答32:信長抜きでこの戦国乱世、どう収拾つければいいのでしょう?
元亀元(1570)年5月下旬、越前国敦賀郡 金ヶ崎城
「見事。というより他あるまいな」
「いや、それは私の科白ですよ」
人の悪い笑みで言葉をかけてきた浅井下野殿に、同じようにほほ笑みながらそう返します。
この場は首実検の最中、包囲された時間に比してあっさりと終わった決戦の総決算を行っています。
私の眼前にはこの決戦で命を落とした主要人物の首が並べられています。
幕臣、上野大和守秀政。侍所頭人、一色式部少輔藤長。
――そして――
「うむ、織田弾正大弼信長殿に相違なし」
「そ、相違おじゃりませぬ・・・」
魔王、信長。しっかりと顔を合わせている浅井下野殿と幕府軍に同行した羽林、飛鳥井参議様という第三者的立場の方からのお墨付きです。
国吉城を封鎖した十兵衛が即座に南東の山中に潜み、僅かな供廻りで山越えを図っていた魔王を無煙火薬狙撃銃で心臓をぶち抜いたそうです。
十兵衛、鉄砲術の達人だったとはいえ、魔王って狙撃で殺せたんですねぇ。
「彦四郎。織田家戦死武将の一覧。見たかったんでしょ?」
ゆきが書簡を差し出してきました。
助かります。今後の織田家がどれほどの力を維持できるかは重要ですからね。
どれどれ・・・柴田、丹羽、森、塙、佐久間、水野、佐々、前田・・・これはひどい、ほぼ全滅じゃないですか。
生き残ったのはやや後方にいた坂井、氏家、林、安藤、稲葉と・・・榴弾砲撃を一目みて、水堀に飛び込んだというお猿さんですか。
そのお猿さん、実検のために縄をうった状態でこの場にいるのですが、魔王の首を一目見るなり崩れ落ちて動かなくなりました。
わかります。魔王が討たれるはずがないという信頼のもとで行動していたでしょうからね。
というか私もいまだに信じられません。
本当に討った?これ影武者じゃないですか?あの魔王がこんな簡単に死ぬ?
そりゃ殺したかったけど死ぬとは思いませんでしたよ!?
「おちつけ彦四郎。キモい泣き言は後で聞いてやる」
あ、そうでした。呆けている場合ではありませんね。
「さて、浅井殿。援軍感謝します。たった五百であっても。
貴家の行動が、この結果を招き寄せたのですから」
史実でも『虚説たるべし(意訳:は?嘘やろ?)』となった意識外からの裏切り。
これは確実に魔王の意識を私と、脱出路たる国吉城から逸らしてくれました。
「余計なちょっかいかとも思ったがね。当家の事情を優先した結果だ。
この数も、当主たる備前守がここに来ていないのも全て」
「それでいいのです。その方が私としても予測が立てやすい。
で、備前殿は主力を率いて南近江ですか?」
幕府軍が若狭・越前に主力を投入する隙をついて、摂津・和泉・河内では三好三人衆が、南近江では六角が暴れていますから。
「左様、先ほど観音寺城を落とした直後の六角承禎入道と息子・右衛門督義治を討ち取ったと知らせがあったわ。
京極殿の生死は不明だが、このまま観音寺城は燃やし尽くすとよ。
まぁ、仮に京極殿が生きていたとしても、再び小谷にてかくまう形になるのだ。
南近江の賊共の心を折るためにも、あの城はすべて灰になってもらう」
あのゴキブリよりしぶとい六角を仕留めたのですか。
これは水面下で六角と繋ぎをとっていましたね?
浅井は朝倉に付いて幕府と戦う、とでも言っていたのでしょう。
嘘じゃありませんし。実際に援軍に出ましたしねぇ。
佐和山の軍も、京極から坂田郡を取り戻すためのものに映っていた、と。
「あの六角氏すら、なすすべなく滅びるとは・・・意識外からの一撃というのはつくづく恐ろしいですねぇ」
私も油断すればこうなるのは想像に難くないですし、常に気を付けていましょう。
油断さえしなければ防ぐのはそう難しくないですし。
「同感だな。だが防ぐのは難しい。相手が何を欲しているかを常に考えるような変人は少ないのでな」
え?いやそれ、外交の基本だと思うのですが・・・相手の欲するものや譲れないものを把握せずして妥協点を見いだせないでしょう?
「そんな意外そうな顔をするな。たとえ大名同士の取次であっても双方が言いたいことを言うだけなのが普通なのだぞ?あとは力関係がものを言うだけだ。
お主のように絶大な力を持ちながら、妙に相手を気にかける変人など、本当にそうはおらんのだ」
下野殿はそうこぼすと、真っ白になっていたお猿さんの肩をたたく。
「木下藤吉郎殿・・・であったか?主君が討たれて呆けておる場合ではないぞ。
こちらの腹黒肝男がこの場に呼んだのだ。
今の織田家でいちばん話が通じる御仁なのであろう?」
「ん、こと織田家に関してこのキモ男の目は確か。実際足軽大将格だったのに榴弾砲の地獄から唯一生き残ってる」
二人とも私を何だと思っているのですか・・・
しかし実際のところ、美濃尾張を急速に崩壊なんぞさせてしまえば、甲斐武田が笑って全てを呑み込んでしまいます。
三河遠江の徳川も、狸殿が爆散してしまった以上、三河武士のめんどくさい戦乱がすぐそこに迫っていますし。
・・・本当に呆けている暇なんぞありませんよこれは・・・
「合戦とはこれまでに積んできたことの帰結。そうですよね?」
「・・・それは・・・殿のお言葉じゃ・・・」
完全に呆けていたお猿さんが反応を返しました。
「勝敗は兵家の常。此度は足掛け六年をかけて準備した私の刃が織田弾正殿の首に届いた。それだけのことです。
美濃も尾張も誰にも奪われていません。
あえて聞きましょう。民と共に歩むことを決めた織田家は、弾正殿がいなくなった程度で、その歩みを止めるのですか?」
「・・・ワシにゃぁ・・・殿がすべてだったんじゃ!!」
心の底からの慟哭。まぁ小者からここまで引き立ててもらえばこうもなるでしょう。
「知っています。中村の名主のひとり。そこから皆を率いる足軽大将となったのは織田殿の恩恵でしょう。
松下や今川なぞにいてはとても成せなかったはずです」
「おみゃぁ・・・ワシのことまで・・・」
いや、なんか変なものを見るような目をしないで下さいよ。
「そのとおり。このキモ男、織田弾正のことならキモいほど詳しい。
浮気性のお猿さんに傷ついた寧々さんを宥めたり、お猿さんに釘をさしたり。
・・・なんでそんなどうでもいいこと知ってる?」
「そりゃぁ・・・気持ち悪いのう・・・甲斐の虎並みじゃぁ」
ちょっと!!奥様がたの井戸端会議すら漏らさず情報収集している信玄坊主のような変態と一緒にしないでください!
「ゴホン・・・話を戻しますよ。
此度の合戦は織田家にとって残念な結果でしたが、領地としては失ったものは少ない。
せいぜい伊勢が離反する程度でしょう。それほど織田殿の施政は民に寄り添っている。
人材は大きく失いましたが、それでも残った者たちが伸びてくる。
それを奇妙丸殿のもとにまとめ上げるのです。木下・・・いや、羽柴藤吉郎秀吉殿」
「・・・羽柴?」
そうです。この際羽柴に改名してもらいましょう。
「織田家を支える大きな柱、柴田と丹羽が失われてしまいました。権六殿と五郎左殿を超える人物はもう両家からは現れますまい。
あなたが失った柱石の代わりを務めるのです。丹羽・柴田に代わり織田家を支える柱として」
「そりゃぁ・・・悪くないのう・・・いや、佐久間やら塙やらの家柄だけいい役立たずが消えたんじゃ。
柴田様や丹羽様は確かに痛いが、競争相手が減ったとも言える!
やれる!ワシはさらに成りあがるんじゃ!ワシの手で織田家を立て直す!」
お猿さんの目に光が戻りましたね。
えぇ、それでこそです。千成瓢箪はこうでなくては。
「もともと我ら朝倉家は織田家に含むところはありません。
幕府の一方的な思い込みのために敵味方となりましたがね。
故に和睦を模索した私は、以前から『さりとてはの者』と目をつけていたあなたに交渉を依頼している、という訳です。
――期待していますよ。魔王殿に『合戦に至るまでに何を成すかが戦だと思っとる。猿以外、本質は誰も理解せなんだがな』と言わしめた貴方の才能を」
では和睦に向けての条件を詰めるとしましょう。
なぁに、織田に不利な条件はないはずですよ。
――私は、己の全てを賭けて歴史に挑んだ。それは後悔していません。
だが、挑んだ結果が出れば、すべて終わりという訳ではありませんでしたね。
私が成し遂げたことにより、歴史は全くの新しい姿を見せ始めました。
・・・信長抜きでこの戦国乱世、どう収拾つければいいのでしょう?
ここまで改変してしまった責任は私にあるのでしょうし、どうにか良い形に落ち着かせなければ。
インドやアフリカのように植民地にされる未来だけは、何としても避けねばなりません。
まぁつまり、私の戦いはあともうちょっとだけ続くんじゃ!というやつですね。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて景恒君の生き残り大作戦は完了いたしました。
この後は番外編を一話上げた後、第一部として完結といたします。
第二部の書き溜めには既に入っております。
目途が立ち次第公開いたしますので、どうかブックマークや通知はそのままにしておいてお待ち願います。
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読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。
・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。
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