答27:歴オタのエゴ丸出しで魔王に挑んでみたいから
永禄12(1569)年1月中旬、近江国浅井郡 小谷城
「では、ここからは楽しい楽しい富国強兵のお時間です」
「彦四郎。はしゃぎすぎ」
おっと、浮かれていましたか。危ない危ない、こういう時に足を掬われるんですよね。
まずは冷静に、私にとっての脅威を避ける事からはじめるとしましょう。
「ゴホン、失礼しました。では、富国について話をする前に・・・奥方様」
「はい、どうされましたか?」
私が名指ししたことに、お市の方のみならず、備前殿も下野殿も怪訝な顔をしています。
「この場での会談、後に織田弾正少忠殿宛てに書を送るでしょう。
それを、私に事前に見せていただきたいのです」
「あ、いや中務殿!それは・・・」
備前殿がお市の方を庇うように割って入りました。本当この夫婦は。末永く爆発しろ下さい(二回目)。
しかし、こればかりは譲る訳には行かないのですよ。
「いや、織田家をたばかる真似をせよ、というわけではありませんよ。
浅井家の事柄について、何を伝えるのかは奥方様の権限です。それを縛るつもりはありません。
――敦賀と、私の話を除けば」
今、私は柄にもない剣呑な顔をしているのでしょう。ゆきですら息を呑む気配をしているのですから。
――余裕。他者と接するにあたり緩衝材の役割を担うそれが、私から綺麗に取り払われています。
情けない。いかに人当たり良く接することを心掛けていたとしても、根幹たる余裕を失った途端にこのざまです。
「理由を、お伺いしても?」
お市の方が備前殿の手を握りながら、気丈に問いかける。
備前殿への信頼と愛情のなせる業ですねぇ。末永く(略
「勿論です。
――恐怖。一言でいえばこの言葉になります。
私にも譲れないものがあり、それが脅かされる可能性を恐れている。という訳です」
お市の方の探るような視線が私の瞳に突き刺さる。
「偽り、欺瞞の気配は見受けられません。先ほどまでも今も。
あなた様にとってわたくし達浅井家は侮るでもなく、利用するでもない、誠実に接すべき相手なのでしょう。
よって、弱みともとれる従兄、織田弾正様への恐怖を開示して頂いた。ということですね」
「えぇ。そうとって頂いて構いません」
いやはや、凄い洞察力ですねぇ。
当主、備前殿の足りない面を補う内助の功、と言っていいのでしょうか。下手な武将よりよほど有能ですよこの方。
しかし、お市の方の瞳からは困惑の色が残っています。
「だからこそ、理解しきれません。
あなた様は従兄様を心底から畏怖している。それは神仏を畏れるが如く。
義父様が評すような『神仏すら己の都合次第で殺しかねぬ御仁』がさらす心の内とは思えません」
下野殿の人物眼は案外当てにならないのでしょうか?
こんなちっぽけな弱っちい人間つかまえて下す評価ではないですよ。
「下野殿の評価はさておいて、心の内についてはお見立て通りですね。
『見つかったら、終わる』、この恐怖はそういう類のものです。
祟り神、荒魂へ向けるモノとそう違いはありません」
私がそう答えても、お市の方の困惑は晴れない。
「そう、なのですか・・・従兄様の、何があなた様をそこまで畏れさせるのでしょうか?」
それ聞いちゃいます?長くなりますよ。
「そうですか。身内や家臣などの近しい立場の方ほど、実感しずらいものなのやもしれませんね。
――私が、というより祖父・宗滴が織田吉法師殿に目を付けたのは、織田弾正忠家を継ぐはるか以前、若衆とともに袖・裾を取り去った衣服を纏い領内を駆けまわっていた頃でした」
その頃の私は幼少なこともあり、全く恐ろしさを理解できていませんでしたがね。
「命を預けることとなる将来の馬廻り衆の実力把握、戦場となりえる地形の把握と自分なりの実証研究。
それを行うのに跡取りの綺麗な小袖が邪魔となれば、躊躇なく袖を切り捨てる。
――こんな怪物が着々と領内を固めているというのに、周囲からはうつけ呼ばわり。
侮られこそすれ、危機感のかけらすら持たれることがない。
これは末恐ろしい若者が現れたものだと、祖父は大喜びでした」
祖父の昔話に下野殿が興味深そうに笑った。
「ほう、そんなに昔からか。
その当時儂など織田弾正忠家そのものを認識すらしておらなんだわ。
所詮は尾張下四郡守護代の家老である三奉行家のひとつでしか無いからな」
そうなんですよね。祖父が死ぬ直前でようやっと守護代織田大和守家を滅ぼし、尾張下四郡を実効支配した段階です。
死の床で祖父が『織田上総介の将来が気になって死にきれん』と嘆いた無念、今ならば分かります。
「その後、祖父の期待どおりに稲生、浮野と戦い抜いて尾張一国を制覇。
その後桶狭間にて海道一の弓取りを討ち取り名を轟かせるに至った訳ですよ。
祖父・宗滴はさぞやこの段階の上総介殿と雌雄を決したかったことでしょう。尾張という遠国故、叶わぬ夢でしたが」
「滾る話ですな!・・・しかし、今の話のどこが恐ろしいのです?拙者には皆目・・・」
そうですか?ここまでも結構怖い話だと思うのですが。まぁ備前殿はこの手の恐怖をどこかに忘れてきたような方ですから・・・
「祖父や備前殿のように実力があれば好敵手の台頭は希望なのでしょうが、私のような非才の身には絶望でしかないのですよ。
とまぁここまでが祖父の望んだ上総介殿。ここからが私の恐れる弾正殿の話になります」
以降の魔王の事績を思い返したのか、お市の方が困惑気味に疑問を投げかける。
「でも、その後の従兄様は、正直あまりパッとしないのでは?美濃では敗戦も多いですし・・・」
「それです。幾度敗戦しても滅ばない。あれだけの戦の才をお持ちの方が、盤面で圧倒されようとも致命傷を負わない。
戦術で無双する男を、戦略でどう追い詰めようと殺しきれない。
正直、私は彼を第六天魔王の化身だと思っていますよ」
いやぁ、本能寺という実績がある以上、殺せば死ぬはずなんです。
でも、まともにやり合ってそれを達成した絵がどうしても見えてこない。
「その上、弾正殿の戦略・政略は手堅く、隙がありません。
武家の都合だけでなく、農民・商人・職人・河原者等、領内すべての民の幸福が、全体として最大になるよう行動されます。
その障害となるならば、容赦なく排除するだけ。たとえ実の弟だろうと、最大の支援者である叔父であろうと」
信光殿の話題に触れたことで、備前殿が労わるようにお市の方の手を握る。末(略
「わかる気がします・・・実父は、従兄様と馬が合っていました・・・従兄様に腹を刺された時でさえ。
『ようやった!主が殺らねば儂の番だったからな!!』
・・・実父の最期の言葉です。あれは、本心から喜びの声でした」
お、おぅ・・・壮絶ですねぇ。
たしかに、あの時点で織田弾正忠家の分裂を回避するには、信長・信光のどちらかが死ぬしかない状況でした。
しかし尾張の為どうすべきか、お互い見えていたとはいえ自分を殺す相手を心から称讃しますか普通?
「あ~、織田弾正忠家自体が化物の巣窟である可能性が出てきましたねぇ。奇妙丸殿なども警戒すべきでしょうか・・・
まぁ話を戻しまして、武家だけでなく領民全てをもってあたる。私のやり口も似たようなものです。
つまり彼は私にとって完全な上位互換なわけですよ。
そんなのが一歩、また一歩と越前に、私の喉元へと迫ってくるのですよ。恐怖を覚えるのも自然な流れでしょう?」
まぁつまりね、金ヶ崎の戦いという名の”死”がゆっくり、ひたひたと迫ってくるわけですよ。
・・・ホラー映画かな?
「中務殿・・・なんというか、素朴な疑問なのでござるが、義兄者と敵対するのが前提なのはなぜなのです?
織田家は排他的な家ではござらぬ。貴殿であれば、まず手を取り合う道を探るかと思っておりましたが・・・」
備前殿は鋭いところを突きますねぇ。歴オタのエゴ丸出しで魔王に挑んでみたいから、なんて答えるわけにもいきません。
しかし、ちゃんとした理由がない訳ではないんですよ。
「そうですね。色々と理由は存在しますが、その内ふたつほどをお話ししましょう。
まず一点、私が朝倉家の被官であり、弾正殿が幕府の後ろ盾であること。
朝倉家のもとでの安寧を志向する越前と、三管四職を筆頭とした書札札に則った秩序を復古せんとする幕府。
いずれ激突は避けられないでしょう。そしてその時に美濃尾張勢が幕府軍主力となる事も、また明らかです」
下野殿が深くうなずいています。
正直なところわかりやすく敵対の道しかないのはかえって気楽ですけどね。
浅井家みたいに幕府と織田家への義理の間で板挟みになるほうが余程しんどい。
「もう一点は、私が過酷な織田家に耐えられそうもないからです」
「は?どういうことです?」「なるほど・・・少し、わかります」
おお、夫婦で反応が分かれた。
まぁ織田家のブラック具合は内部に居ないと実感できないでしょうからね。
「一例として、戦の際の動員についてお話ししましょうか。
御恩と奉公の根幹をなす、知行地あたりの軍役負担ですが、通常何石あたり何人、と負担基準が定められています。
まぁ割合は各家ごとに違いがありますし、武田や北条などは兵種の指定もしていますね。
無論、一乗谷からも軍役基準の下知はあります。
――だが、織田家にはそれがない」
「?それでどうやって戦をするのです?」
備前殿の疑問はもっともなんですが、これがブラック織田家の真髄なんですよね。
「織田家にあるのは『よもや同僚に後れを取ることはあるまいな』という強烈な重圧と競争原理。これだけです。
公正な弾正殿のもと、他者より優れた働きには存分に報いる。
その結果、家臣たちは自発的に限界ぎりぎりまで動員し、何とか同僚より活躍しようとする。
――織田家の急成長はこのやり方に支えられているのです」
備前殿、下野殿がともに生唾を呑み込んでいます。
勝利による膨張が前提の体制としては最も血も涙もなく最適化されたやり方です。
「一方、競争についていけない者の末路は悲惨なものでしょう。
今は表面化していませんが、近いうちには問題になると予想しています。
無能として閑職へ、などはまだいいほうです。
追放・放逐・改易などはざら、耐えきれずに謀反を画策し潰される者が今後次々と現れるでしょうね」
史実では佐久間、林、安藤、あと本人は戦死ですが原田(塙)家中などが追放改易者の例ですね。
謀反はもう弟の信行に始まり、松永、荒木、別所、そして浅井家もその道を征き、最後は明智による本能寺。
「とまぁこんな理由で織田家には従えないのです。私など真っ先に放逐されるでしょう。
かと言って、弾正殿はまともにやり合って何とかなる相手ではありません。
で、どうするか?私の出した答えは一撃かまして和睦。何とか朝倉家を存続させる。でした」
一撃=魔王の首を獲る、なのは内緒です。
「そのために弾正殿に私を認識されては困るのです。
朝倉は旧態依然とした家中であり、敦賀は私の無能が功を奏し、商人達が自由闊達に活動した結果繁栄しているだけ。
――まあおおむね事実ですね。弾正殿には越前を過大評価せず、このような認識でいていただかないと私としては困るのです。
備前殿。奇襲で最も効果が高いのは?」
「意識外からの一撃。そういう事でござるか。
市、これは中務殿の頼みを聞いてもよいのではないか?」
お、意外にも備前殿がこちらの肩を持ちましたね。
「はい新九郎様、しかし浅井家の方針を決めるのにお知恵をお借りしたのは事実。
これを伏せて辻褄を合わせるのは・・・」
逡巡しているお市の方に、ゆきが声をかける。
「この場にうちとこのキモ男は居なかった。居たのは塩津浜の熊谷十郎。
分析も選択肢の提案もアイツがやった。これで解決」
き、キモいって・・・
「黙ってろ。キモくないわけあるか。隣国でもない武家をあれだけねちっこく調べ上げて嬉しそうに語っておいて。
熊谷なら貴方達浅井家の被官でもある。両属の国衆。名目上は。
それでアイツの能力ならそうやっても違和感はない。あとで言い含めとく」
お市「ふふ、仲睦まじいのですね」
ゆき「は?誤解。二人きりでも稲生とか桶狭間とか厳島とか川越とかかんなえ?とか早口で語るキモ男。だからモテない」
お市「まぁ・・・わたくしが見た中務様のご印象とは随分違いますこと。他の女性にはお見せしないお姿なのでは?」
ゆき「知らない・・・白拍子とかにはしてるかも」
お市「わたくしの勘ですけれど、それは貴女にだけ見せるお姿でしょう」
ゆき「・・・信じない。アイツの中で、うちは未だに13の子供」
お市「長い付き合いなのですね。貴女達が時の流れにふさわしい関係に進展することをお祈りします」
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・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。
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