答20:今が平時であれば、優秀な為政者でいられたでしょうに・・・
永禄11(1568)年7月上旬、越前国足羽郡 一乗谷朝倉館
平伏した私の前で悄然とうなだれている男。彼が私の主、朝倉左衛門督義景です。
「・・・・・・」
謁見の儀礼として平伏しているのですが・・・反応がありません。
「な、中務殿、面を上げられよ!」
沈黙に耐えられなくなったのか、進行役の奉行衆から河合殿が声を上げた。
それを受け、ゆっくりと顔をあげて見えたのは、絶望しきって生ける屍と化した男の姿。
「・・・御屋形様。此度の御不幸、私どもには推し量れないほどの哀しみでございましょう」
「・・・・」
私の言葉は聞こえているようですが、全く反応するそぶりがありません。
朝倉阿君丸、享年七歳。
唯一の息子を喪ったこと。それがこの男をここまでにした原因です。
もともと朝倉義景という戦国大名の歴史的評価は高くありません。
決断力に乏しく無為に滅びを迎えてしまったとしてね。
たしかにこの男は果断に進むようなタイプではありませんね。
例えばトロッコ問題みたいな状況に陥ったら、全員救う理想を求めて、結果何もできずに五人を死なせることになるでしょう。
ただ、軋轢を生まぬような調整型の経営者として考えれば、及第点どころか優秀な部類だと私は考えています。
兄上が憤激のあまり自害に至った景鏡との諍いにしても、義景が直接裁定していれば避けられていたでしょうね。
当主が外征に口を出さない朝倉家の伝統と景鏡を中心とした合議制が、兄の命を奪ったのです。
まぁそんな些細ないざこざはありながら、越前国は調整型経営者タイプである義景のもとで繁栄を謳歌していたわけです。
足利義秋から毛氈鞍覆と屋形号を許され、さらなる飛躍が待っている・・・はずでした。
しかし、子を喪う父の嘆き、哀しみが彼を政務から遠ざけてしまいます。
よりにもよって歴史が大きくうねりだしたこの時期から、次男愛王丸が誕生する元亀元年(1570年)までの間を。
・・・金ヶ崎の戦いが終わってから正気を取り戻されてもねぇ・・・
戦国のラスボス猿よろしく、息子のために血迷った行動をしなかったのは評価に値しますが。
「・・・御屋形様。酷なことを申し上げますが、時が戻ることはありませぬ。
無理にでも前を向いていただかねば。今越前を取り巻く状況は大きくうねりだしているのです」
前世の記憶持ちが言うと白々しいこと甚だしいですがね。
「・・・景恒・・・儂はもう何も考えとうない・・・南の差配は・・・任せる・・・」
「お、お待ちくだされ御屋形様!!若狭や幕府の件など、敦賀殿の手には余ります!!」
たまらず声を上げたのは奉行衆の印牧殿。
義秋救出も、若狭守護支援(実態は侵攻)もほぼ敦賀単独で成し遂げているんですが。手に余るとは一体?
まぁ形だけでも主導したことにしないと一乗谷が若狭の利権に絡めなくなるから必死なんでしょうが。
「・・・しらん・・・もうどうにでもすればよかろう・・・」
「御屋形様!自棄を起こされますな!」
印牧殿の必死の諫めも効果は無いようですね。
これは実質的な独立のお墨付きと捉えて良さそうです。
とはいえ本来であれば、敦賀の実力不足により奉行衆をはじめとした一乗谷の統制下におかれたのですが、今の我々なら若狭も幕府対応も単独でどうとでもできます。
これなら武田元明・・・おっと、武田孫犬丸殿の保護先も、一乗谷ではなく金ヶ崎にすることが可能ですねぇ。
「かしこまりました御屋形様。では南の差配は我らにお任せあれ。
一乗谷奉行衆への報告は、しっかり行いますのでご安心くだされ」
神妙な顔をしているつもりですが、つい口元が歪んでしまいますね。
「・・・景恒・・・阿君丸は・・・毒を盛られたそうじゃ・・・」
御屋形様の地底から響くような恨みのこもった声。
「・・・下手人は・・・小間使いの女じゃ・・・が、誰の差し金か・・・わからずじまいじゃ!」
御屋形様は少しだけ声を荒げるが、すぐにまた力なくうなだれてしまう。
「・・・お前も・・・景鏡も・・・景隆も・・・皆怪しい・・・信用ならぬわ・・・」
誰かの陰謀を確信しているようですが・・・多分、そんなもの無いと思いますよ。
私も、腹黒も、脳筋も、誰一人得をしない話ですから。
後世の記録には、乳母の座を狙った女性が乳母を毒殺したら、そのお乳を飲んでいた阿君丸も死んだとかいうトンデモ話が載っている程度で詳細は不明ですが。
七歳で乳飲み子なわけ無いでしょう・・・多分、下手人の小間使いによる単独犯行だったのでしょう。
誰かがそそのかした形跡も見つからず、動機も理解できるようなものではなかった故に、あんな変な記録を残すことになった訳で。
「御屋形様。疑われている身で言うのもなんですが、私も大野殿も安居殿もそんな事している暇はなかったでしょう。
それに黒幕が我らの誰かであったと仮定すると、手口がぬるすぎるのです。
我らであれば、御屋形様と二人纏めて葬る策を講じていたでしょうね。
若君だけを手にかけたとして、我らには養子に押し込む手ごろな男児を確保できておりませぬ故」
私にはもちろん子供はいませんし、兄上の子は大切な敦賀郡司家の跡取りです。
腹黒のところも脳筋のところも跡取り以外の男児は既に他家へ養子に出したりしていますから。
「・・・それを・・・信じろと・・・」
「言いませんよそんな事。ただ、性急に我らを討とうとすれば周囲が止めるぐらいには無理筋だというだけの話です。
ま、私の勘に過ぎませんが、下手人の小間使いが常人には理解できない理由で凶行に及んだだけだと思いますよ」
小間使いは『アイツがいなくなれば私が殿のお子を授かったのに!!』とか喚いていたそうですし。
妄想拗らせた末の犯行でしょうね。
「血も涙もないことを申し上げますが、御屋形様はまだお若いのです。
新たなお世継ぎを授かるよう精進してください。余計なことは考えずにね」
「・・・」
またふさぎ込んでしまいました。
仕方がありません、ここは放っておいて時間が御屋形様を癒すのを待つしか無いですね。
え?御屋形様に対する扱いがぞんざい過ぎないか?
仕方がないんですよ。これからの激動の時代に彼はついてこれませんから。
今が平時であれば、優秀な為政者でいられたでしょうに・・・不幸なことです。
ともあれ、これで一乗谷が余計な介入をすることは無くなったわけです。
同様に軛が外れたであろうあの悪堕ち任〇郎に対する警戒を一層強めなければいけませんね。
織田殿が斎藤を下し美濃を制圧した今、彼の上洛軍編成は間もなくです。
私がそちらに手を割かれている間に余計な事をしないように何らかの手を打たなければ。
さしあたり加賀守護、富樫氏の生き残りが能登畠山に保護されていたはず。
彼に空気入れて南加賀でゲリラ戦でもやらせますか・・・
いや、若狭水軍への攻撃の為に敦賀・三国の水軍を投入するのでした。
結果、南加賀へ運ぶ物資量は激減する上、一乗谷の支援も停滞するのですから、好機と見た一揆勢が攻勢に出るでしょう。
こちらが特に何もしなくても、南加賀はイイ感じの人と物資をすり潰す泥沼になりそうですねぇ。敦賀に気を回している暇は無さそうですね。
もちろん、監視と警戒を怠るような真似はしませんが。
読んでいただきありがとうございます。
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・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。




