答09:失敗は歓迎すべきですよ?取り返しがつくなら
永禄8(1565)年1月中旬、越前国敦賀郡 金ヶ崎城内 敦賀郡司館
金ヶ崎城内馬場からかすかに響く馬廻り衆が行っている調練の喧噪と私が墨をする硯の音以外、静寂に包まれた書院。
・・・あぁ、落ち着きますねぇ、やっと溜まっていた書類に手を付けられます。一乗谷での年始廻りは気苦労ばかり多くて疲れましたよ。
落ち目と見なしているのであれば構わなければ良いのに、自尊心を満たすために絡んでくる輩が多くてうんざりします。
そんな方々も父上の台本どおりの怒りぶりを尾鰭を付けて広めて頂いているので私にとって完全に無価値ではないところが、またしんどいんですよね。無駄に気を遣いました。
さて、次の書類は・・・父上からの調練状況報告ですか、今練兵中の50名は農家の3男や商家の部屋住みをかき集めた素人集団です。
これを学校体育・型稽古という知識チートを用いて極短期で育成しようという試みなのですが・・・うまくいかないようですねぇ。
大きな問題は行進と対応力ですか。
行進には小太鼓か拍子木で行進曲を付けてみましょうか。対応力については・・・所詮、促成栽培です。長槍に絞って幾通りの型習得させるだけにとどめますか、対応・判断は物頭に一任して此方の有利を押しつけるような運用を心懸ければ何とか使い物になるかもしれません。
それで、次の書類は悠山禅師からですか。
若狭進出の手始めに最も越前国寄りにある佐柿村に賭場を開いたは良いものの、領主の粟屋何某の締め付けが厳しいから何とかしろ!ですか・・・
隣国ですよ?無茶言いますねぇ・・・とりあえず氣比大宮司殿より白拍子を派遣して貰いましょうか、どうせ近い将来攻め込むのです。そのための情報収集を前倒ししても問題ないですし、警備・監査の情報を横流しすれば後は禅師殿がうまくやるでしょう。
ただ、ほどほどにするよう釘を刺しておきますか、どうせ攻め込んで全てを奪う場所です。搾り取ってもあまり意味がないですからね。
これは隣りの石灰石鉱山である鞠山に設置した生石灰製造用の試製炉に関する報告ですか。
ふむ、主な問題はふたつ、石灰石の燃え残りが多いのと薪の消費量が多い事ですか。
どうせ大量に必要なものです、うろ覚えですが登り窯の知識を伝えて実験してもらいましょう。
各窯の焚口を大きく取るようにして試行錯誤を重ねればまた違う結果が出るでしょう。
ただそれでも薪と木炭だけでは燃料不足は避けられないでしょうね。越後の臭水や筑前・豊前にあるという燃石を入手する手はずを整えなければ。
お次の報告書は・・・数少ない農業チートである千歯扱き&唐箕の実験結果ですか。
脱穀・選別に期待どおりの効果を発揮したようですね。良かった、他の農業チートは試行回数が年一回しかない関係で魔王襲来で時間切れですからね。
おや?しかし大々的な普及推進には反対、後家や部屋住みが仕事を喪い路頭に迷う故にですか。農村単体で考えるとそうでしょうね。
しかし、敦賀には白拍子・飯炊き・兵士・馬借・沖仲士等、仕事は山のようにあるのです。躊躇わず普及させるよう指示しておきましょう。
はい、次の書簡は・・・川舟屋からですね、彼等には河野屋から巻きあげた財産の一部で水軍にも交易にも使える新型船の開発製造をお願いしています。ごく少人数で操船可能な縦帆バミューダ帆装と竜骨が無い和船でも外洋航走に耐える三胴船という、これまた知識チートを授けておきましたが。
さてさて・・・なるほど、今までに無い船体故に船大工が非協力的で、道楽に付き合うような造船所の空きが無いと断られていると。
いきなり完成形を製造しようとして理解が得られていないと言うわけですから、必要なのは技術実証実験ですね。適当な中古漁船を三隻調達して、竹で繋いで筵縦帆付けた試験船を造るよう提案しますか。
さて、こちらの書状は倭寇の首領、王直殿へ宛てた書状の返信ですか。
何々・・・取引には別紙目録に記載の品目については応じるが、わざわざ敦賀まで向かうつもりは無い、そちらが博多か平戸まで来られたし、王直後継・林鳳。ですか・・・
目録には此方が求める硝石・芥子乳液粉末がちゃんとあるだけに敦賀まで来てもらえれば大分助かったんですが、仕方ありませんねぇ。川舟屋の新型船がまとまった数でき次第密貿易に投入するとしましょう。
おや?目録の後にも書状が付いていますね。これは倭寇に書状を届けた使節団のものですか、何か追伸で伝える事でもありましたかねぇ・・・
『此度の使者任務に便乗し、平戸にて阿芙蓉を某の手持ちの許す限りの量、調達す。この機会を逃せず私事を混同せし事平に謝罪し候。殿にあっては必要量を下知されたし。 大月備中 記す 恐々謹言』
・・・おぉ、気が利きますねぇ。確か十兵衛の推挙で召し抱えた者でしたね、流石は明智の眼鏡にかなう人物のようで・・・うん?何か前世の記憶に引っかかりますね?・・・薬物に造詣のある大月・・・
あっ、万金丹を造った医者!これは好都合です。彼に資金と実験台を与えて使い捨て肉体改造人間の研究を任せてしまいましょう。
筋肉を増強する牛馬の睾丸と痛覚を抑制する阿芙蓉を滓とり焼酎に溶かすにあたり最適な配合を調べるのは大変ですが、彼のような研究者なら嬉々としてやるでしょう。
依存性?副作用?知ったことでは無いですね。私が摂取するわけでもなし。
さて、お次は・・・
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――…
「鷹瑳ぁ、昼餉持ってきたよ~」
ゆき、もう還俗していると何度言ったら・・・まぁ誰もいない時までとやかく言う必要は無いですけどね。
「おや、もうそんな時間ですか?」
「そうだよ、お仕事大変なのはわかるけどちゃんと食事はとってね。ウチも食べたいんだからね!」
主な目的は毒見ですか。正直で微笑ましいですねぇ。まぁ根を詰め過ぎても効率悪いですし、食事がてら休憩しましょう。
「今日は握り飯と猪の干肉だよー。はむっ・・んーおいしー」
幸せそうに食べますねぇ、この子は飯で忠誠が買えるので気楽です。能力を考えたら大分ぼったくっていますが。
「ねぇ鷹瑳、さっきまで見てた書類の山だけどさ、何々がうまく行ってませんだとか、どこそこが問題ですだとか、失敗ばっかりに見えるけど大丈夫なの?」
当然のように私が確認すべき書類は把握済みですか。
軽く目を通しているだけにしか見えないのですが、この子の記憶力や速読力はどうなっているのでしょうね。
「問題ありませんよ。むしろ今の段階で完全に成功しました等となれば、そちらの方が問題ですよ」
「そうなの?うまくいった方が良いと思ってた」
やれることが限られている現状、特定の案件だけうまく行くのであれば、それは人・物・金・時の配分ミスがあったということですし。
「失敗は歓迎すべきですよ?取り返しがつくなら。うまくいかないやり方をひとつ発見したと考えて下さい」
退き際を誤らないことが前提となりますがね、一度で思いどおりに上手くいくと考えるのは傲慢ですよ。失敗の原因を仮説検証し、再試行するのが結局のところ一番効率が良いと信じています。
「そうなんだー、奉公先の寺でも実家の商店でも『失敗したら叱られる』という悪い印象しかなかったけど」
「私はそれで終わらせないように心がけているんですよ。もったいないでしょう?少しやり方を変えて試してみればものすごい利益を上げるかもしれないんですよ?」
ええ、敦賀郡司家のような貧乏人には失敗をそのまま捨てるような贅沢は許されていないのです。
「まぁ、私がこうして理想的な持てる力の配分を行えるのも、偏にあなたの事務処理能力のおかげですけどね。感謝していますよ」
もし、雪之丞がいなければ5割ぐらいの無駄を出しているでしょうし、そもそも魔王に挑もうなどという無謀な試みなど考慮にも入れなかったでしょうね。
「・・・えへへ・・そうなんだ。なんだか嬉しくてほっこりしちゃう。これからも頑張るね!」
「ええ、よろしくお願いしますよ。私もあなたに報いれるように気合をいれて頑張りますか」
まだまだ書類の山はうずたかく積まれていますが、食事・息抜きと会話の効果か午後からはさらに能率を上げて行けそうです。
読んでいただきありがとうございます。
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・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。




