答17:ニンジャってスゴイですねぇ
永禄9(1566)年9月下旬、若狭国三方郡 岩出山砦
にらみ合いが続く城攻めの合間にも、処理しなければならない書類は溜まっていきます。仕事は待ってはくれないのですよ悲しいことに。
というわけで国吉城を包囲している間、私はここ岩出山砦にて各所からの報告を整理し、指示をだす仕事に忙殺されているわけです。
城攻め中だというのに、城攻め関連の仕事は3割程度という状態なのはいかがなものかと思いますがね。
ということで状況をお知らせしましょう。
現在、私たちは国吉城の全周に砦を築き、包囲戦を行っています。
鉄条網モドキと櫓で阻止線を構築していますので、一人二人ならともかく、軍勢や兵糧を積んだ小荷駄隊は通行できないでしょう。
そして少数で突破したとしても、小浜方面を巡回している狛次郎たち騎兵隊に捕捉、殲滅されるといった具合になっています。
ということで現状では敵勢に大きな動きはありませんので、包囲の維持に必要な人員・物資の手配ぐらいしかやることがなくなりました。
阻止線を構築した時点で、周辺の村々の人々を一人残らず国吉城へ追い立てて、残った田畑や家に耕作地を求める敦賀の農家の3男4男や越後・丹後の人買いから買い集めた方々に入ってもらいました。
そのため、周辺の村人たちは国吉城に入るしか生きる道はなくなった訳です。
粟屋某が彼らをどのように扱うかはわかりませんが、生かしておくならばそれ相応に食糧を消費する胃袋が増加しますからね。補給がない状況で、ただただ消費しかできない胃袋を即処分できるほど彼らは合理的でしょうか。
そのような状態でもう3ヶ月余り、去年の掠奪の際には城に籠る粟屋勢の被害はそこまでではなかったこともあり豊富な胃袋を抱えていることで、食糧がそろそろ底をつくはずです。
え?去年手加減してたのはこの為かですって?そうですよ。今後の戦略、というか魔王に不意打ちをかます為には、国吉城に今籠っている面々は誰ひとり残さずこの世から消さないといけませんから。それには飢えて動けなくなったところを一網打尽にするのが一番効率がいいですからね。
というわけでそろそろ先を見据えた準備が必要になってきていまして、そのために志能便たちに動いてもらっているわけです。
「藤、いますか?」
「はい、ここに」
私の呼びかけに応えて、志能便の棟梁が姿を現しました。今日は中年女性ですか、毎度のことながら驚嘆に値する変装術ですねぇ。
「粟屋勝久の出番が近くなりました。調整はどの程度出来ていますか?」
ん?粟屋勝久って国吉城の城主で、敵将じゃないかって?その通りですが、こちらの意のままになる粟屋越中守勝久をもう一人用意していましてね、藤ら志能便衆に調整してもらっているのですよ、容姿・所作共にそっくりになるようにね。
素材は熊谷の時と同じ、内訌の末敦賀に落ち延びてきた粟屋一族の者を使用しました。
「いつでも入れ替われる程度には。ただし、薬物を用いておりますので我らの手から長く離れると危険です」
「わかりました。実際に入れ替わる際には藤の配下を小姓として付けておきなさい。
最も粟屋勝久を演じ切るのは織田殿を謀る一回きりで良いですから、仕上げはゆっくり丁寧に行いなさい」
若狭守護武田義統に会うときにどうするんだ?ですか。問題ありませんよ、降伏して許しを請いに行くわけでもなし、会う機会など訪れませんから。
そもそもの前提として、国吉城は落城しませんからね。
えぇ、もちろん今国吉城に居る人々は皆殺しにします。でも国吉城そのものは落ちないのです。この攻囲戦は若狭守護が代替わりするまで続き、その後は私たちが撤退することになっています。
もっとも、私がこの攻囲戦に参加するのは今年で最後になるでしょうけど。
抵抗している粟屋勢がまもなく飢えて死ぬか動けなくなりますので、その時点で国吉城の人員をごっそり入れ替えます。
しかしながら、入れ替わった城主・粟屋勝久のもとで一致団結して抵抗を続ける予定です。
まぁつまり、若狭守護等の外部から見れば、変わらず抵抗し続けているように映るわけですよ。
とはいえその時の粟屋勢は私の忠実な配下であり、かつ私に抵抗するために死力を尽くすという矛盾した状況を違和感なく受け入れるために植え付けられた存在しない記憶を本心から信じ切ることが出来るよう頭と精神を丁寧に壊された連中です。
・・・ニンジャってスゴイですねぇ、主に暗示と薬物で洗脳しているとのことですけど、どうやったらそんな芸当ができるのかさっぱり見当もつきません。
「よう・・・とのさまぁ、追加の決裁書類もってきたよ~」
「雪之丞、ご苦労様。藤、入れ替わりの実施日は半田爺と相談の上決めてください」
「御意。それでは失礼いたします」
さて、気を取り直して内務作業に精をだしますか、と雪之丞にもってきてもらった書類を受け取ろうとした瞬間、砦中に爆発音が響き渡りました。
「ひぁぁぁ・・・こ、怖い音・・・」
「雪之丞・・・まだ慣れないのですか?もう何回か聞いているでしょうに。
発破を使った開削はこれから多用するんですから、気にしないように努めなさい」
「でもでも、雷鳴より大きい音なんだよ!」
「鉄砲隊ではこの音が日常です。大丈夫ですよ」
実際は鉄砲で使用するものより火薬量が多いからより大きい音がしていますが、まぁ誤差の範囲内でしょう。
開削対象の岩や崖に小さい瓢箪のような穴をあけ、そこに黒色火薬をみっしり詰め込んでから長槍の先に付けた火縄を差し込むことで、鍬や鶴橋ではどうしようもない硬い岩盤を割る。
この発破工法を用いることで堀・曲輪の普請が随分と楽になったそうです。
爆轟しない黒色火薬では威力も知れてるだろうって?それはそうですが、それでも以前よりずっとましになりました。
贅沢言えばニトロセルロースやらニトログリセリンや雷汞(雷酸水銀)・ピクリン酸とかほしいですけどね。ないものねだりはいけません。
・・・ニトロセルロースぐらいなら何とかできますかねぇ?硫酸さえ何とかなれば、あとは硝石・銀・楮・漆あたりから作れそうです。となると硫黄と硝石から硫酸と硝酸を取り出す鉛室法の開発が必要です。これは瀞定先生行きの案件ですね。
まぁなんにせよ、ここ岩出山砦と椿峠砦は国吉城の出丸として使用できるように改修工事中なのです。
そう、敦賀からの軍勢を通さないよう蓋をするのです。来る者は拒まないが去る者は決して逃がさない為にね。
「ゆき、ここの普請ももうじき終わります。そのころには敦賀に帰還しているでしょう。ここでの資金投入も終わるのですが・・・今ね、ちょっと調べたいことが出来まして、そっちに予算まわせないかなぁって・・・」
財布のひもを業務システム様に握られている関係上、こういった予算はお雪様の胸先三寸で決まりますので・・・
「どのくらい?」
「とりあえず300貫ほど・・・」
「なにか削れる?」
むぅ、今手がけている案件で時期を遅らせて良いものは・・・
「精鋭鉄砲衆の増強を少し遅らせて、余った鉄砲を直江津および十三湊に高値で横流しします。それから臭水の購入数を減らします」
「あと塩津浜で勝手に関所作ってる連中を潰して資産没収して。それで捻出できる」
よかった、何とか予算を回してもらえそうです。
「ありがとうございます。うまくいけばより効率の良い玉薬を作れますので、硝石の購入量を減らせますよ」
「実務を手掛けるのは瀞定さん?だったら高炉・こおくす炉・転炉の建設を優先させてね。あれが失敗すると大きく予定が崩れるからね!」
それは勿論理解していますよ。筑豊の石炭と出雲の鉄鉱石、どちらも使い道がないとうち捨てられているところをお安くかき集めることに成功していますからね。
そこから大量の銑鉄・鋼鉄を生み出すことができれば軍備・経済ともに大きく恩恵を受けることが出来ますからね。
現代日本の製鉄業ほど高度なことはできませんが、この戦国の世ではそれでも十分すぎる威力を発揮します。
戦略資源たる鉄・鋼を、周囲の国々とは比較にならない程の量を調達できますから、ありふれたものとして普及が進んだ先に鉄道を引くことが出来るかもしれません。
まぁ現状ではどう考えてもレールを盗まれてしまいますけどね。
それにしても知識チートを試行錯誤してくれる瀞定先生のような人物がいてこそですが、前世の私は雑学知識を仕入れるのが趣味だったようでだいぶ助かりました。製鉄やら錬金術の歴史やら、前世では何の役に立ったのでしょうか?
工場や製鉄所に勤めていたのなら排気ガスの脱硫やらNOxガスのクリーン化やらの実務で使用していたのかもしれませんが・・・んん?NOxガスの回収?・・・コークス炉で石炭乾留するときに瀝青とかと一緒に出てましたよね?NOxガス。
・・・たしかリン酸水溶液を用いてアンモニアとして回収する手法があったはず・・・ハーバー・ボッシュ法とか高温高圧が実現できないからあきらめていましたが、これでアンモニアが入手できるなら・・・下水整備で尿集めは後回しにできるかもしれませんね。
堺で宣教師に依頼したブツが首尾よく手に入れば、硝石確保に汲々としている他国を出し抜くことが出来るでしょう。
うーむ・・・まさかこれ程有用な知識を埋もれさせていたとは・・・どこかで一旦、知識の棚卸しをしたほうがよさそうですね。
「ようさ!手が止まってるよ!!」
「おっと失礼しました。ちょっと考え事をしていまして」
いけないいけない、今は目の前の仕事に集中しましょう。私がいなくてもここの攻囲戦という名のプロレスが恙無く進行するようにしなければ。
>コークス炉で石炭乾留するときに瀝青とかと一緒に出てましたよね?NOxガス
※景恒の記憶は間違ってはいないんですが、そんなもん微々たる量です。
それより石炭乾留の際、アンモニア普通に取れます。
瀞定先生に丸投げしてるので景恒は気がついていませんが。
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読んでいただきありがとうございます。
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・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。
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