答19:武田孫犬丸は五歳です。よろしいですね?
永禄10(1567)年7月下旬、越前国敦賀郡 金ヶ崎城 月見御殿
「敦賀の工事も大分形になってきましたねぇ」
「そうですねー。まだ現実味がないんですけど。
なんですあれ?地獄の釜?」
失礼な。裏手の鞠山に設置したコークス炉・高炉・転炉ですよ。
まぁ24時間ずっと火を入れ続けないといけませんからそう見えるのも無理はありませんが。
「・・・じごく・・・じゃ・・ないよぉ・・・」
小太りの男性がゆっくりと反論しようとする。
この、落語にでてくる与太郎さんのような人物。彼こそ敦賀郡司家の工業発展の屋台骨、南冲瀞定先生その人です。
「せんせい、わかってますよ。すわってください」
彼の頭の回転速度にあわせ、ゆっくりと語りかけます。
すると、瀞定先生は嬉しそうにほほ笑んで椅子に座り込みました。
「ごめんねー。せんせいはすごい、しってるよぉ」
雪之丞もばつが悪そうに謝罪した後、手にしたおにぎりを分け合ってほおばり始めました。
この与太郎さんと数え十六の少女が、ここ敦賀の産業発展における最重要人物です。
この二人の最高効率の試行錯誤と的確な資源配分が無ければ、現在の発展はあり得ませんでした。
・・・とてもそうは見えませんねぇ。
「まぁ雪之丞の気持ちも分かりますよ。あそこはこれから休むことなく鉄を、鋼を、そして副産物の火薬を吐き続けます。
そこで働く人足の都合など構いもしません。
はっきり言って戦場よりも過酷ですよ。覚悟はありますか?骨皮強右衛門」
「へいっ!!ワシらぁ、矜持にかけて働かせてもらいやす!!」
平伏している矮身痩躯の男に問いかければ、張りのある声で応えてきました。
さすがは若狭で、近江で、伊勢で荒稼ぎしている銭ゲバ坊主のもとでブラック労働に耐えてきた侠客達ですね。面構えが違います。
「よろしい。伝えた通り製鉄所は三交代で休みなしに稼働します。人足は十分に数を揃え、休息をしっかりとらせるように。
無論、あなた達人足頭も例外ではありませんよ」
「ありがとうございやす!!仲間にも言い聞かせまさぁ!!」
今後、この製鉄所は敦賀郡司家の力の源泉となるでしょう。
そこで働くもの達に求める第一条件は、鉄の忠誠心です。
機密の漏洩や破壊工作を防止するためには、そこは譲れないでしょう。
そのため、不満を持たれぬような待遇と舐められない規律、そして全貌を測らせない分業体制をバランスよく調整しなければいけません。
強右衛門は、そんな労働者たちを纏めるには最適な人材です。
先祖である稲荷山の悪鬼・骨皮道賢譲りの荒くれものを惹き付ける天稟。
博徒・無宿人・河原者を率いてきた貫目。
不心得者の不審な動きを見抜く眼力。
筋が通らぬとなれば上役にすら噛みつく闘争心と、絶望的な戦力差であっても闘争心を喪わぬ胆力。
そして、先祖に劣らぬ漢にならんと精進を続ける克己心と、それをもたらした私に対する忠誠。
「ふむ、期待していますよ。
あなた達が生み出した鉄は、次の順で活用する予定です。
第一に錬石の筋。
第二に工事、生産に用いる工具。
第三に歯車巻き弩の歯車と太矢。
第四に鉄砲、大筒等開発中装備の試行錯誤。
第五に長槍、小札鎧などの量産。
よろしいですね?雪之丞、又八郎、十兵衛、藤、采女、治三郎、備中」
「「「「はっ!!」」」」
この場にいる敦賀郡司家を支える幹部たちと鉄の利用方針について確認したところ、特に異論は出ませんでしたね。
「さて強右衛門、あなたも敦賀郡司家の中枢にかかわる身となりました。
いい機会ですので、あなたの同僚たる幹部たちを紹介いたしましょう」
皆癖の強い人材です。
先代の頃から仕えている又八郎、采女以外を抜擢したのは私ですから、私の癖が強い故に・・・いや、これ以上考えるのはやめましょう。
「まずは財務担当、道川雪之丞こと、ゆき。敦賀を巡るヒト・モノ・カネを一手に管理する才媛です」
「よろしくねぇ」
まぁこの業務システム様に財布のひもを握られていますから、敦賀の影の支配者といっても差し支えありませんね。
「軍務担当、半田又八郎紀長。父の代から軍奉行を務めている家老です。
とはいえもう高齢ですから、十兵衛と采女に引継ぎを始めていますがね」
「引退までの短い間じゃが、よろしく頼むぞ」
彼は今となっては数少ない知行地もちの家臣です。しかし、彼の引退と共に知行地の返上する意思を示しています。
彼の息子たちはそれぞれ俸給武官・文官衆として活動していますし、知行地の開発は遅れており格差が無視できないからだそうですが、彼の功績に何らかの形で報いなければいけません。
「渉外・外征担当、明智十兵衛光秀。担当はありますが文武百般に広く通じていますので様々な仕事を任せています」
「よろしく。困ったことがあれば相談に乗りますよ」
無理をしてスカウトした甲斐あって、軍事内政諜報外交すべてに重宝する便利ユニットです。
敦賀の発展に伴い、出世頭である彼の一党に払う俸給は能力に見合った立派なものになりました。
「諜報担当、藤。敦賀志能便衆の長、女性であるということ以外は謎に包まれています。今は女童の姿ですが、姿かたちすら一定ではないので気を付けてください」
「藤でございます。以後よろしゅう頼みます」
忍者は都度銭雇いが一般的なところ、十兵衛や赤座狛次郎と同様に一党ごと俸給雇いで召し抱えました。
十兵衛と並んで待遇に気を遣う存在ですね。
「治安担当、寺田采女丞光忠。馬廻り衆の指揮を任せています」
「おう!!よろしくな!!」
官途名に似合わず筋肉モリモリマッチョマンです。
敦賀馬廻り衆を率いて敦賀郡内を大声をあげながら走り回る日々を送っています。
「内務担当、小河治三郎恒吉。鳩原兄弟と同様、私が僧籍にあったころから目をかけている子飼いです」
「拙者とは職分上多くかかわることになるでしょう。よろしくお願いします」
工事関係の進捗管理のほか、私や雪之丞の指示を文書に落とし込んで各員に伝達する仕事を主にしています。
ほかに、瀞定先生のお世話も彼の仕事です。
「医療・衛生担当、大月備中守景秀。十兵衛の推挙により朝倉掃部殿から引き抜いた医者です。
私が一つ知識を与えると十の疑問を持って帰ってくる困った男です。最近では何をやらかすか分からなくなってきました」
「よろしくであるな」
細かいところに気が回る御仁ですが、知識の吸収に貪欲で私の拙い現代医療知識をもとに検証を続ける姿は狂医師にしか見えません。
藤と仲が良く、よく情報交換しているのもちょっと恐ろしいですね。
敦賀の異常な発展は彼ら優秀なスタッフに支えられているのです。
「さて、製鉄の話はこれぐらいにして、次の話題に入りますよ。
藤、国吉城の状況は?」
私の問いかけに藤は嫣然とした笑みを浮かべました。
「はい、国吉城に籠った粟屋勢は飢餓の果てに全滅いたしました。
現在は我が志能便衆と赤座殿を中心とした警戒網にて、外部との接触を一切断ち切っております」
なるほど、予定どおりですね。
城兵が全滅となれば落城と同義ですが、それを知るものが一人もいなければ?
外部からは未だ抗戦中と映るでしょう。
「了解しました。大きな問題はなさそうですね。
若狭は今年三月に守護、武田大膳大夫殿がお亡くなりになられて以降、混乱が続いています。しばらくは国吉城を気にかけてくることは無いでしょう。
ああ、跡継ぎの武田孫犬丸殿は幼少のため保護を検討しています。
又八郎と十兵衛は保護計画を立案してください」
え?武田義統の息子はとっくに元服して武田元明を名乗っているだろう?
おかしいですねぇ、私の手元にある資料では御年五歳を迎えたばかりとありますよ。
――そういえば、ソビエト連邦の最高権力者が書記長である理由は文書・資料を最終決定する権限をもち、結果歴史的事実を自由にできるからだそうですね。他意はありませんが。
「御意。では儂が小浜に寄せて後瀬山城へ突入し孫犬丸殿の保護を、明智殿が障害となりえる若狭水軍の対処を担当いたしましょう」
半田爺が悪い笑顔をしていますねぇ。若狭一国を当家がぶん盗る話をしているわけですから楽しいのはわかります。
「頼みます。後瀬山城は不幸にも大火事となり、書庫やら蔵やらが燃え落ちていて混乱の極みでしょうが、確実に孫犬丸殿を保護するよう綿密に計画を立ててください」
「殿。若狭水軍との商売上の諍いが、たまたま同じ時期に本格的な抗争に発展してしまうわけですかな?」
十兵衛もイイ笑顔ですねぇ。この機会に若狭の邪魔な水軍を殲滅する気ですね。
「えぇ、敦賀水軍の道川三郎兵衛も、三国水軍の堀江石州殿も若狭の海賊共には怒り心頭です。
些細なきっかけでついうっかりと、やりすぎてしまわないか心配ですよね。
そんな荒れた若狭でひどい目に合う船大工たちはしっかりと確保・・・いや保護しないといけませんよ」
「心得ました。高浜から美浜までの若狭全域にて気にかけておくと致しましょう」
若狭水軍は滅尽滅相、再起すら許さぬように後方の生産者まで根こそぎにするという私の意向がしっかりと伝わっているようで何よりです。
「若狭についてはこの辺で。次は敦賀の普請状況を聞きましょう。
治三郎、金ヶ崎近辺の報告をお願いします」
一歩引いて控えていた治三郎が帳面を手に前に出てきました。
「はっ。金ヶ崎・天筒山を取り巻く水堀予定地の普請は完了いたしました。
現在仕上げ中の中池見に築いた堤が稼働し次第、用水と水堀に水が供給されます」
おぉ、中池見湿地を丸ごとダム湖にする計画も順調なようですね。
現在敦賀は急速に人口増加していますが、このダムがあれば水に困ることはなくなるでしょう。
「そして、城壁の普請についてですが、鉄筋錬石の供給が不足しています。
稼働した製鉄所による大量供給を期待いたします」
「大丈夫、鉄筋錬石を優先して供給するようにしてあるし、他の工具やらにも困ることないように供給計画は策定済みだよぉ」
雪之丞が安心するようにと太鼓判を押しました。業務システム様が保証する以上、大きな問題は起きないでしょう。
「ははっ!ありがとうございます!」
おや?治三郎、ちょっと雪之丞にたいしてへりくだり過ぎでは?
まぁ財布のひもを握られている事実を一番実感しているのが彼ですから、仕方ないのかもしれませんね。
「では最後に、敦賀の民衆の様子を報告してください。まずは采女から」
「はっ!!報告させていただきます!!
急速に増えている敦賀町衆ですが、大きな諍いなどは発生しておりません!!
我ら馬廻り衆の見回りにも非常に協力的です!!
やはり皆に仕事があり、皆が食えているというのが大きいと思料します!!」
屋内なんですからもうちょっと声量抑えてほしいのですが、何度言っても治らないのですよね。
しかしまぁ普請仕事などからなる好景気が町衆にいい影響を与えているのは間違いなさそうですね。
「なるほど、いい状況ですね。
では備中。医師として気が付いたことは?」
大月備中が手にした書付を見ながら気難しい顔で答える。
「そうですな。普請現場での小さい怪我が多すぎますな。
殿のお知恵による酒気消毒があるので金創(切り傷)の治療は恙無く済んでおりますがな。
このまま放置すれば人死にが出るような事故を起こしかねませんな」
それはある程度仕方がない面はあります。人は面倒な手順を踏むのを厭いますから。
仮に上から作業手順を強制したとしても、労働者が危険を実感しない限りは管理の目を盗んで楽で危険な行為を続けるでしょう。
そしてその先に待つのは・・・まぁ安全な作業手順書というのは労災者の血と涙で書かれているのが相場ですからね。
とはいえ、無駄死には少しでも減らす努力はすべきでしょう。
「備中、あなたの気が付いた範囲で構いません。危険な作業とその回避策をまとめて強右衛門に提出してください。
また、労働者の安全を守る装備を考案しなさい。さしあたり思いつくのは落下物から頭部を守る簡易兜と落下事故を防ぐ命綱ですかね。
労働者が使いやすく、受け入れやすい形に実験・調整を進めてください」
備中は深くうなずいて書付にメモをする。
ヘルメットやカラピナ付きハーネスあたりはなんとか実現したいところです。
「手探りが多くなりますので殿のお知恵を拝借する機会を増やしていただきたいですな。
そして最初は危険な実験が多くなりますな。故に阿芙蓉の実験台にした廃人どもを使いますな。
使い捨てられる実験台の増員もお願いしますな」
おっとぉ、いい話で終わるかと思ったんですが、最後に不穏な話をぶっこんできましたね。
「あ~国吉城近辺からの供給が途絶えましたからねぇ・・・別の狩場を探しませんと。
今お師匠は南近江にいるんでしたっけ?さしあたりあの銭ゲバ坊主から破産者を調達するとしましょう。
まぁ、若狭水軍衆だったものが調達できるようになるまでの辛抱です。
それまでは節約を心掛けるように」
この方針で備中も異論はなさそうですね。
そして周囲の者たちも今更この程度で怯えることもなし、と。
私が征く修羅道、畜生道に黙ってついてくることを覚悟した者たちがこれだけいるというのは心強いものです。
いつの日かお祖父様のもとにたどり着いた時には、皆で楽しくやれそうですねぇ。
ちなみに武田元明、当時5歳説は本当にあるらしい。(通説は15歳)
けど、本当に5歳なら、粟屋・逸見が主と仰ぐのは不自然・・・
と考えていたら、脳内書記長(鉄男)が囁いてきたんですよ。
「you、書類改ざんしちゃいなYO!!」って・・・
確かにそれなら辻褄が合う。つまり5歳説は朝倉家の陰謀だったんだよ!!
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読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。
・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。
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