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無能と虐げられた令嬢は、狂血の魔王の呪いを解いて激重溺愛される~愚かな元婚約者の破滅など、もう私の視界には入りません~  作者: あとりえむ


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第13話:裁きの果てと、新たな朝

分厚い天蓋のカーテンの隙間から、白み始めた夜明けの光が、一本の細い絹糸のように絨毯の上へと伸びていた。


アルテは、滑らかなシーツの中でゆっくりとまばたきをした。

呼吸をするたびに、冷たく澄んだ空気が肺の最も深い場所までスムーズに流れ込んでいく。王宮の地下室で長年感じていた、肋骨を内側から締め付けるような重い鉛の感覚は、嘘のように消え去っていた。

指先を動かしてみる。薬草の棘で傷だらけだった皮膚は、昨夜から何度も落とされたガーディアの熱い口づけと、彼の魔力によって完全に塞がり、今は微かな熱だけを内包している。


不意に、重厚な黒檀の扉が音もなく開かれた。

部屋の温かい空気が、外から持ち込まれた鋭い冷気によって一瞬だけ揺らぐ。

ガーディアだった。

漆黒の外套には微かに雪がこびりつき、彼の周囲には、大気を焦がしたような鋭いオゾンの匂いと、鉄の錆びたような血の気配が薄く張り付いていた。

彼はベッドの上に身を起こしたアルテの姿を認めると、その足取りをひどく静かなものに変え、歩きながら外套の留め具を乱暴に引きちぎるように外した。冷気と死の気配を纏った分厚い布地が、絨毯の上にドサリと無造作に投げ捨てられる。


ベッドの傍らまで来た彼は、サイドテーブルの上に、カチャン、と冷たい音を立てて二つの物体を置いた。


アルテの視線が、それに注がれる。

一つは、王室の正式な紋章が刻まれた、純金の印章の欠片。それは原形を留めないほどに無惨にひしゃげ、表面には黒ずんだ血がこびりついていた。

もう一つは、白百合の形をした白金プラチナの髪飾り。セリアが常に身につけていた「聖女の証」だったが、その中央に嵌め込まれていた魔力石は粉々に砕け散り、黒い煤となって内側から焼き焦がされている。


「……終わった」


ガーディアの声は、極寒の夜を徹して飛び回ってきた猛禽のように低く、掠れていた。

「あの男は、今頃、北の永久凍土の鉱山でツルハシを握らされているだろう。手足には魔力を吸い取る重い足枷を打ち込み、立ち止まれば鞭が飛ぶ。最初の冬を越す前に、その傲慢な舌も、指先も、凍傷で黒く腐り落ちる」


彼の大きな手が、アルテの頬をそっと包み込んだ。

外気で冷え切ったはずのその手は、アルテに触れた瞬間、彼女を火傷させないように緻密に制御された、ひどく穏やかな熱を帯びていた。


「偽りの光を騙っていた女の魔力回路は、俺の部下が物理的に焼き切った。二度と光を放つことも、まともな声を出すこともできない。王都の地下深く、日の差さない修道院の最下層で、苔の生えた石畳を這いつくばりながら、その命が尽きるまで自分の罪を数え続けることになる」


淡々とした、純粋な事実の報告。

しかし、その背後にある圧倒的な暴力と、二度と彼らがアルテの視界に現れることはないという絶対的な証明が、テーブルの上の砕けた二つの残骸から明確に放たれていた。


アルテは、小さく息を吸い込んだ。

王太子から投げつけられた「無能」という声の反響。セリアの、扇の陰から向けられた冷笑。

アルテの細胞の奥底に張り付き、彼女の体温を奪い続けていた薄暗い影が、朝陽に炙られた霜のように、音を立てて完全に溶け落ちていく。

彼女は、自らの頬を包むガーディアの大きな手に、自分の両手を重ねた。


「……もう、彼らのことを思い出すことも、ないのですね」

「ああ」


ガーディアがベッドの縁に腰を下ろし、アルテの身体をその強靭な腕の中へと深く抱き込んだ。

「お前の過去の傷は、すべて俺が喰い尽くした。お前を縛るものは、もはやこの世界のどこにも存在しない。……ただ一つ、俺という絶対の例外を除いてはな」


彼の顔がアルテの首筋に埋もれ、深く、重い呼吸が繰り返される。

彼自身の放つ強大な魔力が、外の冷気を完全に遮断し、アルテの周囲だけを春の陽だまりのような甘い熱で満たしていく。


「アルテ。外へ」


しばらくの後、ガーディアはアルテの身体を離すと、クローゼットから極上の雪羊の毛で織られた分厚い純白のケープを取り出し、アルテの華奢な肩にすっぽりと被せた。

彼に手を引かれ、アルテは私室の奥にある巨大なバルコニーへと足を踏み出した。


重厚なガラス扉が開かれた瞬間。

アルテの瞳孔が、その光景に大きく開かれた。


視界を埋め尽くしていた灰色の猛吹雪は、完全に消え去っていた。

東の稜線から昇る圧倒的な朝陽が、辺境の雪原を黄金色に染め上げている。そして何より、この地を長年覆い尽くしていた、呼吸を重くするどす黒い瘴気の靄が、ただの一欠片も残っていなかった。

ガーディアの呪いが解け、彼の本来の純粋な魔力が大地に還流したことで、辺境の土壌そのものが清浄な状態へと強制的に上書きされたのだ。


冷たく、けれど肺の奥まで澄み渡るような、ガラスのように透明な冬の空気。

そして。


「──奥様!!」

「我らが女主めがみに、大いなる祝福を!」


バルコニーの下、広大な城の中庭を埋め尽くすほどの群衆が、一斉に天を仰いで歓声を上げた。

完全武装した騎士たち。厨房の者たち。そして、城下に住む無数の領民たち。

彼らの顔には、かつてガーディアに向けられていた「恐怖」は微塵もない。長年彼らを苦しめてきた瘴気と呪いを払い、最強の支配者に真の力を取り戻させたアルテに対する、狂信的なまでの崇拝と、純粋な歓喜。


地鳴りのようなその声は、分厚い石造りの城壁を震わせ、アルテの足元から直接その振動を伝えてきた。

誰も、彼女を「無能」と呼ぶ者はいない。

誰も、彼女の技術を「不純物」として奪う者はいない。


アルテの視界が、不意に透明な膜で覆われた。

まばたきをした瞬間、温かい雫が頬を伝い、純白のケープに小さな染みを作る。

それは、悲しみでも、恐怖でもない。自身の存在が、この広大な世界に深く、確かに根を下ろしたという物理的な実感の重さだった。


背後から、ガーディアの巨大な体が密着した。

彼の太い両腕が、群衆の目の前であることなど一切意に介さず、アルテの細い腰を逃げ場のないほどの力で抱きすくめる。


「見ろ、アルテ。これが、お前が救った世界だ」


耳朶を甘く噛むように、低く湿った声が囁かれる。

「だが、勘違いするな。この地の民がどれほどお前を崇拝しようと、彼らがお前の視界の端に映ることすら、俺は嫉妬ではらが煮え繰り返りそうだ」


彼の唇が、アルテのうなじに熱い印を刻み込む。

眼下から沸き起こる何千という歓呼の声と、背後から自分を縛り付ける、一人の男の常軌を逸した重暗い執着。

矛盾する二つの極端な熱の渦の中で、アルテは自らの背中を預ける強固な胸板に身を委ね、どこまでも澄み渡る辺境の青空を、ただ静かに見上げていた。

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