答31:私の六年間に及ぶ準備が、あなたの才覚に届くか否か。
元亀元(1570)年5月中旬、越前国敦賀郡 金ヶ崎城 天筒山台場
「でけー櫓だなァおい。大筒の台場にこんなモノ必要なんか?」
「ええ。台場にこそ必要なんです」
大きさ的には物見櫓というよりも、戦艦扶桑の艦橋のような違法建築じみた代物になっていますがね。
高層建築の実験台として基礎杭の打ち込み。
鋼鉄の三角を重ねることで強度と軽さを両立し、風の影響を抑えるトラス構造。
錆の防止目的での水銀鍍金による錫箔。
あまり広く作れなかった櫓部分全体を使い、三角測量を駆使した光学式測距儀。
測量結果を文字通り音速で台場に伝える伝声管。
――そして、台場の回転砲座に配備された前装式ライフル砲。時限信管式榴弾を添えて――
・・・戦国時代にあってはならないブツがごろごろしていますねぇ。
いやぁ、確かに開発を指示したのは私ですし、南冲瀞定先生という野生のチートのお力があってのことですが。
――どうしてこうなった?
確かに、私は限られた時間を有効に活用するため、農業ではなく工業を重視し、トライ&エラーの回数を多くとれる分野に資産を投入しましたよ?
そして、それは目論見通りに効果を発揮して私が期待する発展を遂げました。
他国から工場労働者を受け入れることで人口も劇的に増加しましたし、領地規模以外は大名クラスです。食糧?ここは港町です。輸入すればいいのですよ。
敦賀は私の望む方向に発展し、単独で魔王率いる幕府軍と渡り合っています。
しかし――私、ここまでやれっていいましたっけ!?
おかしいですねぇ、確か弩の復活とか錬石とか工場制手工業とかのあたりまでが当初の目標だったはず・・・
瀞定先生に公差とか分業の概念を伝えたあたりから雲行きが怪しくなり、わりとダメ元でやらせてみた高炉、ゆきさんが全力支援した結果、完成してしまった時点で完全に暴走してましたね。
・・・なぜベストを尽くしたのか?・・・
「おい、なに呆けたツラしてやがる」
「あ、すいません孫犬丸殿。思えば遠くに来たなぁって・・・」
私の言葉を聞いて、孫犬丸殿は肩をすくめてため息を吐く。
「遠くに来たのは俺の方だっての・・・若狭とは偉い違いだぞ此処はよぉ。
ここはどこだぁ?修羅の道を駆け抜けた先に修羅が住まう極楽があるなんぞ聞いたこともねーぞぉ?」
あぁ、そりゃ民が食えなかった頃の若狭と比べればここは極楽でしょうけど・・・
目をぎらつかせながら仕事に勤しむ極楽浄土がどこにあるんですか・・・
「皆が己の幸せの為に死力を尽くした結果です。
若狭にしても孫犬丸殿を拉致・・・ゴホン、失礼。保護した時と比べれば圧倒的によくなっていますよ」
「その建前で言葉を飾るのやめてくれねぇか?たまにマジで自分が元服前だっけ?と勘違いしちまう様になっちまったじゃねぇか。
実際どうなってやがる?幕府からの上洛命令書にも堂々と『武田孫犬丸』と書いてあったぞ?
このままだと本当に武田伊豆守元明って野郎は居なくなっちまうわ。俺の中からもよぉ」
本圀寺の変後のどさくさに紛れて、幕府の書庫に入って細工しましたからねぇ。
まぁ幕府の誰からも指摘がなく、孫犬丸殿宛の命令書が届いてしまったのは笑いどころですけれど。
「それは困りますねぇ、今後若狭に帰還して行政を担っていただかなければなりませんのに。
では、元服していただきましょう。今日、私が烏帽子親を務めたことにしておきます。
よろしいですね?武田豆州殿?」
「いや、それでいいのかよ・・・確かにあのおっかねぇ姫さんから『経済』なるものを叩き込まれてからは、敦賀に逆らうなんざ想像もついてねぇけどよぉ・・・
俺が若狭に戻ったら、建前上は独立したってことになるんだぞ!?」
当然です。若狭は若狭で独立採算制をとって頂かないと、正直手が回らなくなりますから。
どのみち敦賀を中心とした日本海・琵琶湖経済圏の中にいるのですから、逆らってもいいことなどないでしょうし。
「立派な守護様になってくださいね。私も烏帽子親として期待しています」
「だから建前やめろって・・・それに、今この城を囲っている幕府軍をどうにかしねぇと意味がねぇ話だろうが」
それもそうですねぇ。籠城戦の真っ最中にする話ではないですか。
「といっても、現在は待ちの局面ですのでね。内向きの仕事をする余裕はありますよ。
・・・無論、警戒は怠っていません。織田弾正殿がすぐそこに居るのですから」
正確な位置は掴めていませんがね。こちらに本陣を悟らせないのは強襲特攻を警戒してのことでしょうか?
一色式部殿や飛鳥井参議様なんかははっきり居場所が分かるだけに歯がゆいですねぇ。
こちらの思いもよらぬ形で強襲されたりしそうで恐怖しかないです。
いや、向こうもこちらの事情は把握していないでしょう。
おそらく完全三交代制には気付かずこちらの兵数を四千弱ほどと過少に見積もっているでしょうし、今は様子見の段階のはず。
「幕府の初動を水堀と銃眼付き胸壁?とかいうのでしのいだ後は大きな動きはお互いねぇけどよぉ。
ここの大筒ぶっ放せばあっさり追い払えるだろぉ?」
「それじゃその後が手詰まりなんですよ。
このような好機は二度とありません。この場で織田弾正殿を打ち取らねば我らに未来はないのです。
初動時に黒色火薬を派手に使いましたからね。向こうには食糧はともかく弾薬の払底がねらい目に見えているはず。
現時点では定石どおり兵糧攻めをしながら小部隊で挑発してきていますし、気づかれないように情報を探り確実に討ち取れる盤面を築かなければいけません」
孫犬丸・・・いや豆州殿は呆れたような顔を隠しません。
「城を包囲して補給を断ち、少数の散兵でちょっかいをかけて弾を浪費させる・・・
完璧な作戦っスねぇ~。湊の包囲がザルでこっそり補給し放題な点に目をつぶればよぉ~」
たしかにそうなんですけど、それは夜間に月見御殿裏の隠し埠頭から起重機を使って運び入れるという技術的なずるっこの賜物ですから。
定石を打っている幕府軍に非はありませんよ。ザルは言い過ぎです。
「幕府軍はこちらの火薬の払底にあわせて力攻めを計画しているでしょう。
そして、それまでに予測できるこちらの打てる手は桶狭間の再現。つまり総大将を強襲して討ち取る事。
故に織田殿はこちらに位置を悟らせないように立ちまわっているという訳です」
これがまた地味にしんどいのです。魔王は敦賀鍋の中にいる?いない?確証が持てないのですから。
・・・シュレディンガーの猫かな?
「なんにせよ幕府からは押し込んでいるように映ってるってわけかよぉ・・・やっぱコイツ怖えぇわ。おっかねぇ姫さんなんかよりずっと。逆らわんとこ」
「買いかぶり過ぎですよ。私はその場その場で精一杯なことをやっているに過ぎません。
準備が空回ることもざらです。この台場みたいにね」
魔王の位置がつかめない内にここの榴弾砲なんぞかましたら、確実に雲隠れされて敦賀から脱出されます。
そうなっては詰みです。じっくりと越前を観察した魔王は今度は油断せず慎重に美濃から大野を侵食して、先に一乗谷を潰してしまうでしょう。
その後は三国、小浜と水軍拠点を制圧し、真綿で首を絞めるように敦賀を干上がらせるでしょう。何年かかってでも。
「んじゃぁ俺の持ち場は意味なしなのかよぉ?せっかく三角測量とかいう意味わからん計数を叩き込まれたってのに・・・」
瀞定先生が教科書を作り、ゆきが教師となったスパルタ式弾道学講座に食らいついてきたあたり、豆州殿の才能は本物ですからね。若狭守護やらすのがもったいないくらいです。
「申し訳ありませんが現状その通りですねぇ。仮に織田殿に逃げられたらその後もずうっと。
ここの出番はこちらが攻勢にでる、その瞬間です。水堀の外側の広場で悠長に包囲している幕府軍をいかに敦賀の街中に逃げ込まれる前に殲滅するか。
こちらがいつ攻勢に出られるかは不透明ですので、いつ攻撃命令が来ても動けるように、観測と照準を欠かさないようにお願いしますよ」
「ちっ、わぁかってるよぉ。で?いつ攻勢に出られるんだぁ!?」
国吉城という蓋さえ閉めれば少なくとも軍勢で敦賀から脱出することは不可能になります。
それが成れば後は魔王をしらみつぶしに捜索殲滅するだけになるんですけど・・・現状下手に国吉城封鎖に動けば、魔王に感知されて逃げられかねません。
「盤面が動くとき・・・幕府軍が力攻めに移行するとか、予期せぬ裏切りが発生して混乱するとかで、織田殿の私への注意が、逸れた瞬間を狙います。
そうなったらあとは怒涛の展開になります。こちらに指示を飛ばす余裕はありませんから、本丸である月見御殿の動きを注意してみていてくださいね」
「つまり丸投げかよぉ・・・責任重大だなぁ・・・まぁ、よそ者の俺がそこまで信用されたんだ、期待には応えてやるよぉ!!」
頼もしい限りです。現状のにらみ合いがいつまで続くのか、全く予想できませんから。
その時が来た時に迷わず動けるようにあらかじめ指示を言い含めるのは大事な準備です。
『合戦そのものはこれまで積んできたことの帰結よ』あなたの言葉です、魔王。
私の六年間に及ぶ準備が、あなたの才覚に届くか否か。天秤の傾きが定まる刻が迫っています。
時系列的には、次に(プロローグ)答01が入ります。
よろしければ見直してみてください。
あと孫犬丸君、争いを好まない穏やかな方じゃなかったっけ?
孫犬丸「勝てねぇ喧嘩はヤラねぇだけだ・・・こんな化物どもに逆らう方がどうかしてるぜ」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。
・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




