答11:いつか炎が人の仕事を奪うその日まで
永禄8(1565)年4月上旬、越前国敦賀郡 氣比神宮敷地内 歯車・螺子工場
本日は敦賀市内の視察がてら、新たに建設された工場にお邪魔しています。工房じゃなくて工場ですよ。大きな建屋を作りましたね。これが大宮司憲直殿の権勢に繋がると思えば私としても安心します。
今、敦賀の街中はローマン・コンクリートを参考にした錬石による新たな工法を用いた建設ラッシュに沸いています。財源が悪事を働いていた商家を潰して得た財産とか、南条郡や若狭、近江等で賭場を使って巻き上げた金品やらの若干黒い所から出ていますが気にしない方向で行きましょう。大丈夫、純粋に敦賀の発展に利益を見いだして投資してくれる商家も多いですので。
今、私のほうで手がけているのは金ヶ崎近辺を流れる木の芽川・笙の川から運河・用水を引く工事と金ヶ崎城と直接連絡する埠頭の建設ですね。どちらも城の防御と貨物量増大に寄与する大事なものです。魔王襲来までに金ヶ崎・天筒山を水堀を兼ねた運河で覆わなければ。え?貴重な中池見湿地?命には代えられませんよ、ラムサールなんちゃらには別の場所を選んでもらいましょう。
埠頭も敦賀街中や中池見からは視認できない位置に造っていますから織田方に悟られずに補給を行えるようになります。
余裕があれば街道の整備も錬石で行いたいのですが、まずは生存優先ですね。金ヶ崎の城壁・虎口、南は愛発関の再建、西は国吉城攻略にかこつけた付城の建設と、やる事は山積みですから。
「敦賀様、如何でしょうかなこの工場は。貴方の目指す形に沿っておりますかな?」
「えぇ、見事なものです大宮司殿。老若男女問わずに働いているのが見て取れます。彼らは職を求めてきた流れ者でしたか?」
「左様。敦賀郡内の農家の三男四男や孤児、子を抱えた未亡人、子に居場所を奪われた老人等、敦賀に来れば食えるとやってきた者ばかりです。無論、何者かの紐付きでないかは確認済みです」
几帳面なことですね。しかし、螺子の作り方ひとつとっても他者に漏らすまいとするのはこの時代の常識ですからね、私としてはある程度広まってほしい情報もありますし、この工場にて取り扱うモノはそこまで厳密に管理しないでも良いのですがね。
「そうですか、しかしこの先さらに人が必要となった場合には他国等から集めても構いませんよ」
その言葉は大宮司殿にとって思いもよらぬことのようです。
「は!?しかしそれでは秘密が・・・」
「螺子きりの道具である台子・達符さえしっかり管理頂ければ充分ですよ。他の標準尺ものさしや規格、公差の類は広まってこそ効果を発揮しますからね」
流石に台子とかは盗まれると痛いです、主に値段的に。比較的柔らかめとは言え鉄を切削するんですから玉鋼の中でもとりわけ硬いものを厳選して作製している事もあって相応の貴重品ですし、これが流出すると専売を認めた氣比神宮の立場が危うくなりますからねぇ。
「そうでしたな。いやいや昔からの常識はなかなか覆せないものでして。
しかしながら規格と公差でしたか?完成品に比べ工数が少ない部品のみの生産に特化することである程度の技量があれば誰でも同じものを作れる、また部品を交換できるというのは凄まじい発想ですな。
たしか越前府中はずれにある南冲工房から招聘した人物が手掛けているのでしたな」
「ええ、篤定親方の弟子兼息子のひとりで、とびきり出来の悪いと評判だった方ですよ。
なんせ愚図、鈍間ということで親方から瀞定と名付けされているほどですから。
実際彼は鍛冶師としては失格ですからね、頭の回転がゆっくりすぎて鉄を熱いうちに叩ききれないのは致命的でしょう。ほかにも他者との会話すら不自由するありさまですから職人としてはまったく芽が出ない人物ですね」
ただし、頭の回転の速度がひとの優劣に関連するとは限らない実証例のような人物で、自身が納得するまで微に入り細を穿ち、徹底的に調査検討をかさねて未知を切り拓く様は研究者や職人を指導監督する行政官として凄まじく有能なのですよ。
頭の回転がゆっくりなだけでその分回転力が人一倍強いのでしょう。
人とまともに話せないのでやり取りがほぼ文書に限られるというのも、研究者や行政官なら長所になりますしね。
実際、錬石の参考元であるローマン・コンクリートが水で自己修復する話を伝えたら、度重なる実験の末に、施工時の消石灰に適量の生石灰を少量ずつ加えることで自己修復機能を再現してしまいましたから。
あれって火山灰とか入れなくても再現できるものだったんですねぇ。
「なんと・・・評判というのもあてにならない場合があると、覚えておきましょう。まぁ敦賀様の眼力がなければ見いだされることもなかったでしょうな。恩恵を受けるわたしらとしては喜ばしい限りで」
「貧乏性なんですよ、欠陥があるからと人をうち捨てることができないだけです。子細を問わねば誰にだって輝く場所はあるものです。彼の件はそれを実感しましたよ」
大宮司殿は苦笑いをしながら肩をすくめました。
「そういう事にしておきましょう。さてこの工場での生産量ですが、想定よりもはやく目標を達成できそうです。
ですので生産品は確実に買い取っていただけるのかが気になりましてな」
「大丈夫ですよ大宮司殿。現状では鉄砲および弩の部品として全て買い取ります。これは他の工場にも言えることですが、増産ができるならお願いしたいくらいですから。
金ヶ崎での武具の大増産がひと段落しても、その時には別の商品が螺子と歯車を必要とするでしょう。これが規格化の最大の利点ですよ。この仕事だけで糊口をしのぐことができます」
当分は武器の需要だけで供給を食いつぶすでしょうけどね、いまの敦賀郡司家は南条郡の件で侍を大幅削減したことに伴う軍制改革の真っ最中なのですよ。
「鉄砲と弩ですか、この工場にも棟別銭の免除を受ける軍役衆がおりますが、彼らに買わせるので?」
「そのつもりですよ、彼らで大野や他国の侍衆に対抗してもらいます」
この工場に限らず、税の減免を条件とした軍役衆を増やしていますから、今後は彼らが軍の中核を成してもらうのです。
「敦賀様・・・わたしは武家の事情にそこまで詳しくはないのですが、侍相手に彼らでまともに戦えるのですか?若い男たちでそれなりに力持ちとはいえ全く武芸を修めていないのですが」
「なにも個人個人で侍に戦いを挑むわけではありませんからねぇ、大丈夫、今までの軍制でも足軽にはそういう奴等も多かったですよ。
今後は侍よりも彼らを重視して軍制を改めていきますから。そのための鉄砲と弩なんですよ」
集団射撃戦というやつですね。個人の突出した武勇が通用しない世界を切り拓くのです。
「かれらが侍を倒せると?」
「ええ、鉄砲も弩も共通の話なのですが、これらの恐ろしいところは易々と鎧を貫く威力・・・ではありません」
意外そうな顔をしていますが、弓だろうが短刀だろうが死ぬときは死にますからね。
「そうなのですか?」
「真に恐ろしいのは、そこそこの訓練で実用的な射撃を実現することにあります。
いままでの射撃武器は人生をそれの訓練に充てなければならない弓か、今ひとつ威力の足らない投石しかありませんでした。
しかし鉄砲も弩も、装填して、引き金を引くだけで鎧武者も殺せるのです。そこに過剰な力が必要ないので、極論すれば女子供でも通用しますよ。
無論、いかに密集して効果的に弾幕を張るか等の工夫、鍛錬の余地はありますが、これらは物頭が精進すべきことですからね」
ある程度使い方を覚えた後は、鹿や猪を狙った山狩り等で習熟してもらえば十分使い物になる兵士の出来上がりです。
「にわかには信じがたいですが・・・」
「前例はありますよ。いまは普遍化してしまい目立っていませんがね、鎌倉殿の時代と今を比べたら同じことが起こっているのです。
源平合戦の頃は、軍の数は騎で表していました。すなわち騎馬武者のみを数え、付き従う徒士は戦力として数えられていません。
ひるがえって今の軍の数は名で表しますよね。徒士の郎党が騎馬武者に抗しうる戦力となった証です。
それを実現したのが長槍足軽による集団戦闘です。今でいう備ですよ。
ね?常識って変化するんですよ。いつの日か民衆が戦の主役になり侍が消滅する日だって来るかもしれませんよ?」
それには国民国家の登場を待たねばなりませんから大分先の話ですけど。
「それで敦賀の町を大きくし、商人職人を増やそうという方針とつながるのですか、食糧を外から運んでまで」
「別に珍しい話ではないでしょう?都市とはそういうものですし、京や山口のような前例もあります。
ここ敦賀は巨大な通商路の一角にありますから、理屈上食糧不足には陥りませんし。
まぁ変わったことといえば標準規格を広めることで、職人の分業とそれに伴う促成育成が可能となったことでしょうか。
かつてない規模の都市になりますよここは」
そう、戦国時代の真っただ中に問屋制家内工業通り越して工場制手工業を爆誕させようっていうのです。
なるべく多くの生産人口が欲しいという事情からですが、現時点でどこにも存在していないような制度を実現させるのは、少しやりすぎましたかねぇ。
「そうですな、食い詰めたならず者であればともかく、手に職をもつ真っ当な民が増えるのは神宮としても望ましいことです。異を唱えそうな既得権者は既に粛清されておりますし」
「それは神宮に限った話ではないですねぇ。積み上げてきたものに胡坐をかいていては誰かにその座を奪われる、気の休まらない世界が待っていますよ」
まさか資本主義の萌芽がここ敦賀から始まるのでしょうか。禁断の箱を開けた気がしないでもないですが、まぁ進むしかありませんよね。
「ははは、精進いたしますよ。時代に置いて行かれないように」
「そうしてください。これからしばらくは人を多く集めたところに富が集まり繁栄する時代が来ます。精進なさい、いつか炎が人の仕事を奪うその日まで」
行きつく先は産業革命を経て国家総力戦の時代です。礎は築きました、築いてしまいました。
いまさら後戻りはできませんし、私が生きている間だけでもさらに時代は進むでしょう。
その結果が世界にどのような影響を与えるのでしょうか?恐ろしくもあり、楽しみでもあり。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・★評価・感想等お願いいたします。
・・・メンタル作者名どおりなんでお手柔らかだと嬉しいです。




