちの甘い香りが、アルテの肺の奥深くまで入り込み、彼女の身体の芯から、震えるような熱を呼び起こした。


アルテは、無意識のうちに一歩前に踏み出していた。

彼女はガーディアの前に屈み込み、自分の両手を、彼が掲げるベルベットの箱ごと、その大きな手の上に重ねた。

指先から伝わる、漆黒の結晶の凄まじい熱と、ガーディアの皮膚の温度が、アルテの血液に直接流れ込んでくる。


「……重すぎます」


アルテの唇から零れた声は、ひどく甘く掠れていた。

まばたきをするたびに、視界を覆う薄い膜から温かい雫が零れ落ち、ガーディアの手の甲に当たって弾ける。

彼女は、ガーディアの真紅の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「重くて、恐ろしくて……私には、身に余る命です」

「アルテ……」

「ですが」


アルテは、自らの左手を箱の前に差し出した。

薬草の調合で刻まれた無数の傷跡が残る、決して美しくはない、しかしガーディアが誰よりも狂おしく愛した指先。


「この重さから逃げることなど、私にはもう、生涯不可能です。……私を、あなたの永遠の鎖にしてください」


その言葉が落ちた瞬間。

ガーディアの喉の奥から、獣が泣き咽ぶような、ひどく低く震える音が漏れた。

彼の大きな手が、わずかに震えながら箱から指輪を取り出し、アルテの左手の薬指へと、ゆっくりと、祈りを捧げるように滑り込ませる。


漆黒の結晶がアルテの指の根元に収まった瞬間、指輪そのものが彼女の体温と魔力に呼応し、皮膚に吸い付くように完全に一体化した。

ガーディアは、指輪の嵌まったアルテの手を両手で包み込み、その指の関節に、そして漆黒の結晶に、何度も、何度も熱い唇を押し当てた。

膝をついた巨大な男の背中が、アルテの細い腕の中に完全に収まる。


ドームを包む黄金色の光の中、アルテの視界の端で、三百年前に絶滅したはずの古代の花々が一斉に花弁を開く音がした。

外の極寒の吹雪を完全に忘却させる、狂気的で絶対的な温室。

その最奥で、すべてを奪い、すべてを破壊するはずの死神は、ただ一人の女の温もりに縋りつき、永遠の服従という名の、至高の幸福の中に深々と溺れていった。

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