答08:あなたの面子も立ててあげましょう
永禄7(1564)年12月上旬、越前国南条郡 今庄宿賭博場
「てめぇ・・・ワシらの流儀を踏みにじりやがって・・・河野屋んとこの沖仲士だけでは飽き足らず・・・こっちの領分侵すのも大概にしやがれってんだ!」
「博徒の流儀?沖仲仕の面子?所詮は武家の猿真似でしょう?武家を甘く見るからこうなるのです」
まぁ普通の武家なら無宿人達など眼中に無いからぶつかることもなかったんでしょうけどねぇ。
何日もかけてウチの息のかかった賭場を襲撃すると触れ回っていては迎撃して下さいと行っているようなものですよ。
「ほっほっほ、彦四郎や、殺生はいけませんよ」
「心得ております悠山禅師。お話し合いで解決するのが一番ですから」
実際、迎撃した馬廻り衆はうまくやったようで、倒れている荒くれ者達を見ても、打撲傷程度で骨すら折れていなさそうです。
もっとも面子やら意地やらといったモノに対しては容赦しなかったようで、今喚いている一人を除いて全員綺麗に心をへし折られていますね。体に致命的な傷を負わせないギリギリの線を見切っているが故の芸当ですねぇ、コレなら後遺症は無さそうですね。体は。
精神?それは保障致しかねますねぇ。
「さて・・・自分達の賭場が取り締まられて潰れたあげく、仲間が何人もオケラになったからといって襲ってくるのは・・・逆恨みも甚だしいと斬り捨てても良いのですが」
「それは良くない。お主には少々慈悲の心というものがだな・・・」
思わずジト目で隣の妖怪坊主を睨んでしまいました。私も修行が足りませんね。平常心を心がけねば。
「畜生!任侠人の渡世に口出しするのが領主のやる事なのかよ!?今までは手出ししなかったじゃねぇか!!」
吼えかかってきている、一人心の折れていない小男。彼がこの一団の頭目です。
矮身で痩躯の体格に似合わず、喧嘩が滅法強いと評判ですが、多分に精神の強さ故の事でしょう。
あれだけ打ち倒されてもまだ立ち上がり、挑みかかってくるとはね。
「そう言われましても、私はもうここの領主では無くなりましたからねぇ。寄子の国人やら代官だってもう敦賀と縁が切れたわけですし、配慮する必要無くなりましたから」
南条郡は敦賀のために搾り取るのです。文句は一乗谷の奉行人衆にお願いします。
「領主じゃねぇなら余計関わるなよ!んじゃホントの領主は何やってんだ!」
「それこそ無宿人達が何してるかなんて眼中にないのでしょう。あぁ、私があなた達をシメる事も、この銭ゲバ禅師殿のケツもちしている事もここの代官と一乗谷奉行人衆には通達済みです」
書状持たせた使者曰く、めっちゃどーでもよさそうな反応で、『敦賀殿の好きなように』という返答だった模様ですが。
「・・・クソが!!・・・ワシの負けじゃ!煮るなり焼くなり好きに殺せ!だが仲間たちにゃあこれ以上手を出すなよ!」
「お断りします。この期に及んであなたの意地が通るとお思いですか?」
「ホッホ。仲間思いの良い気骨じゃの。打たれても折れぬ根性もある。彦四郎、お主の見立てどおりじゃな」
どうやら悠山禅師のお眼鏡にかなったようです。
「さて・・・あなた方には2とおりの行く末を準備しました。どちらを選ぶかはご自由に。
先ずは武家の流儀、舐められたら殺す!に則り、全員の首を刎ねる」
「なんだと!首魁だけだろ!こういうときに殺すのはよぉ!」
武家同士ならそれでいいのですが、あなた達無宿人や河原者ですからね。
作法に則り首を刎ねるだけ配慮してるんですよこれでも。
「武家同士なら頭だけで済んだんですけどねぇ、武家の体面ってのは色々と面倒くさいんです。
・・・で、もう一方の道ですが、ここの貸元であるこの銭ゲバ禅師の傘下に入って頂きます。全員で」
「ホッホ。儂ら坊主には武家の面子とか知ったことでは無いからの。
後、儂は守銭奴ではあっても吝嗇ではないのでな、待遇は悪くないと思うがのぉ」
ケチではない?元を取るために扱き使うのはケチの範疇に入らないのですかねぇ?
「この坊主殿は私が僧籍にあった時の師匠ですからね。私としても強くは言えない、という態で、まぁこき使おうという訳ですよ。
あぁ、オケラになった方もご心配なく。こちらで高報酬の仕事を準備していますから、まぁ問題なく年を越せるでしょう」
私の提案に頭目は吠えかかるような反応をします。
「はん!一本独鈷でやってきたワシ等に坊主の下風に立てってか?侠客の面子をなんだと思ってやがる」
「甘いですねぇ、男子の面子、無頼の誇り、それが傷つけられてでも生き残り、最後に勝てばよろしいのです。本当に大事なもののために必須なのですか?誇りや面子とやらは」
この位で黙り込むようでは、魑魅魍魎ひしめく武家の世界ではやっていけませんよ。
「まぁその上で、あなたの面子も立ててあげましょう。湯尾村の強次郎・・・いや、骨皮強右衛門忠兼殿」
「な、何故その名を!?」
「何処で知ったのかは詮索しない方が良いですよ。お互いのためにね」
ニュースソースは秘匿しないといけませんし、白拍子と仲良くした後に口を滑らせたなんて事実を知っても情けなくなるだけでしょう。
「まぁ何故知ったかは言いませんが、何故その名前を覚えていたかは話せますよ。まさか稲荷山の悪鬼の係累がよりによって越前に居るとはね。知っていましたか?応仁の乱にてかの足軽大将を討ったのは私の曾祖父なのですよ」
「はんっ!6日で退治された小物に向かって悪鬼たぁ大袈裟な呼び名だな!」
む?先祖故の謙遜にしては、きつい口調です。本当に過小評価しているのでしょうか?あの悪鬼を。
「いやいや、3日も耐えられなかったのですよ、西軍がね」
「・・・どういう意味だ?」
お、本当に虚を突かれたような顔になりましたね。
「考えてみて下さい、道賢率いる足軽300に対して、総大将山名宗全をはじめ、斯波義廉、畠山義就、大内政弘、そして朝倉孝景と、合わせて数万の軍勢を投入しています。これは洛中にいた西軍のほぼ全軍です」
「それがどうしたってんだ?勝ち目が無いって事だろ?」
真剣に考える顔をしていますね。そして疑問があれば遠慮なく尋ねる柔軟さも持ち合わせる。先祖に似て風貌は小身痩躯ですが、同じく先祖譲りの優秀さも持ち合わせていますね。
「大軍の弱点は食糧です。彼は西軍の痛いところを的確に焼いてきたのです。その上、焼かれている現場に小勢を差し向けても逃げられて意味が無い・・・結果、彼らは主目標としていた御所・相国寺跡を含む洛中の防衛を早々に諦める羽目になりました」
「いや、わからねぇな。たかが300程度の足軽なんぞ放置で、出て来たところを叩けばいいじゃねぇか。稲荷山に監視の兵置いとけば対応できるだろ?」
そう上手くやれれば良かったんでしょうけどねぇ。
「面白いことに『大男、総身に智恵が廻りかね』というのは軍勢にも当てはまりましてね。そのような小器用な真似ができる軍勢は限られていたんです。
その部隊を悠長にはり付けていれば、東軍との決戦に負けると危惧するくらいには」
納得・・・はしていないようですね。多勢を指揮した経験が無いと実感出来ないモノだそうですから。
え?私ですか?当然まだ経験無いですよ。お祖父さま・父上から散々聞かされていた事と、馬廻り衆や明智衆をつかった際に思うように動かせない経験から類推はしていますが。
「その上で、西軍にも足軽は多数所属しています。名誉など知ったこっちゃ無い彼らに『兵糧焼かれたから今日の飯は無い』などと言えますか?そんな時に東軍が攻撃してきたら?」
「そっちはわかる。貰うもん貰ってねぇのに戦うバカはいねぇ」
いや、武士には結構居るんですけどねそんな馬鹿。それはさておき、
「故に、可及的速やかどころか、ただちに悪鬼を退治しなければならなかったのです。他の何を犠牲にしてでも。
その結果が、洛中を捨ててまさかの全軍で包囲です。この判断を3日で下した山名宗全入道は名将の真髄を見せてくれました」
いや本当に、即断できる案件ではありませんよ。それだけ足軽大将の新しい戦い方が脅威に映ったのでしょう。
「ともあれこうなれば悪鬼としても万事休す。後は哀れにも首を討たれるのみ・・・というわけでも無かったそうです。
祖父経由の又聞きですが曾祖父曰く、『紙一重の勝利であった。ひとつ間違えれば取り逃がし、西軍が崩壊したやもしれぬ』との事でした」
「はぁ!?どう考えても勝ち目無いだろ!?」
いえいえ、確かに西軍撃破等は無理筋ですけれどね。
「この場合の勝利条件は稲荷山の悪鬼・骨皮道賢ただひとりの生死。それだけです。ここで悪鬼を取り逃がせばすぐさま悪党を集めてボロボロの西軍兵站にトドメを刺すことが可能です。つまりここまでやって漸く五分五分だったんです」
信じられないでしょうが、籠城の備えなく固定拠点で長期間滞陣し続けるという特異事例がこの状況を生み出していたのです。
「そして稲荷山の包囲網に隙が無い事を理解した悪鬼の打った策は、手下達の前から姿を消す。でした」
「はぁ?自分だけ逃げたってことか?」
理解できない、したくない事が続いて混乱してきているようですね。
「悪鬼とその手下達は、兵站攻撃の傍ら、役得とばかりに略奪狼藉を働いていました。食糧・金品・女性を手当たり次第に奪い・攫い取っていたのです。
そんな中、彼等を統率していた悪鬼が突然姿を消した。一人だけ逃げた様に見えたでしょう」
実際にこの状況で一人だけ逃げるのは不可能だったでしょうがね。
「残された手下達は統率を失い、悪鬼を罵りながら、個々人が思い思いの行動を取ります。
多くのものが数人単位で金品や女人を持ち出して散り散りに逃げ出し、山を下りようとしたそうです」
「そりゃあそうなるだろ。護ってくれない親分に従う義理は無ぇ」
「そうですね。結果、300程のひとつの軍勢が4・5人程度の60余りの部隊に変化し、稲荷山を包囲する西軍全体に一斉攻勢を仕掛けてきた様にうつったのです。
常識的に考えればそんな無謀な攻勢を掛けるわけが無いのは西軍の指揮官達もわかっていたでしょう、何処かで合流し一点突破を狙ってくるはずだとね。
しかし万が一、そのまま全体をバラバラに攻撃してきたら?混乱の中一部を捕り逃がしてしまったら?そして、捕り逃がした中に悪鬼が隠れていたら?
・・・いやぁ、わかっていても防げない策というのはエグいですねぇ」
分散したまま浸透を図られるか、合流して一点突破を狙われるかで対処部隊の動きは全く違いますから。
どちらかに確定するまでは双方に備える必要がありますし、物頭毎に判断がバラバラにならざるを得ません。
「そうして、先行して逃げている連中が攫った女性を盾にして突破のために包囲軍と激突し、かつ後続の連中がまだ合流する可能性が残っている事で前線指揮官の連携が最も乱れた瞬間。
元々連携が最も出来ていなかった斯波隊と朝倉隊の境目に悪鬼は現れました・・・数名の供に担がせた板輿に乗り、公家女性の普段着である小袿に身を包み、被衣、市女笠と扇で念入りに顔を隠してね」
「・・・京雀共がいう『かわいしすがたもあはれなり』って姿かい・・・なんだってそんな格好したんだか」
なんでって、それは正体隠すためでしょうに・・・あぁ、面子や外聞の視点で考えればその感想にもなりますか。
「それが最も効果的で、切り抜ける確率が高いからでしょう。事実として、この時点では悪鬼の存在は露見していません。
彼等は羽林家の飛鳥井家係累たる難波家のものと名乗ったそうです。零落し賊に拐かされても、公家の姫君である。とね」
当時でも公家としての権勢を維持している飛鳥井家はそれなりに知られていますし、故実に詳しい者ならば難波家は飛鳥井の本家であり、今は断絶している事も知っているでしょう。
絶えた家系の復興を求める貴族の本能から考えて、あり得る話だという説得力はあります。
「貴族の威光というのは流石の威力を発揮して難波を騙る一団には誰も近づけない状況でした。このまま行けば無事包囲網を抜けられたでしょう。
しかし、そこに現れたのが我が曾祖父です。彼は周りの雰囲気・空気を全く読まずに悪鬼扮する姫君に駆け寄るといきなり斬りかかったのです。居合いで」
「え?いきなり?しかも居合い?」
面くらいますよねぇ、私も初めて聞いた際には我が曾祖父ながら大丈夫?頭。とか思いましたから。
「しかも『おいたわしや姫様!さぞ恐ろしい思いをなさったことでしょう!』といいながら近づいてですよ、一閃した後に『無体を働いた賊は鏖にせよ!』ですからね。
ちなみに曾祖父は姫君が本物か偽物か分かっていなかったそうです。本物だったとしても拐かされた時点で姫君としては死んでいる故に斬り殺すのが慈悲であり、供の者も一緒に送れば最低限の体裁は保てるだろうとの考えだったそうです」
「・・・つまり何か?そんなアタマおかしい輩が出なければ骨皮道賢は西軍を下していたってことか?」
「その可能性は否定できませんね。しかし悪鬼は不意討ちに対応できずに居合いにて首を落とされました。板輿を担いでいた者共も皆討たれ、骨皮の系譜は滅びたと考えていたのですが」
ちゃっかりと命脈を保っていたとは、抜け目ない御仁だったのですねぇ。
「なぁ、ワシにゃあご先祖様が何を狙ったのかさっぱりわからねぇ。ウチの爺様共が稲荷山の件を持ち上げて語ってくるのも単なる身内贔屓だと思ってた。西軍向こうに回して互角に渡りあったなんて、盛るにも限度があるだろが、とな。
・・・アンタはワシよりゃぁモノがよく見えてる。教えてくれ。ご先祖様は何を狙って、どうなったんだ?京雀共がいうような情けない侠客じゃあ無かったのか?」
真摯な面持ちで問いかけてきましたね。なるほど、彼の中で世相の評判と身内の評価の違いに長く悩まされていたと見えます。
彼なりの納得をもたらすことが出来れば、私への心証も良くなるでしょうか。
まぁ私は語るだけです。どう考えるかは彼次第。
「私の理解でよろしければ。
悪鬼は、いや骨皮道賢入道殿は、上を目指したのでしょう。
野党崩れを率いて戦場を彷徨う根無し草から、領地持ちの御家人を討ち滅ぼして成り代わる・・・そう、今でいう下剋上を史上初めて目指した人物といっていいでしょう」
お祖父さまの語る曾祖父の話を思い出しますよ。
「『たった6日間ではあったが、我が業跡において最良の師であった』彼を討った曾祖父・孝景が息子である祖父・宗滴に語った言葉です。
後に東軍につき、史上初の下剋上を成し遂げた男は足軽大将の生きざま、世間で不可能とされることが真に不可能なのかは自分で決める事、時には己の持ちうる総てを懸けて勝負に出ることの重要性を学んだそうです。
彼と曾祖父の違いは賭けに勝ったか負けたか。それだけだったそうです」
「・・・そうかい・・・アンタの目で見たところ、その賭けはどのくらい勝ちの目があった?」
「・・・善く見積もって3分ですね。しかし賭に出る価値は十分にあったでしょう。鉄火場に載せるのが己の総てだけですからね。結果、負けても家名は繋げています」
実際の所、一族郎党全てをつぎ込まなかったのは良かったのか悪かったのか、私では判断がつきかねますがね。
「・・・分が悪い賭けだが、やる価値はあったってことかい・・・」
「私はそう思いますよ。悪鬼は前髪しか無いといわれる幸運の女神の髪を躊躇なくつかみに行ける人物だったのでしょう。」
ひととおり話した後、彼はしばらく天を仰いで瞑目していましたが、やにわに此方を向くと刮目して、
「決めた!ワシ等はアンタの下につこう!ワシの勘がこの機会を逃すなと言ってる!いつかご先祖様以上の鉄火場で博打が打てるってな!」
そう叫ぶと平伏し、
「そちらの禅師殿のもとでオトコを上げて、いつか必ずアンタの役に立つ!観ててくれよな!」
「分かりました。一党まとめて引き受けましょう」
「ホッホ。ではここの代貸をしばし務めながら子分を育てなさい。
しかし時間は無いぞよ。すぐに若狭か近江に乗りこむ予定じゃからのぉ」
うん、ハード&ブラックが約束された職場になりそうですが、大きく成長できることは間違いないでしょう。期待して待つことにします。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。
・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。




